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十一話:三人

九話と十話のタイトルが同じなのは、ミスではなくて偶然です。

投稿してから気が付きました。


 夜に来て、とは言われたが、夜とは一体何時頃なのだろうか。


 グラムとマリンちゃんどころか孤児院に行ったことがある全員で孤児院への手紙を書き、何か面白いものが見つかったかどうか意見を交わし、食事を摂り、そして今。


 ベッドの上で仰向けになりながら、俺は頭を悩ませている。


 ベルフェが具体的な時間を言っていないのが悪いのだ。なんなら、時間を聞こうと思ったのに見つからないのも良くない。


 ちなみに当然だが、今部屋に行くこともできる。というか本当は、悩むくらいならそれが一番効率が良い。

 部屋にいたら時間を聞けば良いし、いないのなら置き手紙でも扉に貼れば良い。


 それをしないのは……


「シン、雪風なのです。入って良いです?」

「入って良いです」


 今夜、雪風が部屋に来ることになっているからだ。

 部屋に来ると言っても、ただ直接触れ合っての魔力供給をするだけ。みんなに隠れての密会とかではない。


「シン、今日もよろしくなのです」

「ああ、じゃあ早速供給するか」


 扉を閉めて鍵をかけた雪風が、ペコリと頭を下げる。雪風の容姿が容姿なだけに、なんだか犯罪を犯している気分になる。

 ちなみに雪風は、二人きりで行う魔力供給が好きらしい。まあ、それなりに密着するからな。人に見られるのは恥ずかしいんだろう。


 ベッドに腰掛けた俺は、膝の上に依然として身体が幼女の雪風を座らせる。雪風がこうなってからは、魔力供給は基本この姿勢だ。

 ただ、時々雪風が他の姿勢を求める時があり、


「今日はこっちが良いのです」


 どうやら今日は、膝の上は膝の上でも、背面ではなく対面を御所望らしい。

 断る理由もないので、俺は背中に腕を回して抱きついて来る雪風を抱き締め返す。


 小さな身体だ。本当に、小さな。そしてちょっとだけ、冷えている。


 ──どうして、雪風はこうなってしまったんだろう。戦えない、見ることしかできない、雪風にとってそれは辛いことのはずだ。

 言葉には出してくれないが、鍛錬している人を羨ましそうに眺めていることも多い。


「……シン?」


 不思議そうな雪風の声で、俺は魔力供給を始めていないことに気が付いた。

 慌てて魔力供給を開始する。


「んっ……シンの魔力、とても暖かいのです……」


 雪風の腕の力が少しだけ強くなった。

 俺から決して離れまいと、必死にしがみついているようにも感じる。


 ふと、昔のことを思い出した。誘拐犯から助け出した時に、エミリアが泣くことも喋ることもせず、俺の身体にしがみついて離れようとしなかったのだ。


「…………」


 無自覚……なのだろうか。

 少なくとも今の雪風の呼吸は、穏やかで安定している。魔力供給にも、異常はない。


 無自覚に生存本能のようなものが働いているとしたら……そう考えると、雪風が今にもどこかへ消えて行ってしまいそうな気がした。


「…………んんっ……ありがとうなのですシン。雪風の中、シンのでいっぱいになっているのです」


 そうしている間に、短い魔力供給の時間が終わってしまった。

 いつもは魔力供給をしている間に何か話をしているのだが、今日はなかった。


 でもどうやらそれは、俺だけのせいじゃないようだ。雪風が、恥ずかしそうに頬を掻く。


「あの……また、明日もよろしくおねがいするのです。おやすみです、シン。……大好きなのですっ」

「っ…………。あ、ああ……おやすみ」


 鍵を開けて、雪風が逃げるようにして自分の部屋に戻っていく。去り際に、とんでもない告白をして。

 知っていたことだが、突然言われるとやはり驚く。俺はしばらく呆然としていた。


 そしてふと気が付き時計を見ると、雪風が来てから既に一時間経っていた。


「…………そろそろ行くか」


 雪風がいなくなって、元の俺一人の状態に戻っただけなのに、部屋がやけに広く思えてしまった。

 人恋しくなるタイプではない俺だが、やけに静かな部屋に一人でいる寂しさに耐え切れなかったのだ。


 ローブを羽織り、〈ストレージ〉から取り出した首飾りを首につけ、俺は部屋を出る。

 みんな自分の部屋にいるのか、それとも集まってパジャマパーティーでもしているのか、廊下には誰もいない。


 結局、ベルフェの部屋の前に着くまで誰とも会うことはなかった。


「言われた通り来ましたよ、ベルフェ」


 ノックをすると、扉はすぐに開いた。

 そこにいたのは、いつも通りのベルフェだった。サイズの合っていない赤いジャージに、あつぼったい眼鏡、ボサボサの髪、眠そうな表情。


「うん……入って」

「大丈夫ですか? なんだか顔色悪そうですが」

「まぁ、いつものことですし……。あの、適当に座って、少し待っててください」

「はぁ」


 ベルフェは机に向かって、何かをしている。どうやら、机の上のノートに何かを書き込んでいるようだ。

 何を書いているのか気になったが、覗き込むようなことはしない。


 言われた通り椅子に座って、暇なのでベルフェを眺めていると、ベルフェが船を漕ぎ始めた。大丈夫か?


「…………あの、ベルフェ。台所を貸してもらっても良いですか?」

「え? まぁ、良いですけど……」


 ベルフェの許可を得て、俺は台所に立つ。

 とても綺麗な台所だ。まるで新品。使い方が丁寧というより、これは……一度も使っていないな?

 使われた様子のある調理器具が一つもない。


「…………」


 黙々と手元動かし続けるうち、ベルフェも俺が何をしているのか分かったみたいだ。


「料理できるんだ……」

「昔、覚えなきゃ大変だったんですよ。それにこれはそんなに難しくないですから」


 師匠の作る料理は、料理と呼べる代物じゃなかったからな。素材を焼いただけの物か、見様見真似で作られた謎の物体。


「ちゃんと食べなきゃ駄目ですよ? お粥を作りましたけど、食べられますか?」

「…………」


 コクリと頷くベルフェ。

 俺はノートが片付けられた机の上に、出来立てのお粥を置いた。

 早速ベルフェはスプーンでお粥をすくうと、恐る恐る口に近付け、パクリと口に入れる。


「っ!!」


 ……いや、騙したな! って顔で見られても、熱いことは見れば分かるじゃん……。

 涙目になって手で机をバンバンするベルフェに、俺は苦笑しながら水の入ったコップを渡す。


「んっ、んっ、んっ…………プハァッ! し、死ぬかと思った……」

「大丈夫ですか?」

「…………だいじょぶ」


 ぶっきらぼうに答えると、ベルフェは今度はふーふーしてから口に入れた。

 ゆっくり咀嚼して、喉がコクンと動いた。


「……美味しい」

「それは良かった」


 ベルフェのスプーンを動かす手が速くなった。

 息で熱いお粥を冷まし、口に運ぶ。それだけの仕草が色っぽい。時々まだ熱い米を口に入れて、ハフハフ言っている。猫舌なのか。


「…………良いなぁ、ボクも食べたい」

「えー……まぁ作るけど……って、は?」


 慌てて隣を見る。

 そこには、仮面を付けた奴がいた。


「やぁ。君と同じく彼女に呼ばれたオメガだよ」

「どうやってここに…………」

「ノックしても返事がなかったから、扉を開けて普通に入ってきたけど? ほら」

「いや、ほらって言われても扉閉まってるから分からないけど」

「あはは、確かに」


 笑うオメガ。証拠がなくなったのに、愉快な奴だ。

 まぁでも多分、オメガが言っていることは本当のことなんだろう。何が起きたかも、大体予想がつく。


 ベルフェはこう見えてもサキュバスの王女だ。ただお粥を食べているだけの姿でも、男一人魅了するのには十分だ。

 ベルフェのお粥を食べている姿に見惚れてしまい、オメガの入室に気が付かなかったのだろう。


「きっと、そういうことだろうね」

「言葉に出して言ってないんですが……」

「見れば分かるよ。君の考えていることくらいね」


 それ、昼間にマリンちゃんにも言われたな。

 やっぱり俺は隠し事が苦手なのかも知れない。


「……ごちそうさまです」


 と、そんなことを話している間に、ベルフェが食べ終えたようだ。


「お皿、回収しちゃって良いかな?」

「え、あ、はい……」

「美少女が食べた皿を回収……これは奇妙だね」

「奇妙じゃないだろ、洗うだけだよ……」

「…………」

「いや、洗うだけですよ? 顔赤くしないでください? 本当に洗うだけだから」


 何故俺には信用がないんだろうな。なんだかんだ言って、俺ってそういうことをしたことはない気がするんだけど。

 恥ずかしがるベルフェは放っておいて、〈ストレージ〉に皿をしまう。


 それを確認してから、オメガが話を切り出した。


「それで、どうしたいんだい? わざわざ呼び出して。まさか、彼も、というわけじゃないだろう?」

「分かってんじゃん……」

「???」


 一人何を話しているのか分かっていない俺。

 そんな俺の肩にポンと手を置き、オメガは言った。


「まぁなんだ、今夜は帰さないよ?」

「いや、帰せよ」

「ちゃんと帰しますよ……」


 帰すのかよ。


次話は火曜日です

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