二十一話:修行①
「いや、その、違うのじゃよ? これは教師として生徒と交流を深めるための……」
時間どおり、俺はキラとの待ち合わせ場所である昨日の平原にやってきた俺。そんな俺にキラが早速、昨日のことを教えろと子供の様に迫ってきたのがつい先ほど。
今キラは、俺の後ろにいたメアに気が付いて慌てている。
だがメアが怒ることはない。何故か今日のメアは機嫌がいいのだ。口調とかはあまり変わらないけど、さっき俺が修練場の控室で転んでエストロ先輩の胸に飛び込んでしまってもむすっとした顔で済んだくらいには機嫌がいい。
あの時は死を覚悟したからな。いつもこれくらいであってほしいものだ。そう思って昨日のことが関係しているのか聞いてみたけど、メアは教えてくれなかった。
「というかなんでメアがここにおるのじゃ? アーサーは良いのか?」
そう、キラの疑問の通り、何故かメアがいる。メアに午後予定があるかを聞かれてこの修行のことを教えたところ、何故かメアが観戦したいと言ってきたのだ。
特に断る理由もないから連れて来たのだが、確かにメアはアーサーの装備品を作るためにアーサーの鍛錬を観察しなくちゃいけないはずだな……。
「アーサーはオレが作るよりも、多分あのままの方が良いと思ったんだ」
「そんなにアーサーの装備品っていいものだったか? いや、一級品ではあるんだけどさ……」
「うむ、確かにそれなりのものではあったが……妾の見立てでは、どれもメアなら超えられる程度のものだと思うが……」
これ幸いにと、さっき俺に抱き着いて肩を揺らしまくったことをなかったことにしようとするキラ。……まぁ良いか。掘り返すのも可哀そうだし。
「俺も同じ意見」
帝国皇帝の息子らしく、普段アーサーの身に着けている装備はベテラン冒険者でも手の出せないくらい上質なもの。それでも、本気を出したメアの作るものには敵わないのだ。
何せメアは、これまでダンジョン産の魔術付与品しか存在しなかったカメラを魔道具として作り出した、ちょっとどころではない天才なのだ。
というか、連射できる銃なんかこの世にいくつもないんじゃないか? だからメアは、最初の防衛線でサブマシンガンを使わなかったんだし。
「いや、アーサーが昨日鍛錬している時に着てたのは、それとは全然違うんだよ。王国の宝物庫にあるような、神とか呼ばれている職人が作ったやつだった。あの剣、見ただろ?」
「あの剣と同じレベルか……」
あの剣と言うのは、アーサーが帯びていた、皇帝から借り受けたとか言っていたやつだろう。
雪風と契約して長いから、俺も『精霊の目』をまだ中途半端だが一応使えるようになっている。まだ使いこなすには程遠いが、あの剣、そして鞘が持つ魔力はあまりに色が濃すぎて俺でもはっきりと分かった。
「あの剣? 確かに業物ではあったが……それほどすごいのか?」
「ええ、詳しいことは分かりませんが、二重三重に封印されてました。キラが思うより、二段階くらい上ですよ」
「そんなものをいくつも身に着けておるのか……ならば、仕方ないか……。うむ、ではアーサーも頑張っておることじゃ、妾たちも負けてはおれんぞ!」
これ以上話すと時間が無くなると思ったのか、それとも俺がさっきの話を掘り返すと思ったのか、キラが龍人の姿になった。
完全な龍にならないのは、龍の力を扱うコツを教えやすいようにだろうか。
キラの龍人化を見て、メアが離れた。岩の上に腰かけて、手帳とペンを構える。メアの準備も完了したようだ。
「龍鎧は使いますか?」
「うむ、まずは使って昨日のように妾に向かって来るのじゃ」
「分かりまし……たっ!」
龍鎧を使用して、キラに向かって一直線に向かっていく。不意打ちに近い行動、鍛錬のマナーには反しているが……
「それでこそお主じゃ、戦場をよく理解しておる! じゃが」
「っ……、」
キラはそれを批判することはなく、むしろ生き生きと真正面から受け止めた。
やっぱ、本物の龍は違うな……、キラに掴まれた俺の拳が全く動かない。
そのまま俺はキラに投げ飛ばされ、岩場に叩きつけられた。全身に衝撃が走り、呻き声を出してしまうが、キラが容赦してくれることはない。
投げ飛ばした直後にキラは追撃の準備を始めたのか、〈魔弾〉が目の前に迫っていて、どうやら避けられそうにない。
俺が覚悟を決めた直後、貼り付けになっていた後ろの岩が粉々になった。
「やはり、妾の魔法では無理か……」
「こちとらプロですからね。これでやられたら、師匠に顔向けできませんよ」
「それもそうじゃな」
身体は動かなくても、魔術回路は正常に作動する。身体が痺れても、魔術師は関係ないのだ。
直前で受け流すように円錐の障壁を張ったおかげで、俺は無傷。
本当はもっと円錐を尖らせて障壁を張ったことが分からないようにするつもりだったが、咄嗟のことでそこまでの調整ができなかった。〈魔弾〉が何かに阻まれていることが、明らかに分かっただろう。
俺の劣勢、せめて一撃でもキラに食らわせたいが……
「今度は妾の番じゃな」
さっきの俺と同じく、安直に正面から突っ込んでくるキラ。だが俺はキラと違ってそれを受け止めるほどの力はない。
だからここは……
「む、幻術か。じゃがそれは……」
一気に増えた俺に戸惑ったものの、すぐさま本物の俺に向かってくるキラ。
さすがはキラ、このくらいの幻術じゃ時間稼ぎにもならないか……。でも、だからこそそれを利用する!
「妾の耳の良さを忘れたようじゃな?」
「そっちこそ、俺の性格を忘れてませんか?」
「…………? っ、上か!」
キラの拳を無理矢理受け止めて俺が笑うと、上からの殺気に俊敏に反応してキラが上を向いた。
だがそこにいるのは……
「いつの間に……」
もう一人の俺。
キラがすぐに本物を見つけると予測して、俺は幻術を二段階構成にしたのだ。本物に気が付いたキラは、ほかの幻なんて見向きもしなくなる。それは、新しく生まれた幻についても同じことが言える。
つまりキラは、新しく幻が生まれたことに気が付かず、俺が指摘したことで頭上に意識が向かい、そこで初めて何かが上にあることを知った。キラからしてみれば、急に頭上に得体のしれない何かが現れたようなものだ。
目の前の俺より、頭上の何かを優先してしまうのも仕方ない。
「俺の勝ちです!」
キラとシンの実力は互角くらいです。
では何故シンがザーノスを圧倒したかと言えば……、それは火曜投稿の次話に!




