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八話:とある誰かの恋の悩み

 

 一所に集まっていたエミリアたちに(寝たふりをやめた)ベルフェから貰った地図を渡した俺は、早速手紙が保管されている区画にやってきていた。


「しっかし広いなぁ。もしかして、新しい本が生まれるたびに広がってんのか? 空いてる本棚がないし、そういうことなんだろうな……っと、いたいた」


 仲良く(?)寄り添い合っている二通の手紙を見つけた俺は、静かに近づいて〈ストレージ〉にしまう。

 保管の方法はベルフェに任せるしかないから、俺にできることは基本回収だけだ。ただ、中には


「あー、やってるやってる。これはまた一段と激しいな」


 手紙のドッグファイト。

 封筒の口を文字通り口のように使って噛みつくことで、激しい争いを繰り広げている。


 激しい怒りや憎しみの感情が込められているこのタイプの手紙は、舐めてかかると怪我をする。

 多少手荒だが、風魔法で身動きを封じさえすれば、元々紙である手紙たちは抵抗できない。


 最初は混乱したが、対処法さえ分かってしまえば簡単だ。


 捕まってもまだ暴れる手紙たちを〈ストレージ〉に放り込み、俺はさらに散策を続ける。すると今度は、一通の手紙を沢山の手紙が囲んでいるという、とても奇妙な光景が目に入ってくる。


「いじめ……ってわけでもなさそうだな。いや、そもそも手紙のいじめってなんだよ」


 そんなこと言ったら、手紙が動いている時点でおかしいか。すなわち、考えたら負けである。


「まぁ、基本通りひとまとめに……痛っ!」


 〈ストレージ〉にしまおうと手紙に触れた途端、あろうことか手紙が俺の手をスパンッと力強く叩いた。

 …………なるほど、そういうタイプか。俺は問答無用で風魔法を使う。


 だが手紙たちも最後の抵抗を見せる。風魔法が使われたと分かった途端、封筒の中の便箋を吐き出し、二つに分裂したのだ。

 その結果、いくつかの便箋が風に吹かれて床に落ちてしまった。しかしどうやら、便箋だけで動く力はないようだ。


「冷静に考えるとシュールな光景だよな……」


 苦笑しながら便箋を拾い集め、日付を見ながら便箋をそれぞれ対応する封筒に入れていく。

 書かれていた文章は、どうやら恋文のようだ。熱烈な愛情を隠すことなく記した文章は、読んでいるだけで恥ずかしくなってくる。


「『赤道直下の熱いキス』、『肖像画へのキスじゃ物足りない』、『今すぐ帰還して、君の身体中にキスを落としたい』……。キス魔か?」


 どうやら、それなりに地位のある軍人が戦争で会えない妻へ書いた手紙らしい。

 日付を見ると今から十数年ほど前に書かれたものらしいから、もしかしたらまだ生きているかも知れない。


 恥ずかしくなりながらも作業を続け、ついに最後の便箋を封筒に入れ、〈ストレージ〉にしまうことができた。

 しかしホッとするのも束の間、今度は手紙の束の中からこちらを覗く手紙と目が合った。


 ……手紙に目とかないけど。

 

 いやでも実際、手紙がひょっこり顔を出しているのだ。恐る恐る、他の手紙の影に隠れるようにして、俺のことを伺っていた。


「…………どうした?」


 しゃがんでそう尋ねると、ビクッとして手紙の裏に隠れてしまう。しかし待ってあげていると、恐る恐るだが、また顔を出した。

 小動物的な可愛さがある。手紙なのに。


「大丈夫だ。おいで」

「…………」


 俺が手を差し出すと、手紙は少し考えた後、ヨチヨチこちらへ歩き始めた。

 後ろから追加の手紙がついてくる様子もない。どうやら、この手紙一通だけのようだ。


 単独で動く手紙は、初めて見た。これまでの手紙は争っていたり寄り添っていたり、とにかく二通以上のセットだったのだ。

 この言葉自体意味が分からないのだが、この手紙は()()()()()なのかも知れない。

 

「中、見ても良いかな?」

「…………」


 そう聞くと、俺の手に身体を擦り付けていた手紙はコクリと頷き、封筒の口を開けて便箋……というか折り畳まれた紙を差し出した。

 俺はその紙を受け取り、広げて読む。


『冷静になるために、わざと自分らしくない書き方で書こうと思う。』


 という前置きに続いて、


『自分の心が分からない。自分はどうしたいんだ? この気持ちはなんなんだ? これまでこんな気持ちになったことはなかった。


 この気持ちに近い何かを最初に感じた時は、よく覚えていない。近くにいることが多くて、気が付けば、今の気持ちと似た気持ちを抱いていたと思う。でも、それがはっきり自分の身体を支配しそうになったのは、やはりあの時からだ。


 あの時から自分は少しだけおかしかった。普段から頭にそいつが思い浮かぶし、夢にだってよく出てきた。会えなくなった後は、毎日会いたいと思ったし、毎日手紙を書いては恥ずかしくなって破り捨てた。


 でも、はっきりおかしいと自覚したのはその後だ。予定を無視して国に帰った自分は、久しぶりにあいつに会って、滅茶苦茶嬉しかった。でも同時に、あいつの周りに知らない人がいっぱいいてモヤモヤした。理不尽に怒りもした。でもこの時も、この気持ちはどんどん大きくなっていった。


 それから一緒に過ごすようになって、いろんなことを知った。そいつの駄目な所も沢山知った。でも不思議とそれも嫌じゃなかった。


 そのうち、自分で自分が分からなくなってきた。あいつが自分の中の大きな割合を占めている気がした。〇〇したから怒るんじゃなくて、〇〇してくれないから怒るってのが増えた。

 これまでよく分からなくて無視してきたけど、この気持ちにちゃんと向き合う必要があるように感じた。


 ここに来た時、自分は夢を見た。衝撃的な夢だった。その夢は自分の望みを見せるらしいと聞いて、さらに衝撃を受けた。夢の中で自分は、幸せな結婚生活を送っていた。あり得ない。そんな乙女みたいな望みを、自分が持っていたなんて。

 だからきっと、あいつは嘘をついている。本当は望みを見せるものじゃない。


 でも、考えてみれば、今までそうやって目を逸らしてきていた。だから今回は、ちょっとだけ、真面目に考えてみようと思う。


 ……どうしてこんなに辛いんだろ……。』


「…………恋だろ、これ」


 誰が書いたのかは分からないが、これを書いた主が恋をしていることだけは確かだ。

 書いたのが男なのか女なのかは分からないが、『そんな乙女みたいな望み』と言っているから男なのだろうか?


 と、俺が書いた人物に想いを馳せていたその時、「お兄ちゃーん!」と俺を呼ぶ元気な声がした。

 俺は素早く紙を折り畳んで動かくなった封筒に入れ、ローブのポケットにしまうと、いかにも本棚を見ていたかのようなフリをしながら立ち上がる。


「どーん!」

「っ……ど、どうした? マリンちゃん」

「外が凄い綺麗なんだ! ねぇ、一緒に外行こ! 外!」

「外?」


 外なら部屋にある窓から見たので俺も知っている。綺麗な庭園があるのだ。

 どうやらマリンちゃんは、俺が地図を渡した後に自分の部屋に初めて行き、そこで外を見たらしい。

 俺も後でいこうと思っていたんだし、マリンちゃんに誘われたとなれば断る理由はないな。


「おお、じゃあ行くか」

「やったやった!」


 俺が頷くと、マリンちゃんはその場でピョンピョン飛び跳ねて喜んだ。

 純粋な笑顔だ。百点満点を上げたい。

 

 きっとマリンちゃんには、恋の悩みなんてないんだろうなぁ。


次話は木曜日です

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