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二十二話:大きな苦手分野


「…………!!」


 勝利を確信した。

 キラは頭上に気を取られ、俺は特別体勢が悪いわけでもない。

 いくら本物の龍であるキラとは言え、流石に防御なしで龍鎧状態の俺の拳を受け止め切れるとは思えない。

 だから俺は、宣言までしたのだ。


 だが実際は、


「意外か?」


 俺の拳は、キラの胸ギリギリでキラの手に止められていた。

 なるべく腕を振る距離が短い胸を狙ったというのに、本当にあと僅かな所で止められてしまっている。

 俺とキラの距離は、頭上の幻影を見て罠だと気が付いてからじゃ、雪風でもない限り防御が間に合わない距離だ。

 なのに防がれた。それが示すことと言えば……


「魔力の乱れじゃよ。思わず上を向いてしもうたが、同時に見るまでもなく罠だと気が付いたのじゃ。加えてお主は、まだ龍鎧状態での咄嗟の行動に慣れておらん」

「俺の負け、ですか……」

「そうじゃな。ではもう一度、地面と抱擁でも交わしてくるのじゃ」


 負けを認めたとは言え、戦場では問答無用だ。

 リアルを追求しているのか、キラは俺が降参しているのにも関わらず俺を真下に投げ飛ばした。


「では、続けるぞ。今度は妾からじゃ」


 俺が背中の痛みを堪えて立ち上がると、キラはなんてことないように言い、俺が息つく間もなく飛びかかってきた。


 俺とキラはそれから、お互い交互に攻撃して、何度も本番に近い模擬戦をしていった。

 地面にはいくつか穴が開き、粉々になった岩も数知れない。メアも最初と座っている位置が変わっている。


「つえぇぇ………」


 結局俺は、誇張なく本当に一回もキラに勝てなかった。

 手も足も出ないって程ではない。一応善戦する試合もあった。だがそんな時も、あと一歩及ばすで負けてしまうのだ。


 特に最後の一戦なんか酷かった。俺が倒れるまでキラの連撃は止まなかったからな。ガードし続けて凌ごうと思っていた俺の予想に反して、キラの体力は尽きなかったんだ。

 龍らしく、スタミナも桁違いだな。


「負けたけど、おまえも十分凄かったぞ? すごい強かった」


 今俺は、平原に寝そべってメアに顔を仰いでもらっている。疲れすぎて、もう指一本動かせない。

 そんな俺の様子を見るメアの顔は少し心配そうだ。

 珍しく俺を褒めてくれているし。


「全部先読みされてた気がするんだけどさ……外から見て何か分かった?」

「いや……ごめん、全部後手に回ってるってことしか……」

「大丈夫だよ、ありがとう」


 申し訳なさそうにするメアにお礼を言い、俺は上半身を起こしてキラに尋ねる。

 ちなみに、ちゃんと土魔法を使って背もたれを作ってるからな。誤解されないよう言っておくが、メアに心配されたいから横になってたわけじゃなくて、本当に身体が限界に近いんだよ。


「先読みであれば、魔力の揺らぎじゃ。元々お主は魔力の扱いが雑じゃったが、龍の魔力を使うことでそれがさらに顕著になっておる」

「魔力の揺らぎですか……?」

「うむ。攻撃魔術はまだしも、幻術や氷像でのカモフラージュ、つまり小手先の技は完成度が高ければ高い程効果があり、逆に低いと効果はほとんどないじゃろ?」

「はい、だから使う魔術師は少ないんですけどね。でも、それならなんでザーノスには?」


 ザーノスは正神教徒大司教、魔力の揺らぎだって見て感じることができるだろう。

 なのに俺は、ザーノスと直接殴り合った時、はっきり言って苦労しなかった。初めて使えるようになったあの時の方が、魔力の揺らぎが大きいだろうに。


「あの時と今には、明確に違うことがあるじゃろ。あの時は龍の魔力を、まぁ結局支配されそうになったとは言え掌握しておった理由じゃ」

「あの時、龍の魔力が使えていた理由……」


 キラに魔力を流し込まれる前は、ザーノスへの憎しみで身体を乗っ取られそうになっていたけど……。


「分からんか、()()じゃよ」

「怒り?」

「龍を怒らせてはいけない、それはお主も聞いたことがあるじゃろ? 怒りというのは、龍にとって最大の能力強化なのじゃよ。まぁ簡単に言えば、お主が激怒しておったから龍の魔力とお主の魔力が良い具合に混ざり合い、揺らぎがなくなっておったのじゃ」

「シンが怒った時……」


 メアが俺の顔を見て、頷いた。

 俺がメアの前で激怒した時、結婚させられそうになったあの時のことを思い出しているのだろうか。

 そういえばエミリアも、怒った時の俺は怖いと言っていたことがある。


「ま、お主が本気で激怒する時は、お主にとって大切な人間に危険が及んだ時じゃからな」

「大切な相手……」


 メアが頬を赤く染めて何やら呟いているが、俺はそれどころじゃなかった。

 エミリアたちを守るために強くなりたい。だが強くなるためには、エミリアたちに危険が及ぶ必要がある。それは本末転倒すぎる。


「それじゃあ、どうやって魔力の揺らぎを無くせば……」

「水晶じゃ」

「水晶……?」

「試験で使ったであろう。お主がいくつも使えなくした水晶じゃ」

「あ、あの机ごと蒸発したやつか……」

「机ごと蒸発……!?」


 まるで意味の分からない言葉を聞いた人みたいに全身の動きを停止するメアを気にせず、俺は〈ストレージ〉から水晶を取り出した。

 あの時は蒸発してしまっていたが、その後何度も挑戦を繰り返すことで、今では細心の注意を払うことで破裂程度で済むようになったのだ。

 まぁでも、壊れている時点でまだ計測不能のままなんだけどな……。そのせいで、毎回のテストで俺はそこだけ0点を取る。


「お主は魔力量が多すぎてそれが耐えきれないのであろうが、お主くらい魔力があるのに満点を叩き出す者もおるのじゃぞ?」

「え、それって……」

「レイとエミリアじゃな。まぁエミリアはお主ほど魔力量があるわけではないが……それでもあの計測機には収まらない量じゃからな、そう変わらんじゃろう」

「まじか……レイ先輩はそうだと思ったけど、エミリアもだったのか……」


 ちょっとショックだ。

 エミリアに魔法を教えるみたいな話もあるのに、俺の方が魔力の扱いが下手とか、エミリアに知られたら軽蔑されそうだ。

 ……いや、エミリアはそういう子じゃないか。むしろ目を輝かせて俺に教えようとしてくると思う。


「ま、それをこれからミッチリと教えて行くからの。安心して妾に任せるのじゃ!」


 ドン、と胸を叩くキラ。

 俺とメアはそれを見て、言葉を失った。


「? どうしたのじゃ?」

「いや…………」


 隣で落ち込んでいるメアが可哀想だと思っただけなんで、キラは知らない方が良いですよ……。


次話は木曜日です

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