十二話:自由人たち
「頼みっていうのはですね……ちょーっとだけ、図書館を守るために手伝って欲しいんですよ……」
気怠げに話してくれたベルフェの話は、つまりこうだった。
この図書館は、人神大戦の後から悪魔と敵対しており、代々の司書が力を振るうことで図書館を守っていた。
しかし今はこの図書館には司書がおらず、悪魔に図書館の領域を侵食されている。
図書館付近をベルフェとオメガが食い止め、仲間が遠征をしているらしい。
つまりは、ベルフェは司書ではないということだ。俺の予想は外れていたことになる。では司書がどこにいるかと言うと、ベルフェ曰く分かっていないらしい。
なんでも、自分が図書館に暮らすようになった時から、既に司書はいなかったとか。
その時から、ベルフェは戦い続けているらしい。サキュバスの王女ではなく、図書館に暮らす者として。
「じゃあ、これは昔の……」
「そうなるね。ほら、あそこに建物があるだろう? あれも昔は図書館の一部だったんだよ」
オメガの指差す先に、崩れた石積みの壁があった。
世界図書館を囲む庭園と、その庭園を囲む結界を抜けた先ではまるで別世界だ。
……いや、事実別世界なのか。
図書館があるのが地獄と人間界の狭間、膨大な魔力で作り出された世界であるのに対し、ここは地獄であり魔界。本来俺のような生きている人間が入ることのできない場所だ。
空は禍々しい血の色、空気中の魔力があまりに濃すぎるせいで空気も重く感じる。こうして三人で歩いているだけなのに、まるで戦場にいるかのような緊張感だ。
「まぁ、空の色は夜だからだよ。昼間はちゃんとした色をしているさ。
「毎回言ってる気がするが、なんで考えていることが分かるんだよ。何? 読心術が使えんの?」
「君は分かりやすいからねぇ。まぁ、全部が分かるってわけじゃない。ボクの知識が及ばないことは、流石の君でも分からない」
「…………?」
なんか言葉がちょっとおかしい気もするが……。
「そんなことより、もうそろそろで来るんで、ちょっと覚悟しておいた方が良いかも知れないですね……」
そんなことを考えている暇は、どうやらないようだな。ベルフェが突然立ち止まり、顔を上げて遠くを見る。
「お? そうかい? なら君の出番だ。ボクは先輩として後ろから見ていてあげよう」
「先輩、普通は先輩がお手本見せるもんじゃないんですかねぇ?」
「先輩命令って知ってるかい?」
「知ってる。やられた奴も来年後輩にやるから永遠に終わらない悪しき習慣でしょ」
「せいかーい!」
「いや、違うでしょ……」
意外とノリの良いオメガに、終始冷静なベルフェ。
と、そんなことを話している間に、空の向こうから下級悪魔の軍団が見えてきた。
「全滅?」
「できればね。手加減しても良いよ。可愛い女の子はいないけど」
「それは良かった。罪悪感が小さくなる」
「なんか、揶揄いを躱すのに慣れてる……?」
俺とオメガの会話を聞いて、首を傾げるベルフェ。
確かに、こいつの冗談には冷静に返すことが多いかも知れないな。なんでかは分からないが、平静を保てなくなった方の負けって思ってる。
ちなみにだが、この会話をしている間、俺は何もしていなかったわけではない。
術式を選択し、角度や範囲などの理想値を探り、構築準備まで全て終わらせている。
「下級悪魔だよな?」
「そうだね。全員下級だね。良かった、可愛い女の子はいないよ」
「お前、全下級悪魔の女の子に喧嘩売ったな……っ、〈極炎魔法〉!!」
首飾りから変化させた杖を握り、空を埋め尽くす悪魔の大軍に向けて炎の魔術を放つ。
数百度の炎が、一瞬で悪魔たちを飲み込んだ。
「ほお、中々やるね……」
「範囲適当? 操作が下手?」
褒めてくれるオメガと、冷静に魔術を分析して悪意のないダメ出しをしてくるベルフェ。
魔力操作はまだ慣れてないんだよ! 水晶はもう割らなくなったけど!
「でも、残念。一匹逃してたね」
まだ炎が消えていないにも関わらず、オメガが空に手を向け、そんなことを言った。
いや、流石にあの温度の中生きていられる下級悪魔がいるとは思えないけど……
「ボクを信じていないのかい? ……そこだ」
「ギャァァア!!!」
オメガの手から、細い糸が勢い良く伸び炎の中に入って行った次の瞬間、炎の中から絶叫が聞こえてきた。
…………まじか。
「ま、翼を失ってたみたいだし、どっちにしろ墜落死したと思うけど。でも一匹残しは一匹残しだからね。ボクの勝ちだ」
「勝ち負けがあるって聞いてないんですが」
フフンと、仮面で顔は見えないがどうやら自慢げらしいオメガ。
小さくない胸が胸を張ることによって誇張され、少しだけ目のやり場に困る。
いや、決して卑猥なわけではないのだ。だけどなんというか……分かるだろ?
ちなみにベルフェもジャージが身体のサイズに合っていないせいで身体のラインが強調されているという格好ではあるのだが、ベルフェの場合他に目を引くところがありすぎてそこまで困らない。
「それじゃここに魔道具建てて……あー、もうちょっと右の方が良いかな? んー、ま、いっか。この辺で。そいやー」
そんなベルフェは、説明もなく一人細長い棒を取り出し、棒読みな掛け声を出しながら地面にブッ刺し始めている。
自由な人だ。
「さっき炎に入っても燃えなかっただろう? ボクの糸は簡単には切れないんだ」
オメガは何やら話し始めている。
こちらも自由な人だ。
「あ、可愛い動物がいる。へー、魔界にもこんなのいるんだ。おーい、こっちおいでー」
「……ねぇ、聞いてる?」
「えー? あー、うん。聞いてる」
「それ絶対聞いてないよね!? い、良いかい!? 君がボクの糸を切りたくても……」
「シー! 逃げるかも知れないだろ! 捕まえてマリンちゃんに見せてやろう」
「…………もう良いや」
拗ねてしまったのか、少し離れた所にしゃがんで地面にのの字を描き始めた。
……なんか可哀想なことをしたかも知れない。
「……もふる? 謎生物」
「もふる」
オメガが謎生物のお腹に顔を埋めた。……お前、顔に仮面つけてるからそれじゃ意味なくね?
「ふきゅゅゅ〜〜んっ!」と謎生物が発した鳴き声は、きっと同意の鳴き声だ。
次話は木曜日です




