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二十二話:素直になればにゃぁ……

長くなってしまったので、分割しています

 

 前回までのあらすじ!!!


 俺たちを一息つく間もなく襲ってきたのは、なんと五百匹のワンちゃんだった!?


 そこまでの規模の大群だと二段階進化した個体が居ることが予想され、さてどうしようかという時、ふと前に進み出たエミリアが彼らを一撃で葬り去る。


 だが、それで一安心……とはいかなかった。真横にいた俺が、エミリアが発した魔力に乗せてある威圧感をまともに受けてしまったのだ。

 そのため俺はエミリアに本能的な恐怖を抱いてしまったらしく、エミリアに従う行動を無意識にとってしまう……!


 治す鍵は、俺がエミリアの主人になる、つまり心理的優位になることだった!?

 俺はエミリアの護衛、つまり従者なんですけど! 主人になんてなれる訳ないだろ?


 だが、ピンチをチャンスにしてこそ一流の護衛。

 エミリアの提案で、俺の恐怖心を治すという名目のもと、ここぞとばかりに恋人アピールをすることに決めたのだった…………。


 …………あれ? これって前回()あらすじじゃね?

 ……まあ、いいや。


 今、俺たちが何をしているかと言えば、森の中にあった湖の横で休憩している。

 俺の治療と、森で暗くなってから歩くのは危ないこと、そして未だケビンが気絶したままだという三つの理由からここで休憩することにしたのだが、多分ここで夜を明かすことになる筈だ。

 水辺ということで、草木が少ないからな。水棲の魔物だけに気をつけていれば、水辺なので涼しく過ごしやすい。


 個人的には、師匠と住んでいた小屋が湖に近かったから、懐かしい気持ちになる。

 倒れていたエミリアを助けたのも、湖の近くだったしな。

 湖は、俺と縁が深い存在なのだ。

 そして、湖を見て毎回思うのが、水遊びをする師匠の姿。

 年相応……じゃなくて、見た目年齢相応の無邪気さで、夏の日には毎日のようにはしゃいでいた。俺が見ていることに気が付いて、急に取り繕うのもセット。


 ああ、こうした湖を見るだけで師匠の声が聞こえるのは、多分重症なのかも知れないな……。


 …………。

 ……………………。


「グラムが木の上で寝ている姿が可愛いと思う今日この頃です」

「どうしたの、急に?」


 突然、変なことを言い始めた俺の顔を、エミリアが訝しげに横から覗き込む。

 俺たちは今、アピールのため大きめの木の下に二人並んで座っているのだが、実はその木の上でグラムが寝ているのだ。

 木に寄りかかって上を見るたびに、獣人らしい健康的な太腿……ではなくユラユラと動く猫尻尾が俺を誘惑する。

 だから、極力上は見ないようにしている。女性と二人っきりの時、他の女性に目を奪われてはいけないことくらい、俺は勿論知っているからな。


「シンって猫が好きだよね。ほら、前も猫と一緒にお風呂入ってたよね?」

「ああ、エミリアが乱入してきた時な」

「あ、あれは、リーシャさんに騙されて……! 音がしたから、誰か居るのかと思って……」

「分かってる分かってる。別に俺は見られても気にしないし、エミリアもあまり気にすんな」


 リーシャさんが、どうやってエミリアをペット用の風呂に誘導したのかは気になるが、エミリアに聞いても教えてくれなかった。


「猫は好きだな。昔は飼ってたし」

「昔? 孤児院に猫がいたの?」

「え? あ、う、うん。そういうことだ」


 孤児院育ちってことになってるの、完全に忘れてました。

 昔ってのは勿論日本のことだけど、孤児院で飼っていたことにしておく。まあ、多分これで大丈夫だろう。


 エミリアと手を繋いで森を歩いていた効果なのか、症状も治まってきたようで、嘘をついたり反論しても大丈夫にはなった。

 未だに、エミリアがムッとした表情をすれば俺はエミリアの機嫌を取り始めてしまうのだが、それでも完治が見えてきたのは素直に嬉しい。


「ふーん……ねえ、私が猫の格好したらどう思う?」

「…………はい?」


 えっと、ごめん、話についていけてないわ。

 猫の格好って、所謂あれだよな? コスプレってことだよな?

 ど、どう思う? その前に、コスプレの存在を知っていることが気になるんだけど……。


「あの、一応聞くけど、誰から猫の格好なんて聞いたの? 普通、何も知らない人はそんな考えに辿り着かないと思うんだけど……」


 メイドと言われて、ミニスカートや改造という言葉、そして喫茶店を思い浮かべるのがオタク。正統派な、お婆さんがやっている本物のメイドを思い浮かべるのが普通の人。

 つまり、その思考に至るための知識がなければ、当たり前だがその思考には辿り着けないということだ。


「え!? あ、そ、それはね! え、えっと……あの……ノート……じゃなくて! え〜あ〜……うん、シンが好きだって、リーシャさんに聞きました」

「…………」


 コメントし辛い……!

 なんとなくそうだろうなぁって予想していたからこそ、予想通りで驚きがないと言いますか。うん、つまり何も感想が湧いてきません。


「あの……そ、それで、好きなの?」

「…………嫌いではないが……エミリアが急にしてきても、多分困惑するだけじゃないか……? あ、そりゃ少しは興奮するかも知れない……って、違うぞ!? 別にやましい気持ちがあったりとかは……」

「私はいいよ?」



「…………え?」



 思わず、エミリアの顔を二度見する。

 だが、そこにあるのは、変わらずこちらから目を逸らさず見つめ続ける、エミリアの凛とした美しい表情。やばい、惚れる。


「…………え?」


 耳を疑う。まあ、多分、きっと、十中八九、俺の聞き間違いだろうけど。


「私は、シンに、その……見られても、その……いいよ?」

「エミリア……?」


 言っていて流石に恥ずかしくなったのか、俺から顔を背け、最後には三角座りしている膝に顔を埋めた。

 隠し切れていない耳が真っ赤になっていて、エミリアは自分が何を言っているのかも分かっているのだろう。

 エミリアのメイド……性教育を担当していたという侍女の人曰く、エミリアの知識は少ないとは言え、コウノトリを信じてはいないらしい。疲れた表情で苦笑いを浮かべていたのを、俺はよく覚えている。

 つまり、それは……


「シンの子供なら……欲しいし……」

「お前、それって……!」

「あ、で、でも学院を卒業するまでそういうのは駄目だよ! だ、だって今すぐに赤ちゃんを産んじゃったら、私がシンを独占……じゃなくて勉強ができないでしょ?」

「…………」


 絶句である。


 そして、俺はかなり迷っていた。

 これが演技なのか、それとも本気で言っているのか。

 いつもなら演技だと思ってそれ程気にしないのだが、やけにエミリアの横顔が真剣で、その雰囲気に俺も呑まれてしまっていた。


「シンは、私の子供、欲しい?」

「っ……。そ、それは……」


 どう、なのだろうか。

 そりゃ、俺も男だ。したくないかと言われれば勿論したい。

 だが、それが恋愛感情なのかは、正直言って分からない。

 俺の尊敬する人物も、敬愛する人物も、この人のためならなんでもすると誓えるも、俺にとっては師匠だけなのだ。

 エミリアは大切だし、護りたいとは思うが……実はこの感情が俺の気持ちなのかは分からない。

 師匠の手紙にあった、護りたい人を作れという、その言葉を生きる意味としているだけの可能性も、おおいにあるのだ。

 だから、


「……今すぐには、欲しくない。俺はまだ、自分のことがよく分かっていないからな。エミリアのことをどう思っているのかも、今何をすべきなのかも」


 正直に答えた。

 もし、これでエミリアの言葉が演技とかだったら、まあ俺はとんだ道化な訳だが、なんとなくそれでも良いと思う。


「ん……」


 エミリアは、ただそれだけだった。

 フードを被って、再び顔を埋めて、それ以降何も喋らなかった。


「…………」

「…………」


 湖の浅瀬では、何人かが水遊びをしている。

 魔法ありで行なっているのか、中々見ていて面白い。


 木を切って筏を作っていた奴らは、遂に完成したのか進水式を始め出した。


 と、そこで、ふと疑問が湧いた。


「……もし、もしもだぞ? 仮定の話だが……俺が欲しいって言ってたらどうしてた?」

「…………」


 涼しいそよ風に吹かれながら、俺がポツリと言った言葉に、エミリアは答えない。

 俺も、答えは期待していないから、自然の音に耳を澄ませようと目を閉じる。

 どのぐらいの時間が流れたのか、ほんの一瞬だったようにも、永遠だったようにも感じる。


「…………分からない」


 エミリアが、ポツリと呟いた。


「考えてみたけど、分からないの。本当は嬉しいはずなのに、でもどこか寂しくて悲しくて。こんなの初めてで、全然分からないの」

「……そうか…………」


 話している内容は少し下世話かも知れないが、俺たちは、少なくとも俺は心地良かった。

 こうして、エミリアと二人で何も気にしないで話すのは、何故か不思議と落ち着けた。

 エミリアが演技で言ってるかどうかなんて、もうどうでもいいように感じるくらい、この時間はとても心地良かった。

 エミリアが本心から言っていようが、演技で言っていようが、俺とエミリアがこうして二人で過ごしていることには変わりない。

 このまま、普通の生活でいい。

 何か、大きな転換点なんて必要ないし、俺たちには要らない。


「……シンは、このままで良いって思うかも知れないけど……」

「…………」

「私は、もっとシンと仲良くなりたい。シンと、嘘じゃない、本当の恋人になりたい……だからね、シン」

「…………」

「その、()()()()()()()()()()()()()()()だけど、それ以外なら一緒にお風呂に入ったりも…………シン?」


 エミリアが、何かとても重要なことを言っていた気がする。

 だが……とても……瞼が、重い……。


「おやすみ、シン……」


 ……おやすみ、エミリア────


 ♦︎エミリア視点♦︎


「おやすみ、シン……」


 シンは、私の肩に頭を乗せて眠っていた。

 だけど、それも仕方ないかな。昨日からずっと……ううん、もっと前から、シンがゆっくりしているのは見たことがないもの。

 だからなのかな、いつもならドキドキしてうるさい心臓も、シンを眠らせてあげようと今は静か。


「あと少しで、素直になれそうだったんだけど……」


 そんな大切な話の途中にシンが寝てしまって、少しムッとするのがいつもなんだけど、なんでか不思議と落ち着いていた。


「────」


 グラムちゃんとシンの睡眠が、私にも移ったのかな? 欠伸をしちゃった。


「…………」


 少し遠くでは、教室のみんなが遊んでいる。

 キラ先生は見回りと言ってどこかに行っちゃったし、シオンちゃんもお散歩に行った。

 筏を作るための木を切っていたアーサーくんは、疲れたのか、他の何人かの男の子と一緒に眠っている。

 筏で遊んでいた男の子も、作るのが楽しかったみたいで、今はアーサーくんたちの所で横になっている。

 だから、今水遊びしているのは女の子だけだ。


「シンなら喜んで入って……ううん、外から見てるかも……」


 その場面を想像したら、少しモヤッとした。

 シンが他の女の子に目を奪われているのを見ると、私の心の中に何か言いにくいものが現れて、理不尽だって分かってるけどシンに対して少しムっとする。

 あと、レイ先輩に対して、シンはよく「愛してる」とか「大好きだ」とかって言うけど、それはもっとムッとする。


 本当はいけないことだって、ちゃんと分かってはいるんだけど、シンには私を見て欲しい。

 シンが好きだって聞いたから髪も伸ばしたし、小さい頃から恋愛の小説も読んできた。リーシャさんにどうすればいいか聞いたりもしたし、料理や洗濯も練習した。

 まあ、リーシャさんの言っていることの中には、時々変なのが混じっているんだけど……。


「ん、んんっ……」

「シン?」


 何か、悪い夢でも見ているのかも知れない。

 でも、私は良い夢を見させる魔法なんて知らない。


「あっ、そういえば……」


 私が好んで読むお話は冒険譚と恋愛小説なのだが、その中に書いてあったシーンにずっと憧れていたのだ。


「ごめんね、シン」


 シンを木に寄りかけると、私は正座に座り直した。

 正座は、王城で練習させられていたので辛くはない。

 そして、ここからどうするのかと言うと……!


「これで、いいんだよね…………!」


 シンの身体を寝かせ、私の脚の上にシンの頭を乗せる。

 そう、膝枕と呼ばれるものだ。

 これを知った時、私は衝撃的だった。自分の脚を枕にしているドキドキだけではない。寝顔が間近で見れるの……!

 想像するだけで、恥ずかしくてベッドの上をゴロゴロと転がっていたのに、実際にしてみたらもっとすごくて……あぅ、駄目だぁ……息ができないよ……。


「…………」


 恋愛小説の中に出てくる、キス。

 キスをしたら子供ができちゃうから、勿論しちゃいけないんだけど…………。

 少しくらい……触れない程度なら、いいよね?


「シン…………」


 私はゆっくりと、シンの顔に近づいて…………


「んんっ……」

 

 ────チュッ。


「────ッ!!」


 ほんの一瞬、ほんのちょっとだけ触れたくらい。慌てて口元を押さえながら見を引いたけど、唇はジンジンと燃えるように熱い。


「キス……しちゃった……」


 それだけは絶対しちゃいけないのに、私はシンとキスしてしまった。

 まさか、シンがあそこで動くとは思わなかった。

 

「ど、どうしよう…………」


 私は、涙目になってあたふたする。

 シンは、まだ子供が欲しくないって言ってたのに、私のせいで…………。


「あ、ああ…………」


 これから少ししたら、私のお腹は徐々におっきくなって、それで……………。


「んにゃ。心配いらないにゃ」

「ひゃぁ!?」


 突然上から聞こえてきた声に、私は驚いて変な声を上げる。だが幸い、シンがその声で起きることはなかった。


「グラム……ちゃん?」

「んにゃ。グラムちゃんにゃ」

「あの……心配はいらないってどういうこと?」


 グラムちゃんは、何かを知っているみたいだった。

 もしかしたら、キスしても子供ができない方法を知っているかもしれない。

 最後の希望だ。


「そもそも、()()()()()()したくらいで、子供は生まれないにゃ。どうしたら生まれるかは、言わにゃいでおくけど……にゃから心配しにゃくていいにゃ」


 …………え?


「生まれ、ないの……?」

「にゃ。生まれにゃい」

「本当?」

「本当にゃ」

「…………」

「…………にゃ」


 少しの間、静かな時間が流れた。


「よ、良かったぁぁぁぁ……!」


 これでもう駄目だったら、責任を取ってシンと夫婦に……そ、それは勿論私の夢でもあるけど、だからと言って寝ているシンの唇を奪うなんて卑怯だし!

 ほ、本当に良かった……!


「ね、ねえ、グラムちゃん!」

「んにゃ?」


 あることに気が付いて私がグラムちゃんを呼ぶと、欠伸をしながらグラムちゃんが木から降りた。

 グラムちゃんは、地面に足をつけると、ググ……ッと腕を上に伸ばして大きく伸びをした。


(こ、これが……! うう……やっぱり少し小さいよね……。はぁ……身長がもうちょっとだけ胸とかに行っていたら……)


 男の子が女の子の身体に興味があるってことは、リーシャさんに聞いたので知っている。人によって特に好きな場所は違うものの、胸が多いらしいのもお母さんが言っていた。お父さんもそうらしい、

 正直、なんで好きなのかはよく分からないけど、それを聞いてから少しだけ意識するようになった。

 グラムちゃんは、シンの理想のスタイルらしい。それによれば、私は理想より少し背が高く、肉付きも少し足りない。

 身体の成長をコントロールすることはできないから仕方ないんだけど……少しだけ残念。

 

「んにゃぁ………、少し見すぎだにゃぁ」

「あ、ご、ごめんなさい!」

「まあ、男にゃら殺すとこにゃけど、女にゃから別にいいにゃ。そんなことより、にゃんで私を呼んだのにゃ?」

「あ、そのことなんだけど…………グラムちゃんに、色々教えて欲しくて……」

「んにゃ?」


 リーシャさんの意見だけでなく、もっと幅広い意見を持った方がいいと思って、私はグラムちゃんに相談することにした。

 どうすればシンが喜んでくれるかを聞かれても、シンのことをよく知らないグラムちゃんにとっては迷惑だったのだろうけど、グラムちゃんは最後まで話を聞いてくれた。

 私が理解できなかった、鎖に繋がれたやつや踏みつけるやつも、グラムちゃんはなんのことか分かったらしく、全力でやめた方が良いって言ってくれた。


「……素直になれば、イチコロだと思うがにゃ……」

「? どうしたの?」

「んにゃ。別に何も言ってないにゃ〜」


 グラムちゃんと私は、友達になったのだ。


分割して短くなったので、少しだけ加筆しようとしてみたところ、結局長くなりました。


次回は明日投稿。

シンの過去について少し触れます。

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