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プロローグ

六章スタートです!

 

「モグモグ…………」

「……どうした? なんか今日はいつもよりイライラしてるけど」

「……ッゴクン。君には絶対教えない。あとなんだいその言い方は? まるでボクがいつもイライラしてるみたいじゃないか!

「言葉の綾だよ……。てか、いつもならそんなことで声を荒げないよな? やっぱりイライラしてるだろ。小魚食べる?」

「……カルシウムなら、牛乳の方が圧倒的に摂取効率が良い」

「知らんわ。はい、牛乳」

「……ありがとっ」


 俺の手からひったくるように牛乳を受け取り、しかしコップには丁寧に注ぐ。

 お礼は言っていたが、そのお礼はどこか皮肉たっぷりに聞こえた。

 昼間急に家にやってきたかと思えば、夜になっても帰らない。しかも今は何故か怒っていると来た。

 こいつが赤ん坊の頃からの幼馴染じゃなければ、絶縁している所だ。


「なぁ、本当にどうしたんだ? そんなに怒って」

「怒ってなどいないさ。ただ君に呆れているだけだよ」

「何で?」

「……自分で考えたらどうだい」


 その一瞬、そいつの目がカレンダーに向けられたのを、俺は見逃さなかった。


「……もしかして、メリークリスマス?」

「へー、やっと思い出したみたいだね。ボクが持ってきた料理を見ても思い出さないから、まさか存在を知らないのかと思ったよ」


 今日は12月25日。

 もしかしてと思って、この時期だけの特別な挨拶をすると、毒のあるお返事をいただいた。


「いやいや、忘れていたわけじゃねえよ……。ただ話に出さなかっただけだ」

「ふん、どうだか。君には詐欺師の素質があるからね。ボクは騙されないよ」

「人を勝手に詐欺師にするな。待ってろ、ちゃんと証拠を見せてやる」


 本当に忘れていたのなら何を言われても構わないのだが、ちゃんと覚えていたのに責められるのは納得がいかない。

 俺は自分の部屋に証拠を取りに行った。

 戻ってくると、幼馴染は未だに生意気なことを言っていたが、少しソワソワしているようにも見える。


「証拠? なんだい? スマホゲームのイベントかい?」

「部屋に取りに行ったのが見えなかったんですかねぇ……はいこれ、メリークリスマス、あと誕生日おめでとう」

「っ…………」


 今日は12月25日。

 世間はクリスマスであり……、俺たち幼馴染にとっては、こいつの誕生日でもある日だ。だから普通クリスマスパーティーはイブにやるらしいが、俺たちは当日に行っている。


「……開けるのは帰ってからにするよ」

「ああ、そうしてくれ。俺も目の前で開けられると恥ずかしい」


 通販で買ったものじゃないことくらい、こいつなら一瞬で分かるだろう。このためだけに久々に外に出て買い物をしたなんて知られたら、半年くらい揶揄われる。


「……でも、覚えててくれたんだね……。学校に来なくなって、会える時間もすっかり減って……君はすっかりボクのことなんか忘れていると思ってたよ」

「…………は?」


 何を言っているんだこいつは。


「お前みたいなキャラの濃いやつ、忘れたくても忘れられねぇよ……。そうじゃなくても、ずっと一緒いる幼馴染だぞ? 俺がお前の誕生日を忘れるわけないだろ」

「ッ……。へ、へー、君も中々嬉しいことを言うじゃないか。なんだい? ボクをナンパしているのかい?」

「違うわ!」

「ふふん、そう恥ずかしがるなよ。何、今日はクリスマス。そういう日だ。君だって興味あるだろう?」

「だー! もう! は・な・れ・ろぉぉ!!」


 ♦︎♦︎♦︎


「思い出すなぁ…………」


 王都の街は今、すっかり聖夜祭ムード。

 12月25日の聖夜祭自体はまだあと一週間も先ではあるのだが、店には聖夜祭……もう面倒だからクリスマスって言うが、クリスマス用の商品が並んでいる。


 まぁ十中八九、アンリさんみたいな転移者とか転生者が持ち込んだんだろうな。

 聖教の宗教イベントのはずなのに、なんで行うのかがよく分かったなくてただのお祭りになってる辺りとか、本当にそれっぽい。

 なんなら、正式名称(だと思われる通称)は聖夜祭なのに、クリスマスで通じる人間だって中にはいるしな。


 ちなみにこの世界では、パーティーを行うのは二十四日じゃない。二十五日だ。俺の感覚と合っていてありがたい。


「結局あの日も、糸を持って帰ってもらったんだっけ」


 今俺が何を思い出しているかと言えば、今から何年も前の、日本での話だ。

 不登校になって最初のクリスマス、彼女もいなければ友人もいない俺は幼馴染と二人でパーティーをしていたのだ。


 俺もあいつも両親が忙しくて、大体の日は一人だったからな。それはクリスマスも同じ。

 家が隣同士というのもあり、不登校になる前はよく一緒に夕飯を食べていたものだった。


 ちなみに糸というのは、毎年デザイナーの母親からクリスマスプレゼントと称して毛糸が贈られてくるという嫌がらせである。毎年、あいつが半分持って帰るのが恒例行事になってたんだよな……。


 店の陳列棚に編み物の毛糸が沢山置いてあるのを見て、遠い昔のことを思い出してしまったのだ。


「シン、そっちは終わった?」


 丁度その時、会計を終えたエミリアが商品の入った紙袋を持って戻ってきた。

 俺は意味もなく街を歩いていたわけじゃない。エミリアたちと、クリスマスパーティーのための買い物に来ているのだ。


 エミリアは、王城で行われる社交パーティーに出席しないといけなかったせいで、仲間同士で楽しむクリスマスパーティーというのを経験したことがない。

 しかし今年は、エミリアの友人が増えたことに喜んだ王様が、特別に社交パーティーに出なくても良いと許可してくれたのだ。 


 まぁ、つまり、エミリアは張り切っている。

 しっかし、一応フードで顔を隠しているとは言え、王女様が王都で買い物とかどんな状況だよ……。まぁ、良いか。今更すぎるし。


「綺麗な毛糸だね」

「え? あ、いや……まぁ……。あ、でもちゃんと買い物は終えてるからな」

「ふふ、だいじょーぶ。ちゃんと分かってるから。さっきのは確認しただけ。それよりシン、さっき懐かしそうに眺めてたけど、これ欲しいの?」

「い、いや! 大丈夫大丈夫!」

「そ、そう……なら良いんだけど」


 毛糸は俺にとって色々昔を思い出す物だが、もう住んでいる世界が違う。俺はあの世界に帰る気はない。もうずっとこの世界で生きていくつもりだ。

 そんな物のために、買うのは僅かな時間とは言え、エミリアを待たせるわけには……

 

「私なら気にしないで。シンが嬉しいなら、私も嬉しいから。お師匠さん?」

「ッ…………」


 どうやら、エミリアにはお見通しのようだ。


「いや、師匠ではないけど……」

「けど?」

「…………その、エミリアさ。ちょっとだけ、ここで待っててくれないか?」


次話は火曜日です

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