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六話:世界図書館へようこそ

 

「まぁ、これくらいか。時間も惜しいし、さっさと説明をしても良いかな?」


 医務室の中の半分が夢から覚めた頃、俺たちを見渡してオメガが話を切り出した。

 アルディアと同じく、仮面のせいで表情は分からない。というか二人とも格好が似てるな。仲間なのだろうか。


「説明って、みんなにはしなくて良いのかよ……」

「大丈夫さ、後で個人的に伝えて回るから」


 人見知りを発動させて俺の背中に隠れているメアの、小さな独り言。到底聞こえたはずがないが、オメガは答えた。


 まるで質問を予想していたようだ。


 オメガが俺のことを見ているように感じたので、俺は目を逸らさずオメガをジッと見る。

 戦闘中に行われる読み合いでもしているような、雰囲気。少しだけ懐かしい。


 しかし勝敗は決まらなかった。


「その前に、貴方方が誰なのか、そして何故あのような夢を見せたのか、それを教えて頂けますか?」

「…………。レイ・ゼロ。なるほど、百聞は一見に如かずとはこのことだね。良いよ、教えよう」

「まるで私の噂を聞いていたような口ぶりですね」

「また、似たようなものだよ」


 オメガの正体を見破ろうとするレイ先輩を、オメガは無難な言葉で誤魔化した。

 そして顎に手を当てて、少しの間考え込む。


「ボクはただの……そうだね、道化師だ。今はオメガと名乗らせてもらっているよ。……君は知っているだろう? メア・ド・マーカス」

「えっ?」

「…………」


 慌てて後ろを向くと、メアが気まずそうに俯いた。

 それで気が付いたのだが、今のメアは人見知りを発動させている時と微妙に違う。


 人見知りを発動させている時は、ギュッと服を掴んで離れず、俺をまるで盾のように扱うのだが、今はそれに比べて前に出ている。

 怯えているというよりも、苦手な相手を見かけたときに無意識に避けようとする動きに似ている。


「……? もしかして、半泣きになりながら懇願した話をしないと思い出せないかな?」

「半泣きになった話……?」

「わ、分かってるよ! その話をされると思ったから隠れてただけだ! ぐうぅ……なんでここに……」

「酷いなぁ、恩人なのに」


 どうしよう、二人のしている話が分からない。

 それなのに二人の間に立たされるとか、一体なんの罰ゲームですかね……? メアさん? ちょっと前に出ようか。

 ススス……と俺は横に移動を、


「どうして隠れるんだい? さっきは半分くらい出ていたのに」

「だ、だって恥ずかしいだろ! あんな姿を見られたんだぞ……? 言っておくがなっ、オレは別に好きでもなんでもない! 仲間ってだけだ!」


 やめて! 俺を挟まないで! 

 移動をメアに阻止された俺は、変わらず二人の間に立っている。

 メアの態度も少し失礼だし、かくなる上は無理矢理にでもここを退いて……などと考えた途端、オメガがメアから目線を外した。


「ま、そう思っているのならそうなんだろう。というわけでボクのことをもっと知りたければ彼女から聞いてくれ。知りたいだろう?」

「まぁ、すごく気になるんで……」

「うぁぅ〰︎〰︎〰︎〰︎」


 メアが声にならない呻き声のようなものを上げた。本当に何があったんだ……。


「もう一人、さっきまでここにいたのはベルフェ。これも彼女……グラムから聞いた方が良いだろう」

「ベルフェがいるのかにゃ!?」

「というかここの主人のようなものだよ、彼女は」


 マリンちゃんの眠るベッドに腰掛けていたグラムが、興奮で目を輝かせた。あの時のグラムの細かい思いは知らないが、ベルフェのことを戦友みたいに思っているのだろうか。

 俺はまぁ……少し苦手な相手かも知れない。ボゴボコにされたし、やっぱサキュバスは怖い。


 ……あと個人的に、サキュバスにはエロい格好をして欲しい。やっぱイメージ通りって大事よ。族筋骨隆毛むくじゃらのおっさんが自分をエルフ族って言ってたら、ちょっとやばい奴だと思うもん。


 しかし主人か。ということはこの図書館の司書とかなんだろうか。そうすると、世界図書館の司書のイメージともズレることになるんだが。

 世界図書館の司書って言ったら、やっぱロリババアが相場でしょ。異論は認めない。


「自己紹介はこんなところか。次にそうだね、さっきの夢だが……あれは『望むものを見せる』というものだよ」

「望むものと申しますと……、あ、あの、あれが拙者の望む未来なのでござる?」

「未来……かどうかは人によって変わるけどね。人生に沢山ある分岐点、その切り替えが違った場合をシミュレートしているんだよ」

「しゅみれーと。……しゅみれーと、なるものは一体……?」

「シュミじゃなくてシミュな。模擬実験をすることだ。……となると、あの夢はもしかしたら本当に起きていた世界なのか?」


 師匠が死ななかったら、俺は師匠と結婚することになっていたのか……。代わりとしてエミリアが死に、あの新聞を見るに、雪風は正神教徒を殺し続けて……。

 それが、俺の望む世界なのか?


「少なくとも、生死は別だよ。あくまであの世界は、分岐点の先の一人の可能性の世界だ。例えばボクがここで紙を投げたとして、落ちる可能性のある場所は一つじゃないだろう?」

「実際は投げなかったが、あの時投げていたらどうなっていたか。私たちはその可能性の一つのパターンを見ていたわけですね」

「理解が早くて助かるよ」


 ……じゃあつまり、俺の願望が働いたのは"師匠が死ななかったら"という所までで、その先は実際の望みと関係ないってことなのか……?

 分岐点で自分の願望通り進んだ場合と、本当に望む世界はまた別なんだな……。


「なるほど……確かに分岐点に限って言えば、拙者の望むものでござったな……」

「アレが、オレの望む分岐点の先の世界……。別にオレは望んでないと思うけど……、そりゃ、楽しい夢だったけどさ……」


 紫苑とメアも、俺と同じように夢を思い出しているようだ。


「…………」


 そしてグラムもまた、見ていた夢を思い出しているようだ。

 グラムだけは、どんな夢を見たのか大体予想が付く。きっと幸せな夢だったのだろう。少しだけ寂しそうだ。

 大切そうに、マリンちゃんの頭を撫でている。


「質問の答えは、こんなところだよ。他に何か質問はあるかい?」

「……いえ、ありません」

「そうか。ボクは君たちがどんな夢を見たのか知らないからなんとも言えないが……あまり、気にしない方が良い。過去にでも戻らない限り、今が一番幸せなんだから」


 そう言うと、オメガは一回俺の方をジッと見つめ、すぐに踵を返して部屋から出て行った。

 俺と早く喋りたい云々言っていたが、もうどうでもよくなったみたいだ。声も疲れていたし、そんな気力は無いのかも知れない。


「ああ、そうだ。この図書館には、この世の全ての文がある。誰かの日記、誰かの恋文、誰かの遺書に、呪詛の言葉。だから読む本はきちんと選ぶと良い」

「…………なぁ、それって、絵の描かれたノートとかもあったりするのか? その、リーシャの描いたやつとか……」

「……読まれる前に確保しなきゃね」

「ッ!!」


 メアの顔が一瞬で真っ赤になった。

 なんだ? リーシャさんの描いた本に、何か恥ずかしいことがあるのか? いやまぁ、あの人のことだから色んな絵を描いてるだろうけど……。


 ……あれっ? てか俺も、師匠への恋文隠さなきゃいけないんじゃ……!?


「…………その様子だと、見られたくないものがあるみたいだね。ベルフェに言えば、読めないようにしてくれると思うよ。まぁ確実なのは、自分で持っておくことだけど。寝泊りする部屋は自分たちで選んでくれで構わないからね」

「なんか、怖いところだな……」

「いやいや、本の扱いさえちゃんとしてれば何も問題ないよ。あとはそう…………この図書館の五階にある、()()()()()に入りさえしなければね」


 記録の部屋……?

 初めて部屋の名前に戸惑ったが、俺がそれを聞く前に、「それじゃ、またどこかで会おうじゃないか」と言ってオメガは出て行ってしまった。


「……どうします? この様子だと、私が一番見られて困る文を書いていないようですが……何か適当な魔術書を見繕ってくれたら、確保している間私が見守っていましょうか?」

「「「「……お願いします…………」」」」


 レイ先輩は、やはり女神だった。


次話は日曜日です

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