四話:その名は変態ロリコン野郎
「やぁ」
「…………」
顔を覗き込むそいつは、片手を上げて緊張感のない挨拶をしてきた。
仮面をつけて顔を隠しているのが印象的な女性だ。何故か男装をしているが、服に現れる身体の線で分かる。
「おや? 驚かないね。もっとこう、理不尽に襲われるものかと思っていたけれど」
「きっと驚きすぎたんですよ。ここは……?」
「図書館さ。知っているだろう? どうだい、一人で起きられるかい?」
伸ばしてくれた手を取り、俺は立ち上がっった。
手は、男性とは違う女性の手だった。
周囲を見渡してみると、壁が一面本棚になっている床面積の小さな円形の部屋だった。その代わり、屋根だけは十分高い。
そして、エミリアたちはいなかった。
「…………」
「心配しなくて大丈夫だよ。ついておいで」
俺の顔を見て察したのか、仮面の女はそう言うと扉を開けて部屋から出て行った。
害意は全く感じないし、本当に連れて行ってくれるのだろう。俺も女についていく。
「みんな一緒の場所にいるんですか?」
「そうだよ。硬い床の上に寝かせるのは心が痛むからね。医務室のベッドで横になっているよ」
「ありがとうござ……え? あれ?」
女子たちはベッドの上で、なんで俺だけは硬い床だったんだ?
俺が納得行っていないと、仮面の女が、
「君を床に寝かせようが、ボクの良心はまったく痛まないからね」
「ひどっ!? あれ……? 俺は何か嫌われることをしましたっけ……?」
「…………。その言葉遣い、やめてもらえないかな?」
「へ?」
俺の質問には答えず、女はそんなことを要求してきた。
なんだか、少しだけイライラしているようにも聞こえる声音だ。
「ええと……これで良いのか?」
「ああ、そうだ。その方が君らしい」
「君らしいって……もしかして会ったことがあるのか?」
「あるよ。薄情な君は忘れているようだけどね。まぁ良い。もうそろそろ着く」
申し訳ないが、本当にまったく覚えていないのだ。ボクという一人称の女性は何人か会ったことがあるが、その中に仮面をつけて男装している人は一人もいなかった。
と、仮面の女が医務室と書かれたプレートが上に飾ってある扉の前で立ち止まった。
「あの、名前は…………」
「…………今はオメガと名乗っているよ。入るよ、ベルフェ。ああ、今は自重してくれよ? 間違えてやりすぎてしまうかも知れないから」
「ベルフェ……?」
オメガは聞いたことないが、ベルフェはどこかで聞いたことがある。
なんだか嫌な思い出が……
「はいはいー、分かってますって。それにここの子らの夢で補充できてるから大丈夫」
中々思い出せなかったが、扉が開いた途端に思い出すことができた。
扉を開けた少女──ジャージを着た芋っぽい少女を見た瞬間、俺は咄嗟に身構える。
こいつ……アニルレイで会った、あのサキュバスじゃねえか!
「その反応は傷付くなぁ……。いやまぁ分かってましたけどね、貴方から見たら私って敵ですしね。でも戦いたくないなぁ、面倒くさいし……」
「面倒くさいって…………」
「あー、はいはい。後にしてくれ。ボクは彼と早く話したいんだからね」
「お、なんか面白そう。見てよっかな……暇だし。面白いもの見れそうだし、面白そうだし。面白い反応しそうだし」
「…………めっちゃ面白いんですね」
「っ〜、彼女に構っているのは時間の無駄だ! ほら、早く安全確認!」
俺としては会話に合いの手を入れたようなものだったのだが、何故かオメガは恥ずかしそうにしている。
俺はオメガにグイグイ押されて、医務室に入室した。
ちなみに、その時ベルフェは押し退けられていた。
「寝ているが、安心してくれ。命に問題はないよ。呼吸をしているだろう? ちょっと深い夢を見ているだけだ」
一番近くのベッドで寝ていたマリンちゃんの口元に耳を近づけると、オメガの言葉通り、確かに息をしていた。
しかし、息をしているからといって、身体に異常がないわけではないよな?
「ちょ、ちょっと何をしているんだ! き、君はロリコンだったのかい!? 寝ている少女の胸を触ろうとするなんて! 見損なったよ!!」
「え、いやこれは……」
「ふんっ、言い訳するつもりなのかい? あー、聞かせてもらおうじゃないか。白昼堂々、寝ている幼子を襲って自らの性欲を満たそうとしたその理由を!」
「心臓が動いているか確かめようとしただけですけど!?」
ここまで過剰に反応することはないと思うが……いやでも、確かに軽率な行動だったかも知れない。
マリンちゃんなら許してくれると思うが、例えばこれがメアなら俺に待っているのは死だ。
一応言っておくと、いやらしい気持ちは本当に一切なかったからな。
まぁでも実際、触る必要はないか。死んでいるようには見えないし。
「……確認行為、それなら良いのか……? いやでも、目の前でそれをされるのは……、ただでさえこの状況を問いただしたいくらいなのに……。ああもう! そんなに心配なら触れば良いじゃないか! ボクはあっちを向いているからね!」
「バレなきゃ犯罪じゃないし、良いんじゃないですかねぇ……。まぁ責任取るのは面倒なので私もあっち向いてますけど……」
「なんか分からんがお膳立てされた気がする……」
触らないという結論に達した直後に、女性二人が揃ってこちらに背を向けた。
俺のためというより、非常に個人的な理由な気がするが、場が整ってしまったのは事実だ。
これで触らないのも、失礼だろう。
…………あれ? こう言うと、なんだかいやらしい意味を含んでるような気がするぞ?
もう一度言うが、これは確認行為だからな。
「…………よし、ちゃんと動いているな」
少し考えた結果、俺はマリンちゃんの胸に耳を当てることにした。
こうすれば、より心臓が動いていることを確認しているように見えるだろうからな。
トクトクトクトク、ゆっくりとした落ち着く心音だ。このままこの胸を枕に眠りたくなってくる。まぁ、それをしたら本格的に変態ロリコン野郎の異名を与えられてしまうので寝ないが。
名残惜しいマリンちゃんの胸枕……じゃなくて、確認作業が終わったので俺は目を開ける。
すると、二人は背中を向けているはずなのに、目が合った。
「…………」
「…………」
二人が背中を向けているとか関係ない。だって今目が合っている相手は、さっきまで寝ていたはずのレイ先輩だったのだから。
身を起こして、こちらをジッと見ていた。
起きたら見つけてしまったというより、もう観察体制に入っている感じだ。目の前のロリコンさんがこの先何をするのか、じっくり観察しておられる。
「…………」
「…………」
取り敢えず、ニッコリ笑ってみた。
次話は土曜日です




