三話:結婚生活
ちょっとタイトルを変えました
雪風に話をすると、雪風は泣いて喜んだ。
身体が元に戻ることができるかも知れないというだけでなく、王国軍に入れることがよっぽど嬉しかったらしい。
殺すことしかできなかった雪風が、守る側に立つ。それは雪風にとってあまりに大きな一歩だ。
当然、雪風が断ることなどなかった。
こうして俺たちは二人仲良く世界図書館へ向かう……はずだったのだが、
「まぁ、そうなるよね……」
集結した俺たちを見て、スーピルが苦笑いをする。
一つ誤算、というか雪風が認められたことが嬉しくて考えが及ばなかったのだが、この屋敷に住むのは俺と雪風だけではない。
エミリアやグラム、マリンちゃんにメア。レイ先輩も、最近は寮で寝泊まりすることがほとんどない。
さらに、その日は偶然、紫苑とキラも遊びに来ていた。
「親友のためにゃら当然にゃ!」
「グラム……」
グラムの言葉に、全てが集約されているだろう。
よっぽど嬉しいのか、雪風が再び目に涙を溜める。
「それだけじゃなくて、何故か覚えていない過去も気になりますしね。知識は無駄になりませんから」
「うむ、マーリンの詳しい死因とか、妾が泣いて引きこもっていた間に王国で何があったとか、諸々、詳しく知りたいしの……」
この二人はこんなことを言っているが、雪風を助けたいと思う気持ちは同じだ。
勿論、教師生徒、先輩後輩ではなく、仲間として。
「良いのかい? 地獄だよ地獄、かなり危険な所だぞー? ……って、このくだりはもうやってるみたいだね。よろしい」
残念ながらな。エミリアを危険な場所に連れて行きたくない俺と、一人待つなんてできないと言うエミリアの意見が真っ向から対立した形だ。
結果は、この状況を見れば分かるだろう。
俺が折れた。ああなったエミリアは止められんからなぁ……。
「でもどうやって行くんだ? 世界の果てにあるんだろ。その世界図書館ってのは」
「よく知ってるねメアっち。シンくんによく見られるために勉強した?」
「説明されたからだよ!」
「あはぁ〜。ならそういうことにしといてあげよう! でもメアっち、私はこうも言ったよね?」
「いや、そういうことも何も事実なんだけど……で、なんだ? 何を言ったんだ?」
「……世界図書館は隣にある」
「っ!!」
スーピルの視線の動きに合わせて、メアがパッと横を見た。
だが勿論、そこに世界図書館はない。急に見られて驚き、身体をビクッとさせたマリンちゃんがいるだけだ。
古典的な悪戯にひっかかり、メアは少し恥ずかしそうだ。
「……ないじゃん」
「そりゃ見えないよ。存在する世界が微妙に違うんだからね」
「じゃあどうやって……」
「そこで、私の登場というわけだヨ」
「ッ……!」
彼があまりに予想外の人物で、俺たちの間に緊張が走る。
「……お主、酒場は良いのか?」
「娘のためなら、どうでも良いねぇ。……でも雪風、本当に良いんだね?」
「…………はい。大丈夫なのです。それに、きっとお頭もそこに……」
「はぁ……その責任感の強さはどっちに似たんだろうねぇ……。まあ、良い。そこまで言うならお連れしようじゃないカ!」
???
二人が何について話しているのか分からなかったが、問題なく話は進むようだ。
マスターが大きく腕を開いた。
「過去、現在、未来! この世の全てが記されている記録の世界! 【執行者】として扉を開こう! それでは君たち、司書によろしく伝えてくれ」
「どういう────っ!!」
なんだか興味深いことを言ったマスターが微笑んだ次の瞬間、その部屋に眩い光が満ちて、そして────
「いたっ!」
俺は地面に熱いキスをした。
いてて……まさか、転移したら空中だとは思わなかった。
しかも地面に近い所だったから受け身を取ることもできず、地面に顔を打ち付けてしまった。
「みんなは…………おい、ちょっと待て」
起き上がって周りを見渡してみたが、周囲に誰もいない。
「いやいや、というかここって………」
そこは、小さな小屋の前。
辺り一面木しかない森の中、小さな古い小屋がポツンと建っている。
物干し竿にかかる白いシーツが風で揺れ、空高く太陽が洗濯物と一緒にそれを照らしている。
少し目を凝らして見ると、森の先には湖があるのが分かった。
「おや、帰ってきていたんですか? ……お帰りなさい、シン」
「師匠っ…………」
俺はこれ以上ないほど、目を見開いた。
嘘だ。あり得ない。何が起きて────
「がぁっ!!」
なんだ!? 頭が痛い……!!
「? 懐かしいですね、その呼び方も……って大丈夫ですかシン! あ、頭が痛いんですか!?」
駆け寄ってきた師匠が、心配そうに俺の頭をさする。
しかし、頭の痛みが消える様子はない。回復魔法を唱えてくれているが、それも効いている様子はない。
「師匠……師匠……!」
「はい、レイですよ! 貴方のレイ・ゼロです!」
「俺の……レイ……?」
「そうですよ! 貴方のものです! あの日、貴方がプロポーズしてくれた日から!」
プロ、ポーズ……?
なんだ、なんで俺が師匠にプロポーズを……!? いや、違う! 俺は確かにプロポーズをした。覚えている。覚えている。
「ぐっ……ぐうぅぅぁぁ!」
「シン!!」
これまでで一番強い痛みが俺を襲い、痛みに捩れる俺を誰かが強く抱き締めた。
誰か……そんなのは決まっている。
「はぁはぁはぁ……」
「だ、大丈夫ですか……?」
不思議と、もう痛みはなかった。
それどころか、さっきのことが嘘のように頭がスッキリしている。頭の中に何かとても悪いものがあって、それが抜け落ちたみたいな感覚だ。
とても、清々しい。
「もう大丈夫ですよ、レイ。ちょっとレイが可愛すぎて頭が壊れてしまっただけです」
「む、心配してる私にそれを言うのは酷いです。本当に、心配したんですよ?」
そう言ってレイが、腕を組んで頬を膨らませる。
「あはは、すみません。でも本当にもうなんともないんです。むしろ気持ち良いくらいですよ」
「全く……妻を心配させて泣かせようとするなんて、酷い夫ですね」
「でも、心配してくれるってことは好きなんでしょう?」
俺がそう言うと、レイが「むっ……」と複雑そうな表情をした。
どうやら、痛いところをついたようだ。
「なんだか、いつもより意地悪な気がします」
「レイが可愛いからですよ」
「そういうところです。……なんだか、女性の扱いが上手くなったというか……ぅむぅ……怪しいですね」
そう言って、目を細めジッと俺のことを見るレイ。
そう言われても、俺には何もやましいことはないのだが……。何故か意地悪してしまうだけで。
「……まぁ、良いです。あのシンが隠れて浮気なんてあり得ませんからね。覚えてますか? 毎日毎日、私の後をついて来ていたんですよ?」
「む、昔の話じゃないですか……」
「それは私を魔術で負かしてから言ってください。貴方はまだ、私から見たら子供です」
そう言ってレイは、楽しそうに笑った。
次話は火曜日です




