三十二話:同郷の者
テスト期間は終わったんですが、このまま二日に一回の投稿ペースにしようかと思います。(二日連続になる場合でも、日曜日は基本的に投稿)
「…………」
深夜、眠っていた俺の意識は再び覚醒した。
顔だけ動かして時計を見ると、丁度深夜一時半。眠る前、起きようと決めていた時間だ。
今から着替えて、俺は出かけなければならない。
そのためにも身体を起こそうとして、その時初めて俺はそのことに気が付いた。
「メ、メア…………」
眠る前は少し俺から距離を取っていたメアだったが、何故か今は俺の腕に抱き付いていた。
ただの寝相であってメアの意志とは無関係だろうけど、こうして寄り添いながらあどけない寝顔を見せてくれるのは、俺を信頼してくれているように感じてちょっと嬉しい。
だけども、今はあまり抱き付いて欲しくなかったのも事実だ。
薄いパジャマ一枚向こうにメアの柔らかさを感じて、今はそんな時ではないのに、俺の脳はけしからんことを考えてしまう。
加えて、俺はこれから出かけなければいけないというのに、その決意すらもメアの可愛さのせいで揺らぎかけていた。
「いやいや駄目駄目……。俺は行かなければいけないんだ……」
頭を振って、俺は二度寝しようという考えを振り払う。
するとそれに反応してか、メアが腕をさらにギュと抱き締めて、さらに両脚で俺の脚を挟むようにして絡めてきた。
まるで、メアが俺に『行かないで』と言っているようだ。
「…………」
……こんなに無防備なメアって、かなりレアなのでは?
いつもは触るだけで怒られるのに、今はメアからこんな密着してきているんだぞ? こんなまたとないチャンスを棒に振って良いのか?
だけどあれも気になるし……。
と、俺が頭を悩ませていた時だった。
悩む俺の動きか、それとも時間でノンレム睡眠からレム睡眠に移行したのか、メアが微かに寝言を言ったのだ。
「大好き……」
「────ッ!!」
俺の肩の辺りで喋ったというのに、言ったのか言っていないか定かではないくらいの、本当に小さな囁き声が聞こえた気がした。
寝言とはつまり、メアが意図せず言ってしまった言葉。メアの本心だろう。その前提に立って今の言葉の意味を考えると、それはつまり……
「そっか…………メアだって、そうだよな……」
メアは十四歳。当然と言えば当然だろう。
喜ばしいことであるはずなのに、かなり寂しい。
人嫌いのメアに、好きな相手ができた。
それは良いことなのに……、素直に喜べるかと言われると、ちょっと無理だ。
「いつからだったんだ……?」
そんな素振りはなかったと思う。
いつも通り……いや、思えば今日、正確に言えば昨日はいつもと違った。
となると今日一目惚れを……? メアに限ってそんなことがあるか? ……いや、今日恋心に気が付いた可能性もあるから、出会ったのが今日とは限らないのか。
相手は誰だ、どんな奴だ、そいつは団長に殺される覚悟はあるのか。
いろんな思考が頭を巡るが、取り敢えず一つだけ分かったことがある。
好きな相手がいるのに、流石に俺と同衾しているのはまずいだろう。
俺がこの場にいてはいけないことだけは分かった。
「頑張れよ、メア」
メアに布団をかけてやり、師匠のローブを羽織ると、俺は自分の部屋を後にした。
♦︎♦︎♦︎
「寒い……」
自分たちが帝国を盛り上げるんだという意思を持って昼間一生懸命働いた分、夜はグッスリ眠るのだろうか。
帝都という一大都市の大通りだというのに、昼間の騒々しさは全くない。
時より小さな出店が出ていて、そこで客が店番のオヤジと談笑しているくらいだ。
昼間はずっと鍛錬をしているから分からなかったが、どうやらもうすっかり冬らしい。
いや、ここまで寒いのは、人があまりに少なすぎるからか?
とは言え、人が沢山いるであろう色街の方には行かない。
帝国騎士団への稽古を公開していたから、俺は帝都ではそれなりに有名人だ。噂されると色々困る。
「次はこっち…………」
むしろ、俺はどんどん人気のない方に進んでいた。
どこの街にも、住民のほとんどいない場所というものはあるものだ。
恐らく俺が今歩いている場所は、その中心のような場所だろう。長年使われていないだろう家が沢山ある。
「ここか…………」
俺は帝都の地形に詳しくないが、ここまで迷わずに来れたのは道の端や建物の壁や柱に印があったからだ。
そしてその目印は、とある小さな家の前で途切れている。一見誰も住んでいないように見える古びた家なのに、中からそれなりの魔力を感じることからも、ここで間違いないだろう。
「…………」
黙って扉を押すと、ギギギと不吉な音を立てて扉はゆっくりと開いた。
「なるほど、貴方でしたか」
中にいたのは、一人の女性。
俺たちが帝都に来て一番最初に経験した攻防戦の時、向こうの大将であるルシフィエルの後ろにいた女性だ。
何故、俺がここに来ているのか。その答えは、この女性にある。
『そう警戒しないでください、シンさん。私はアンリと申します』
スーピルたちの誰も読めなかった、手紙に書かれていた謎の文字。
俺がここに来るために追ってきた目印。
そして今、この女性が話した言葉。
これら全ての共通点が、一つだけある。
『俺もこの言葉を使うのは随分と久しぶりですよ。アンリさん』
俺がしっかりと日本語で話すと、アンリさんは嬉しそうに微笑んだ。
次話は日曜日です。




