二十話:バトンを繋げた者
「オメガ…………」
「すまないね、真名を明かすことはできないんだ。でも本当に味方だから、安心して欲しい」
「それは疑ってないけど…………」
実際さっきもシンを助けてくれたわけだし、本当に味方なんだろうけど……。
「ふふ、いざ彼が助かると知ると、確かに色々考えてしまうよね。例えばボクの正体とか。もしかしたら彼の妻かも知れないよ?」
「べ、別にそういうわけじゃ……。それにシンはまだ結婚してないし……」
「『まだ』ということは将来君が彼と結婚しようと思っていると受け取って良いのかな? まあ同じ布団で眠っていたんだし、ボクも驚きはしないね」
「は、はぁ!? そ、そんなわけないだろ! だ、誰がこんな奴と結婚なんてするんだ! これは任務だから仕方なく……そう、仕方なく一緒に寝てやってるだけだ!」
なんでオレがシンと結婚を……、オレとシンは一応メイドと主人ではあるけど、ただの仲間だぞ……?
あいつが結婚するとしたら、相手は紫苑とグラムと雪風と、それとエミリアの合わせて四人だ。
オレがあいつの奥さんになるなんて……そんなこと、あるわけないだろ…………。
「それなら他の誰かに任せれば良かったのに。彼くらいの実力者なら、帝国女性はもちろん、王国軍にも彼と寝ても良いって人はいるんじゃないかい?」
「そ、それは…………」
「つまりは君が彼と一緒に寝たかったんだろう? 他の女性が彼と寝ているのを想像して、嫉妬してしまったんだろう? 最初に、雪風が彼の相棒として隣に立っているのを見たときのように」
「な、なんでそこまで知って…………」
オメガが言ったことは全部、本当のことだった。
初めて会った時から、雪風とシンとの間にはオレの知らない何かを感じていて、実際それは精霊と精霊術師の強い信頼関係だっだ。
オメガはどこまで知っているんだ……?
オレのことでオレが知らないようなことも、もしかしたら。……例えば、オレがまだよく分かっていないオレの素直な本心とか……。
聞いてみようと思ったけど、丁度その時、シンの方に動きがあった。
「ん、解析の結果が出たみたいだ。何々……やっぱり龍の血か、ある意味予想通りだね」
「龍の血……? シ、シンは大丈夫なのか?」
「やってみなきゃ分からない。ボクは安請け合いをしない主義でね」
「えっと……な、何かオレにできることとか……」
「……せめて言うなら護衛かな。ボクは本来ここにいてはいけない人間だからね。見つかるとまずい」
「……? と、取り敢えず分かった」
オメガは分からないって言っていたけど、口調は自信に溢れていたし、多分大丈夫なんだろう。
もし上手く行かなくても、龍の血ってことならキラに任せればどうにかしてくれるはずだ。
オレは銃を手元に持ちながら、オメガの手の動きを見ていた。
「…………」
細くて綺麗な指。剣とか銃とかを握っている指じゃない。
エミリアみたいな、純粋な魔法士なんだろう。
そんな白い指で、オメガはシンの胸に現れた血管をなぞっていく。ゆっくりと丁寧……なんだか、とても優しい触り方だ。慈愛に満ちているって言うのか?
「ぁ…………」
オメガがシンの心臓部分で指を止めたかと思うと、急にオメガの指先が淡い光を発し始めた。
するとシンの胸の腫れが少しだけ引いて、シンの身体とくっついていて見えなかったオメガの指先が見えるようになる。
「糸……? 傀儡使いなのか……?」
「似たようなものだよ。だが安心してくれ。彼を傀儡にする気はないし、きっとボクにはできないさ。……やってみたいけど」
「しようとしたら許さないからな」
「ふふ、見た目可愛らしいのに、君は凄むと怖いんだね」
「かわっ……う、うぐぅ……」
そんな自然に言われると、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃねえか……。
なんだこれ、どっかで同じのを感じたことがある気がするぞ?
この恥ずかしくて嬉しい感じ……あ、もしかしてオメガは、どことなくシンに似ているのか……?
そう思うとなんだか、胡散臭い感じも和らいだ気がした。
「おや、そう来るか……。と、これがどうやら原因みたいだね。ふーん……こんなに入れたのか。契約したなかったら即死する量だね」
「即死っ!? お、おいそれ大丈夫なのか!? シンは死なないよな!?」
「ギリギリだけどね。どうやら他人の魔力が龍の魔力を極僅かとは言え相殺したらしい。それがなければ死んでだろうね」
「他人の魔力……あ、雪風の……」
「いや、これは違う。それとはまた別の、しかもごく最近に外から魔力の干渉を受けているね」
最近、シンが魔力の干渉を……。
眠る前に、シンがほんの少しだけお酒を飲んでいたことか? それとも、さらに遡ってキラが何かしたとか? キラの魔力なら、龍の魔力を打ち消すのも頷けるし……。
「…………」
「……どうした?」
考えていると、オメガがジッとオレの方を見ていた。
仮面で分からないけど、心なしかオレを責めているようにも感じる。
レイがシンをジト目で見る時によく出すオーラみたいなやつだ。呆れているとも言う。
「いや、どうしてそこで自分っていう考えが出ないんだと思ってね。あれだけ分かりやすく言ったのに、結局ボクが言うのか……」
「オレ……?」
「そうさ、魔法士でもない君の回復魔法は確かに脆弱だ。だが君の魔力は、彼に害を及ぼす龍の魔力に喰らい付いていた。彼を助けるのはボクだが、彼を生かしたのは君だよ、メア」
「オレが……シンを……」
なんだこの達成感みたいなの……。
なんか胸が熱くなって、涙が出そうになる。
シンを助けられたのが、こんなに嬉しいなんて……。
「そう、君は確実に今彼の役に立ったのさ。彼と君は既に対等、何も恐れる必要なんかない」
「…………?」
「今に分かる。何せ君は、ボクが認める天才なのだからね。期待しているよ。……それじゃあ、どうぞ夜這いもご自由に。ボクはこれにて退散させてもらうよ!」
「あ、おい! しない! しないからなぁぁ!」
い、言うことだけ言って消えやがった……。
誰が夜這いなんてするかっての、まったく……。まぁでも、悪い奴じゃなさそうだったな。男装と仮面で変な格好だったけど、シンに似てるし。
「んっ……メ、ア……?」
「っ! シンっ! おまえ、起きたんだな!」
「ぐぅっ! ……って、メアっ!? ど、どうした急に抱き付いて! それにオレも半裸だし!」
「良かった……良かったぁぁぁ……!!」
あ、駄目だ。実際にシンの声を聞いたら、涙が堪えられそうにない。
助かるって思ってはいたけど……実際に助かってくれて……本来に嬉しい……!
オレはシンの綺麗になった胸に顔を寄せて、泣きじゃくった。トクントクンと鳴る心臓は、さっきよりもゆっくり動いていた。
でも次第に、徐々に速くなっていく。
シンがオレに抱き付かれて、緊張している。
そのことが、シンが生きてるって実感させてくれる。
「…………」
「本当に、良かった……」
黙って抱き返してくるシンに、オレは回す腕の力を強めた。
期末考査前なので、二日に一回の投稿ペースに切り替えます。(次話は日曜日)
……というか、コロナ前は二日に一回投稿だったんですよね。いつも休日で暇だから毎日投稿にしていましたけど。
…………あれ?




