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十九話:オメガ

二日間投稿できなくてすみませんでした!

この話を書くのにずっと苦戦してして、そのまま投稿する日になってしまったんです……。

 

「……」


 暗い部屋。

 静かな部屋。

 何もおかしいことのない、寝室。

 でもオレにとっては十分な異常事態だった。


「……」


 ……いや、正直に言えばこうなることは分かっていた。

 あいつの前では、気にしていない、これくらい何でもないようにふるまったけど、いざやってみると当然駄目だ。

 同じベッドの上、同じ布団にくるまれて、オレはシンと一緒に寝ているのなんて、当然初めて。それどころか、お母さん以外の人と一緒に寝たこと自体が初めてだ。こんなの、駄目に決まっている。


「うぅ…………」


 駄目だ。できない。眠るなんてできそうにない。

 こんなに心臓がドキドキ大きく脈打っていてうるさいのに、それでも眠れる人がいるのなら見てみたい。

 こんなにお腹の奥がキューッて切なくなっても気にしないでいられる、そんな人はいないに決まっている。

 …………それとも普通の人は、シンがすぐ横で眠っていてもオレほど気にならないのか?


 で、でも、オレがシンを意識しすぎなんてことはないと思う。

 だって今オレたちは、一人用のベッドを無理矢理二人で使っているんだ。身体と身体をくっつけなきゃ、一緒に入れるわけがない。足のつま先がシンの脚にちょんちょんと触ってしまう。オレが少し顔を傾けるだけで、シンの肩に頭を乗せられる。

 シンのオレより少し高い体温だって、これまでにないほど伝わってくる。


 それだというのにおまえはスヤスヤ眠りやがって……。さっきまで一緒に恥ずかしそうにしてたのに、裏切りだ裏切り!

 そりゃ、オレだっておまえが疲れているのは知っているけど……。ほら、もっと色々あってもいいだろ? せっかく同じベッドで眠るんだから、あ、頭撫でてくれたりとか、抱き締めてくれたりとか……ってやっぱ今のなし!!


「なに考えてんだオレぇ……。これはみんなを牽制するためで、シンと恋人みたいなことをするためじゃないんだぞ……?」


 も、もういっそ開き直って、好きなようにしてみるか……?

 いやでも、寝ている相手にそんなことをするなんて最低な行いだし……。


「でもこのままだと……オレも眠れない……」


 ちょっとシンの身体を借りるくらいなら……腕を枕にするくらいなら、シンも怒らないよな……?

 オレは少しだけ悪いことだと思いつつも、自分の使っていた枕を上の方に押しやって、寝ているシンの腕を抱えた。

 重い……。人の腕って、こんなに重い物なのか……。あ、じゃあこれまでシンがオレの体を軽々と支えていたのって、もしかして結構すごいことなんじゃないか?


「うんしょっ……よし、完了。にしても、ほんとにこいつ、魔術師とは思えないよな……」


 まあオレの場合、魔術師と言えばシンくらいしか身近にいなかったから、むしろ普通の魔術師を見て驚いたんだけどな。

 でもシンは、よくよく考えてみれば剣もそれなりの腕前だし、槍だってかじっていたことがあるらしい。 

 王女を抱えて走る護衛ってのも、今考えてみればシンとエミリアだ。昔からそんなだったんだから、魔術師だからといって細いってことはないか。


 シンは着痩せするタイプだから、ローブを纏っている普段はわからないけど、こうして近くにいると意外とがっしりしていることが分かる。

 大体の戦闘は俺の作った刀で戦うから、剣士と間違えられることも多い。

 だから、シンの腕に頭を乗せて、シンに少しだけ近づいて寄り添うと、シンに守られているみたいでドキドキした。


「いいなぁ……雪風は、これを感じられて……」


 精霊と精霊術士だから、二人は一緒にいることが多い。最近はシンが忙しくなったせいで二人でいるのを見かけることは減ったけど、それでも一日に一回は雪風がシンに飛び付いて抱き付くのを見る。

 これまででも、その度にちょっとだけムッとしてモヤモヤしたものを感じていたけど、これからはもっと感じそうだ。


 あ、いつのまにか、ドキドキしていた心臓がゆっくりになってきてる……。

 やっぱり、このシンに包まれているみたいな状態だと安心するのか? 

 まぁ、さっきドキドキしすぎて、今の自分の鼓動が早いのか遅いのかなんて分からないけどな。


 シンと比べるためにも、オレはさらに身を寄せて、心臓に耳を当ててみた。


「あれ? 熱い……?」


 すると、シンの心臓の部分はとても熱かった。


「さ、流石におかしくないか……?」


 ここまで熱いなんて、普通はあり得ない。

 しかも、何か耳に違和感を感じて手を当てたオレは、耳に何かがついていることに気が付いた。

 恐る恐る手の平を見てみると……


「血……?」


 手の平には、ベットリと血がついていた。

 躊躇なくシンの上着を脱がして上半身を裸して、オレはシンの心臓部分を見て息を飲む。


「な、なんなんだよこれ……」


 心臓部分の血管がびっしりと浮き出て、ドクンドクンと大きく脈打っていた。

 所々の血管が破けて、そこから血が肌を通して滲み出ているのだ。

 しかも、その異常な状態が徐々に広がって行っている。首の浮き出た血管なんて、腕枕していた時にはなかった。


「ぅ…………うぅ……」

「シン!? お、おまえの身体が大変なことになってるんだ! えっと……早く起きて見てみろ!」


 シンが唸った。

 ちゃんと意識はある! 死んでるわけでも、気絶しているわけでもない!


「ガッ……ああっ……!!」


 でもシンはどんなに揺さぶられても起きてくれない。それどころか、オレが揺さぶるたびに心なしか進行が速くなっている気もする。

 無理矢理起こす方法はダメだ。でも、他に方法なんて……


「ぐぅぅっ……!! あ、がぁ、ぁぁぁ!」


 必死に頭を働かせても、何も案は思い付かない。

 覚えたての回復魔法をシンにかけるが、効果が出ているのかも分からない。それでも、オレにはそうすることしかできないから、回復魔法をかけ続ける。


「シン! シン! 起きてくれよ、シン……!」


 無意味な回復魔法をかけながら祈ることしかできない自分が、歯痒かった。

 せっかくすぐそばに居るのに、オレじゃシンを助けられない……!

 このままじゃシンが死んでしまう。あの能力は便利ですごいけど、弱点もあるらしい。もしこれが弱点だったら……そう思うと、ひどく恐ろしい。

 そして実際に、あの治癒能力は何故か発動していないのだ。


「誰か…………」


 だが、オレが泣きながら来るはずもない助けを求めたその瞬間、オレの手に誰かが手を重ねた。

 細い指。女の人だ。ハッとオレが顔を上げると、そいつは「大丈夫だよ」と一言呟き、


「〈────〉」


 その瞬間、魔力が光となって一瞬部屋を満たし、シンの身体中に広がる異常がピタリと広がるのを止めた。

 するとシンの呻く声も、徐々に小さくなっていく。まだ顔はかなり苦しげだけど、少なくとも死にそうには見えない。


「助かった……のか……?」


 涙を吹きながら、オレはそいつに聞く。


「そうだね。今解析中だからその結果によるけど……どうやら、間に合ったみたいだ。……良かった、間に合って……」

「えっと……おまえは、誰なんだ……?」


 困っていた所に颯爽と現れて、死にそうだったシンを一瞬で救ってくれたのだ。お礼を言わなくちゃいけない。

 いくら相手が、変な仮面をつけて、執事服を着て男装をしている奇妙な女だとしても、シンの命の恩人なのだから。

 シンはオレの人生を救ってくれた人だから、オレにとってもこの奇妙な女は命の恩人に近い存在だ。


「…………適当に、オメガとでも呼んでくれ。大丈夫だよ、ボクは味方だ」


次話は金曜日に投稿します。


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