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二十一話:おんぶを提案しようと思っていたのじゃが……

 

「やけに魔獣と魔物の比率がおかしいと思ったらそういうことか……」


 さっきから襲ってくるやつはほとんどが魔物で、この付近に沢山いる筈の魔狼が襲ってこない理由。

 それは、近くにこんな大群を成していたからか。つまり、魔狼は単独行動をしていないからだ。


「…………」


 チラリと騎士学園の生徒たちを見たが、この事態に気付いている奴は教師以外にいないらしい。

 魔術師(魔法士や魔術師は、まとめて魔術師と言われることが多い)にとって当たり前の索敵系魔法も、騎士学園の生徒にとっては全く無縁のものらしい。

 まあ、剣が俺たち魔術師にとって縁がないのと同じことか。

 …………俺は剣を使ってたけどな、うん。


 と、俺が現実逃避気味に全く無益なことを考えていると、袖をクイクイッと引かれた。

 見なくても分かる。お化けだ。

 こわいので無視することにしマス。


「……あれ?」


 五百匹がこちらに向かって前方からやってくる。

 丁度、騎士学園の生徒たちを間に挟んでいるので、いざという時は前衛として守ってくれるだろう。

 役に立つかどうかは別問題だけど……。


「シ、シン?」


 五百匹の狼……正式に言えば魔狼。五百匹の魔狼が、こうも大きな集団を形成するのは少し異常だよな。

 やっぱり、進化して上位個体に……それも一体どころの話じゃないな。そしてそうなると、さらにもう一段階進化している奴がいてもおかしくはない。いや、確実に計二段階進化している奴がいるな。


「ねえ……無視してるでしょ」


 魔、改、狂、王、賢、神。魔獣には、進化の段階順にそれぞれこの文字が当てはめられており、魔狼からの二段回進化だと狂狼になる。

 冒険者ランクだと、狂狼一体でもBランクパーティー相当。そこにDランク相当の魔狼が数百体、Cランク相当の改狼が数十体加わるんだ。

 …………恋人が出来た翌日に死ぬわ、これ。

 総合力で言うのならば、多分俺たちの方が強いんだけど……騎士学園の奴らがはっきり言ってお荷物にしかならない。

 そして何より文字通り数が桁違いだ。数の暴力ってやつにやられること必至。


「う〜……もういいです! 私は勝手にやるから!」


 俺の裾をシェイクしていたエミリアが俺から離れ、手を騎士学園の生徒たちに向けた。

 頰をお餅みたいに膨らませていて、俺の視線に気付くとプイッと逆方向を向いてしまった。……少しやりすぎた。

 俺が意図的に無視していることに気が付いていたみたいだし、これは本気で怒らせてしまったかも。

 いやでも、これが一番この場を切り抜ける最適解だと思うし……。

 ……あとでマッサージでもしてあげよう。そして、最終的には全裸土下座で勘弁してもらうしかない。


「エミリア様の精神成長は、確実にシン殿の影響を受けているでござるな……」


 魔狼の大群を視察してきたのか、いつの間にか消えていた紫苑が、気付いたら木の上でこっちを見ていて何かを呟いている。

 こちらを見る目が、俺を責める目なんですが……。これは、後で弁解しないと俺の好感度がガタ落ちするやつだな。

 いや、弁解したらしたで、また反感を買うだろうけど……一体俺はどうすればいいんでしょうねぇ!


「……というか、エミリアは何の呪文を……」

「──永遠の檻の中で眠るがいい。〈氷の監獄(アイス・プリズン)〉」

「なにかは知らないけど、ヤバいやつだってのは分かった」


 あれ? でも俺が知らないとなると、エミリアはどこからこの魔法を……。


「レイ先輩に教えてもらったの」

「ああ、成る程……え!?」


 いやいや、いくらなんでも習得早過ぎるだろ!?

 魔法陣は見えなかったけど、魔力の流れはかなり複雑だったように見えた。

 それをだった数日で……俺ならその数倍の時間は確実にかかりそうだ。

 これが、マーリンを凌ぐとまで言われた天才ハンゲルの血を引き、歴代の英雄の血筋を取り込んできた王族か……俺のような転移者とは次元が違う。


「「「…………」」」

「ふう……少し、疲れたかな」


 絶句する俺たちの前で、エミリアは額の汗を拭う。


「どうぞ椅子です」

「? あ、ありがとう? ……あっ……べ、別に許したわけじゃないからね!?」

「はい、存じております」

「??? ど、どうしたのシン……? 熱でも……そう言えば昨日!!」

「まだ引っ張るの!?」


 御付きたる者、主人が求める物を常に持っていなさいとメイド長にきつく言われてから、俺の〈ストレージ〉には椅子やテーブル、ベッドなんかも入れてあるようにしている。

 疲れたエミリア様のため、水平に慣らした地面の上に椅子を出し、俺は飲み物の用意をする。

 俺の頭がおかしい? ははは、いつでも僕はこんなですよ。あ、いや、いつでも頭がおかしいってことじゃないぞ? 

 常にエミリアに気を配っているって意味だ。


「あー、完全に怯えてるね……」

「む、無理もありませぬ。冷気が拙者まで届いたのですから。真横にいたシン殿は、エミリア様の魔力に当てられている筈かと」

「流石のあやつでも、無防備なところからまともに威圧感を喰らえばああなるのじゃな。まあ、何故無防備だったかと言えば……」

「信頼、ですかね」

「信頼……シン殿が……信頼……」


 そして、コソコソと後ろで話している三人。全部聞こえてるからな?

 俺としてはここで反論したいところなのだが……威圧感をまともに浴びせられたのは事実だ。

 本能でエミリアに怯えてしまっているせいで、俺の意思とは無関係に、エミリアのご機嫌を伺う行為に走ってしまう。

 エミリアからあんな威圧感を浴びせられるなんて想像もしてなかったからな……誰もが無意識にしている警戒を、俺は意図的に外していた。

 つまり、防御ゼロ、距離ゼロだったということ。そうか、真の意味で無警戒な相手だと、半ば洗脳に近い状態になるのか……。良いことを知った。


「本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫大丈夫。木の上のグラムくらいリラックスしてる」

「グラムちゃん……? 震えてるけど……」


 エミリアが指差す先で、「寒い……寒いにゃ……。コタツ……東国のコタツが欲しいにゃ……」と限界まで丸まっている猫耳少女がいた。

 ローブを着ていない上、制服も動き易いように改造していて布地面積が狭いから、確かに寒いだろうな。

 形の良いお臍見えてたし、お腹壊さないかが心配だ。

 あと、一つ気になることがあるとすれば、一見無頓着っぽいのにスカートの中を決して見せないことだ。

 あの尻尾には、全自動視線遮断機能が付いているのかもしれない。見たら殺されるから決して目を向けない紳士諸君の力もあるだろうが、それでも高性能すぎる。


「なんか、他人行儀」


 そ、そうは言ってもな……俺もエミリアから威圧感が放たれるなんて想像してなかったんだよ。

 威圧感が放たれたのは、多分まだあの魔法を使いこなせていないからだろう。俺に対して害意があった訳じゃないと思いたい。


「…………シン、もしかして私の魔力に……?」

「ま、まあ多分……魔力にやられた」

「!!! た、大変! ごめんなさい! まだ上手くできなくて……その、えっと、私はどうしたら……」


 あたふたし始めるエミリア。

 その表情は、本気で俺を心配してくれているようで、エミリアが優しい子に育ってくれてお兄ちゃんとても嬉しい。

 俺なら、きっと逆らえないことを利用して、あんなことやこんなことを命令する自信がある。罪悪感から放浪の旅に出るまでがセット。


「かつての戦争ではよく使われた手軽な洗脳なのでな。直し方であれば、妾が知っておるが……」

「キラ先生!」

「しかし、ううむ……中々過激でな……これを勧めて良いものか……」

「大丈夫です! 私、シンのためなら何でもしますから!」

「………………簡単じゃ。シンに奉仕をすれば良い」

「「奉仕……?」」


 ポカンとする俺とエミリアだが、アーサーは成る程と頷いている。教えてくれアーサー。なんで奉仕?


「今の状況は、シンがエミリア様に怯えているわけだ。であれば、その怯えを取り除けばいい。つまり、エミリア様がシンに尽くすことで、エミリア様への恐怖心が薄れるということだ」


 あーっ! 成る程! よく分からん。


「えっと……自分が主人だと思えば良いってこと?」

「とてつもない語弊があるのじゃが……まあ、その認識でよい」

「よし、ならまずは、シンのあれにフェぶしっ!?」


 何かを言いかけた、パン屋の倅を吹き飛ばしとく。流れる連携で、紫苑がケビンくんを地面に叩きつける。

 貴様、今何を言いかけた?

 奉仕とは言え、まさかエミリアにそんなことをさせる訳ないだろ、あ?


「フェ……? ケビンくんは今何を言いかけたの?」

「エミリアは知らなくていい言葉だ」

「ふーん。でもだからって手を出してはいけません」

「すみません!」


 くそっ、意思とは無関係に身体が綺麗なお辞儀をしてしまう!


「シン、お主であれば多少の恐怖心は自力でどうにかできるじゃろ? だから、奉仕も簡単なものでよい。恐怖心を和らげればよいのじゃから」


 成る程、つまりはエミリアが怖くないということを、俺の本能に教えれば良いってことか。

 恐怖心を薄めるエキスパート…………。

 ……恐怖心と言えば、やっぱあれだよな?


「少し良いか? シオ────」

「恐怖心、克服……スライム……」

「あ、やっぱなんでもないです」


 スパイやらで重要な情報を扱う忍びは、拷問にも耐えきると思っての指名だったが、見た感じ役に立たなそうだ。


「アーサーは、なんかあるか?」

「私か……私の場合、恐怖心は鍛錬で克服するからな……シンが望むものとは違うだろう」

「帝国らしいな……」


 実力主義というか、脳筋気質というか。

 全てを筋肉で解決しそうな帝国人らしい言葉だった。

 他の奴に聞いてみても、全員パッとしない答えばかり。

 というのも、このクラスにいる奴は皆天才で、恐怖心とは無縁の奴らが多いからだろう。無論、天才には天才の恐怖もあるのだが……それは今回の件に役立たないタイプの恐怖経験だ。

 眠りで体温調節を図るグラムと、未だ伸びているケビンは論外。

 騎士学園の生徒からはそれなりに良い回答がもらえたのだが、いまいち決め手に欠ける。出来れば、あと一手欲しいところだ。


「うむ、であれば妾の番じゃな」

「恐怖与える側の人間では……?」

「んなっ、と、年の功というやつじゃ! 妾は長年生きておるからな。無駄に知識はある!」


 えっへんとばかりに胸を張る、小柄な教師。

 自分で無駄とか言っちゃったよ、この人……。


「シン、これはチャンスじゃない?」

「チャンス?」


 チャンスって……胸を揉む? うん、低い身長と違って、胸は平均的な大きさだからね。確かに触ってみたい気もする。

 でも、俺は今エミリアの恋人で……っ!


「あっ、そういうことか!」

「うんっ、恋人らしいことができる!」

「そうか……それでアピール出来るな……」

「イチャイチャしてもおかしくないからねっ。たくさんできる……〜〜!!」


 確かに、それには気が付かなかった……。

 ピンチをチャンスに変えるって発想か。

 微妙に話が噛み合っていない気もするけど……まあ、それは気にしない。

 というか、もう恋人モードに入ったのかエミリアは。

 流石の演技力だ。俺も見習わなくては……!


「あのー、妾のこと忘れてないかの?」


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