二十九話:帝国騎士団の頂点に立つ者
メアが発砲、弾丸はすぐ目の前。
普通の人なら避けるだろう。だが、俺は避けずにむしろさらに一歩踏み込んだ。
弾丸が左肩に刺さる。だがそれも気にせず、俺はさらに一歩近づく。
メアが弾を込め直すよりも早く、俺はメアの腕を掴んで上に放り投げた。
空中で素早く弾を込め直したメアは、しかし俺に銃口を向けず、銃をホルスターにしまって手を挙げた。
「そこまで!」
メアの鉱産の仕草を見たキラが試合終了を告げ、その少し後に俺は落ちてきたメアを捕まえる。
スポッと、メアはいい具合に腕の上に収まった。……まあ、俗に言えばお姫様抱っこだ。
ちなみに左肩に当たった弾丸だが、魔法でローブの下に作っていた土の板に阻まれて肉には届いていない。
「うわぁぁぁ! 負けた!」
「流石に負けるわけには行かないからな……」
お姫様抱っこをされているとメアが気が付く前に、俺はメアを地面に下ろす。
本気だったのだろう、メアは心から悔しそうにしていた。
……今なら何をしてもバレないのでは? そう思って、お疲れさんの意味を込めて頭を撫でると、メアは一瞬キョトンとして考え込み、照れ笑いをした。
と、その時、
「強大な力を感じて観に来てみたが、君たちは素晴らしいね。最後まで黙って見学させてもらったのは久しぶりだよ」
パチパチパチと手を叩きながら、真っ黒な塊が歩いてきた。
真っ黒な全身鎧を身に付けた……顔全体を覆う兜で顔は見えないが、声を聞く限り女性だろう。中性的な声だったが、俺の勘が女性だと叫んでいる。
そして何故か、全身鎧の人の隣に立っている女性が、俺に敵意の眼差しを向けている。
「……コスプレイヤー?」
「こすぷれいあー? すまない、聞いたことがないな……。若者文化だろうか。私は疎くてね……」
「コスプレイヤーってのは、コスプレをする人のことです。コスプレってのは……特定の衣装を着ることで何かを真似ることです。一般人が医者の服を着たり、剣士が魔法使いの格好をしたり……」
「ああ! つまり変装ってことだね」
「…………。そうですね!」
何か違う気もするが、説明も面倒なので俺は肯定した。
しかし……俺がレインさんたち服屋と話して、コスプレ文化を広げ始めてから数年経ったが、まだ帝国ではそんなに名前が浸透してないのか?
王国じゃもう、既にメイド喫茶が存在しているというのに……。
ちなみにコスプレ文化を広げたのは、全世界に猫耳を生やすためという、とても素晴らしい理由です。
てか、メアから聞いてはいたけど、早速現れたか……帝国騎士団長のコスプレをする人。
騎士団長は鎧で姿が全く見えないからな。女性でもやりやすいのかも知れない。
「帝国騎士団長が帰ってきたから、騎士団長の格好をして祝っているんでしょう?」
「……あははっ、なるほどね、そういうことか。それなら君は、王女様の護衛のコスプレをしているのかな?」
……ん? どういうことだ? 俺は今何かを試されているのか?
隣に立つメアとキラを見ると、キラは苦笑して、メアは青ざめていた。
全身鎧さんの隣の女性は、俺を見る視線に殺気がこもっている。今にも腰の剣で切りかかってきそうだ。
あ、今気が付いたけど、隣の人もコスプレしてるな。服に騎士団の紋章が入ってる。本物と見分けが付かないレベルだけど……それは大丈夫なのだろうか。
「…………」
「どうしたんだい? 少年」
俺は改めて、目の前の全身鎧の女性を見た。
そして俺は、今ここで彼女に襲いかかることを考えてみる。
一応言っておくが、変態的な意味じゃないからな。目の前の全身鎧を倒すビジョンを見ようとしているだけだ。
だけど、どうやってもそれが見えない。ただ突っ立っているだけに見えて、全く隙がない。
「…………まさか……」
「私は帝国騎士団団長、クレア・フェンダル。初めましてだよね、少年」
「すみませんでした!!」
♦︎♦︎♦︎
「会議かの?」
「ええ、先程、青い髪をした悪魔族の少女が、とある手紙を持ってきてね。私の隊が合流したことも含めて会議を行うのだが、クウェーベルさんにはその会議に参加して欲しいのだよ」
「それは構わないが、妾だけかの?」
キラがチラリと、俺とメアを見た。
俺たちも参加させてくれってことだろう。
まぁ俺は正直言うと、会議にはあまり興味はないんだけどな……。これまでとは違って、今回の会議は堅苦しい場になるだろうし、俺の肌に合わない。
メアも俺と同じで、権力とか立場関係とかが苦手なタイプだ。
「「…………」」
メアと顔を見合わせたが、メアもどうやら同じことを考えているようだな。
「それもそうだね。あの実力があるなら、十分に話を聞く権利は……」
だからクレアさんがそう言った時、俺とメアは心の中で「いらないです!」と叫んだ。……メアの心の声はあくまで俺の予想だが、顔を見るに似たようなことを思っていそうだ。
だが俺たちの想いとは反対に、キラもクレアさんも俺たちを参加させようとしている感じだ。
だがここには、俺たちの味方がいた。
「い、いけません! 確かにこの者の実力は認めなければいけませんが、この者はただの兵士。秩序が乱れます!」
さっき俺に敵意を向けてきていた女性!
救世主だ。俺に敵意を向けていたのも、きっとツンデレに違いない。
俺は喜びを表に出さなかったけど、メアは腰のところで拳を握ってガッツポーズしている。
「ふむ……しかしナルメア。実力ある者にはそれなりの待遇が与えられるべきではないか?」
「そ、それはそうですが……」
頑張ってナルメアさん!
俺とメアの心は、今ピッタリと一致した。
「まぁ、ナルメアがそう言うのなら仕方ないか……。すまないね、少年。会議には出席させられないみたいだ」
「っ……そ、それは残念ですが、仕方ありませんね……。冷静に受け止めます」
「ああ、本当に申し訳ないね。そうだ、お詫びと言ってはなんだが、これをあげるよ」
心から悲しそうな表情をした俺の渾身の演技に、メアを除く誰もが騙された。
するとクレアさんが、何やら小さな水晶のような物を渡してきた。綺麗な水晶だが、向こう側は避けていない。
「???」
「それじゃあ少年、また明日」
「え? は、はい……」
混乱する俺をよそに、踵を返して去っていくクレアさん。その後ろを、ナルメアさんが追っていく。
踵を返す瞬間、兜を被っていたせいで顔は見えなかったが、クレアさんにウインクをされたような気がした。
次話は火曜日です




