四十一話:拙い踊りと可愛い理不尽
遅れました!!(いっそ清々しい遅刻)
ちなみに、二話分あります。
「プハッ! はぁはぁ……何だあれ……。あれが地獄か……」
これだから目立ちたくないんだ……。
「ははっ、いつになく疲れているね」
「この野郎……」
話しかけてきたのは、壁に手を当ててゼェゼェ息を吐く俺の姿をつまみに酒を飲むアーサーだった。
場所は、帝国の城の大きなホール。
テーブルには美味しい料理が並び、楽団が音楽を奏でる中、様々な人が正装で勝利を祝っている。
勿論俺も、ちゃんとした服装。雪風やキラ、そしてメアやスーピルまでも普段は着ないような服を着ている。
ちなみに慣れていないメアは、ずっと緊張した面持ちでキラの後ろを付いて歩いている。
そんな勝利を祝う宴を、俺は舐めていた。
なるほど、メアがこれまで言っていたことの意味をやっと心から理解できたよ。
メアと俺が、夜同じ部屋で眠ることがある。その噂があってこれなんだから、なかったらと考えるとゾッとする。
帝都ではロリコン設定にしようかと、本気で考えたくらいだ。
「てか、なんでお前はそんなに爽やかなんだよ。お前こそまさに玉の輿だろ」
「人を躱すのには慣れているからね。それにまぁ、私には公式に婚約者がいる。その相手が隣にいるから、君と違ってそれ目当てで話しかけてくる人は激減しているし、そもそも身分より実力の方が重視されるんだよ、帝国では」
そう言ってアーサーは肩を竦めた。
アーサーの後ろには少女がいて、アーサーと話す俺をジッと見ている。落ち着いたドレスを身に纏っていたが、明らかに着慣れていなさそうだ。
「……すごいな、お前」
「そもそも身分への拘りが少ない国だからだよ。まぁ、拘りがあっても関係ないけど」
「そういうとこを言いたいんだけどなぁ」
「身分なら私よりもシン、君の方が随分と柔らかい考えだと思うが……」
「そうか?」
そう見えるんだろうか。
エミリアとの関係は確かに普通じゃないかも知れないけど、後は割と普通だぞ?
紫苑は同じ隊のメンバーで、雪風は契約精霊。グラムは次期族長候補だけど、今は保留しているみたいだし。
「まぁそれはいい。シン、少し話をしたいんだが……大丈夫か?」
「この場から合法的に抜け出せるなら、なんでもしますよ……」
「そうか。じゃあちょっと私は出かけてくるよ。待っててくれ」
「……ん、分かった。待ってる」
アーサーの言葉に、少女がコクリと頷いた。
♦︎♦︎♦︎
こっそり窓から庭園に抜け出した俺たちは、会場から見えない所に素早く移動した。
なんだかいけないことをしているようでドキドキする。
あれだ、高校の林間学校とかのキャンプファイヤーの日、クラスの女子と一緒に抜け出す感覚。
まあ、俺はそんなの経験したことないし、なんなら隣にいるのは女子じゃなくて男だけど。あれ、何故か涙が……。
……と、このくらい離れれば十分だろ。
「それで、可愛い幼馴染みを放って男二人になった理由は? まさかとは思うが、俺を側室にするのか?」
「へー、そりゃ気になる。いっちょ絵の上手い奴に頼んで描いてもらおうか。有名人だから高く売れそうだ」
どうやら、アーサーと二人きりではなかったらしい。
おぞましい冗談を言いながら、草陰から一人の男が出てきた。あ、いや、最初に冗談を言ったのは俺か。
「アルディアか。……どんどんむさ苦しくなってくな。大丈夫? 団長とかいない?」
「いないいない。これで全員だよ」
「そうか……で、何の用だ? お前がいるってことは、ただの世間話じゃないんだろ?」
俺の思い過ごしで、本当は恋バナとかなら笑うけど。
うーん……その場合、俺は師匠、アーサーは幼馴染み、アルディアはいないで終わりそうだな。
そう思っていたら。
「これだよ」
「おまっ、これって……」
アーサーが見せてきたのは、鞘に収まった剣。指輪から出てきた。あの指輪、マジックアイテムだったのか。
アーサーが見せてきた剣は間違いない、最後女神を斬り殺した、あの聖剣だ。
だが今は、あの時のような輝きはない。抜いていないからとかではなく、剣自体が発する魔力の色がそもそも違うのだ。
まるで再び、封印されたような。
「元々、剣が抜けたのは私が認められたからじゃないからね。元に戻しただけだよ」
「…………」
そう、アーサーはあの時、まだ剣に認められてはいなかった。
なのにあの時アーサーが剣を抜いて使うことができたのは、ルシフィエルのおかげだ。
ルシフィエルの能力である『罪悪』は、神への叛逆という、実にあいつらしい能力。
つまりルシフィエルは、その能力を用いて、本来は抜けないはずのアーサーの剣を無理矢理抜いたのだ。
殺しても『心中』の能力が発動しないのも、同じ理由。アーサーの剣にエンチャントされたルシフィエルの能力が、女神の能力を全て無効化したのだ。
「だから彼に頼んで、元に戻してもらったんだよ」
「…………剣にこびり付いていたあいつの能力を消しただけだ。俺がやらなくても、いずれ鞘に収まっていた」
「へー……意外と良いことすんだな、お前も。良心に目覚めちゃったか?」
感謝されることに慣れていないのか、居心地悪そうにしているルシフィエル。
だが俺が揶揄った途端、反撃に出てきた。
「ほーほー、おいおい、そんなこと言っていいのか? シンさんや。帝都を攻めようしていた軍を制圧してやったのは、何を隠そうこの俺なんだぞ?」
「え」
嘘だろ。
思わずアーサーの方を見て事実確認を急くが、アーサーは苦笑して肩を竦めた。どうやら本当らしい。
「何それ……本当に目覚めてんじゃん……」
「違う。俺の正しさに従っただけだ。……なのにあの馬鹿ピピン……自分に危害を加えた悪魔を庇いやがって……くそっ、あの青髪の悪魔め……弟に惚れてるみたいだが渡さねえぞ……」
「お、おう……。お前も色々あったんだな……。(何それめちゃくちゃ面白そうじゃん!!)」
アルディアの方も大変だったらしい。一人で軍を制圧したことより、なんか違うことに大変さを感じているっぽいが……。
取り敢えず、隠密能力を持つ紅髪の子に、妹について聞いてみるか……。
「一応言っておくけど、彼を呼んだのはこれを伝えるためじゃないからね」
「えっ、じゃあ他に何かあるってことか?」
「……色々考えた。宝物庫から何か渡そうかと思ったが、装備品を送っても迷惑なだけだろう」
「まぁ…………」
どんなに優れた物でも、今の使い慣れた物を超える扱いができるようになるには数年かかる。
それに俺には、杖やローブや刀をこれから変える気は一切ないし。どんな素晴らしい物でも、メアが俺だけのために作ってくれた物の方が手に馴染んで扱いやすい。
「だから、こうすることにしたよ。シン、君が困っていた時、私は君に味方しよう」
「俺はその証人ってわけだ。お前が俺をどれだけ信用しているかは知らないが、二人きりの口約束よりはよっぽど信用できるだろう?」
……なるほど。
「やべえ、素直に嬉しい……」
なるほど、助け助けられの関係、これが友情か……。
こんな時どんな顔をすれば良いんだろうか、俺には経験がないから分からない。
でもどうやらそれは、アーサーも同じようだった。もしかしたらアーサーも、俺と同じように友達らしい友達がいなかったのが知れない。
「…………そろそろ、戻ったらどうだ。どうやらダンスが始まったみたいだぞ。男同士で踊るつもりか?」
「ああ、もうそんな時間か。すまないシン、踊りの約束をしていてね」
「え、ああ……」
獣人特有の耳の良さでダンスが始まったと気が付いた、アルディアの助け舟。
アーサーは慌てて剣をしまい、パーティー会場に戻って行った。幼馴染みで婚約者の少女と一緒に、ダンスでもするのだろうか。
さぞ、お似合いなのだろう。
「……なぁ、アルディア」
「…………」
「アルディア? ……いつの間に居なくなってやがるんだ……」
返事がないと思ったら、もう何処かに行っていた。せっかく、真面目に礼でもしようかと思ったのに。
……まぁ良い、またすぐ会えるだろ。
「もう少し、ここにいるか……」
あそこに戻ったら、途端にダンスの申し込みをされそうで嫌だ。噴水でも眺めて、ゆっくりしよう。
とても綺麗な庭園なんだし、楽しまなきゃ勿体無い。
そう思った次の瞬間、
「はぁ、はぁ……ここまでくれ、ば…………」
「…………何から逃げてんの、メア」
息を切らしたメアと目が合った。
「いや、その……キラにダンスを仕込んでやるって言われて……」
「ああ……なるほど」
なるほど……なるほど。
「まぁ良い。おまえがいるなら、オレは他の所に隠れ……ひゃぁっ! お、おいシン! てめえ急に何……を……」
俺に文句を言おうとしたメアだったが、勢い良く振り向いて俺を見た途端に、何故か言葉が尻すぼみになる。
「俺は王女唯一の護衛。そんな奴の専属メイドたる者、ダンスくらい覚えてなきゃ駄目だよな?」
「ヘ……? お、おいまさか……わ、ちょっ……」
「大丈夫だメア。俺も教えられるほど詳しくない」
「いや詳しくないのかよ! って、しない! オレはしないからな!」
口ではそう言っているが、握られた手を振り払おうとはしない。
それどころか、俺が音楽に合わせて動くと、メアも付いてきた。
まだ少し拙いけど、足を踏むようなことはない。
「意外と上手いね。見て勉強したのか?」
「こ、これは……うぐ……わ、悪いかよ……」
「いいや。でも意外だ。メアはそういうのに興味ないんだと思ってた」
「……そりゃ、前まではなかったけど……」
顔を赤くして、少しだけ顔を伏せるメア。
そのままお互い何も喋らずに、一曲目が終わった。この時間に、ペアを交代したりするのだろう。
勿論踊らなくても良い。これは貴族中心のパーティーじゃなくて、軍人中心のお祝い会。お堅いルールなんてものは存在しない。
二曲目が始まる前、メアが口を開いた。
「あのさ、シン……少し、話を聞いてくれないか……?」
「どうした?」
「その……オレさ、おまえに嘘をついているんだ。だからちゃんと、本当のことを伝えなきゃって思うんだけど……えっと……あ、あれ……?」
「ゆっくりで良いよ、メア」
「あ、ありがとう……。えっと、じゃあさ、オレ…………前にさ、素直になっておまえに自分の気持ちを伝えられたらって言ったよな」
「ああ、言ってたな」
好きとかではないとは言われたが、じゃあ結局、メアの気持ちとはなんだったのだろうか。
「あれさ、今も思ってるんだ。オレはこの気持ちを、おまえに伝えたい……」
「…………」
メアは必死だった。
「でも、オレもこの気持ちが何なのか、よく分かってないんだ……。言葉にできないとかじゃなくて、こんなの初めてだから……何も分からないんだ」
「ああ……」
「どうしよシン……。伝えたいのに、何を伝えたいのか分かんなくて。伝えたいのに、伝えるのがすっごく怖いんだ」
メアが何を伝えたいのか。メアにも分からないのだから、俺に分かるはずがない。
「あの、だからさ……待っててくれないか? オレがこの気持ちの正体を知って、おまえに伝えるまで」
「ああ。どこにも行かないし、置いてかないよ」
「へへっ……」
頭に手を置くと、メアが抱き付いてきた。
メアからこうするなんて……珍しい。
こういうことは、嫌いなんじゃなかったのか?
「なんだよその顔……オレだって、おまえとこうするのは、別に嫌じゃない……。だからその、雪風とかみんなみたいに、してくれて良い……」
「みんなみたいに?」
「オレが嫌だろうからとか、考えなくて良いってことだよ……。そ、そりゃ時と場合ってのはあるけど」
「…………」
「む、無言で頭撫でるな! 髪が崩れるだろ!」
「え、あ、ごめん」
「む〜〜〜〜!! やめなくて良い!」
「ええっ!?」
怒られたのでパッと手を離すと、メアがさらに怒って、俺の腕を掴むと自分の頭の上に乗せて、また抱き付いてくる。
む、難しい……。
そんな可愛い理不尽さを感じながらも俺が頭を撫でると、
「それで良い」
メアが満足げに笑った。
(最初の予定より長くなった)帝都防衛編はこれにて完結です!
次話は四章五章の人物紹介の予定ですが、もしかしたらルシフィエルたちのエピローグを入れるかも知れません。




