十六話:オアシス
遅れました、すみません!
「本当にどうしたんだろ……、こいつがこんなになるなんて。……でも、なんか可愛いかも……」
「ん……」
「ひゃうっ。……び、びっくりしたぁ……」
突然頬を突っつかれ、何故か閉じていた目を開けると、90度回転したメアの顔が俺を上から覗き込んでいるのが見えた。メアの顔はどこか恥ずかしそうに赤く、何やら可愛らしい声も聞こえた。
頭の下には、柔らかく温かい感触。
えっと、これはどういう状況ですかね……?
「な、何ポカンとしてんだ。おまえが言ったんだぞ。膝枕してくれって」
「そういえば、そんなこともあった気がする……」
照れ隠しなのかつっけんどんに言うメアの言葉で、俺も段々寝落ちしてしまう前のことを思い出してきた。
キラに光栄なんだか失礼なんだか分からないことを言われた後、俺の予想通り全力で戦って、俺は完敗した。それで汗と泥と土まみれになった俺をキラが風呂に放り込んで、俺が身体を洗って部屋に帰ると何故かメアがいたんだ。
そこで俺は、メアに膝枕を頼んだのだろう。自分で覚えはないが、よっぽど疲れていたらしい。じゃなきゃ膝枕なんて頼まないからな。
「ありがとうメア。ごめんな、時間取っちまって」
体を起こして、体をほぐしながらお礼を言う。
「……別に、お前といられる方が嬉しいから時間とかは良いけど……」
「ん? なんか言ったか?」
「いや、何も。そんなことよりもシン、やけに疲れてるみたいだけど何かあったか? ……ほら、仲間がそんなだと、オレも鍛冶に集中できないし……。べ、別にお前が心配とかじゃないからなっ。勘違いするなよ!」
素直じゃないメア。
閉まったカーテンの向こうから光が入ってきてないから、時間はもう夜なのだろう。少なくとも俺が風呂に入った時はまだ夕方ではなかったから、かなり長いことメアは俺に膝枕をしてくれたことになる。
本当にありがたいし、そこまで心配をかけてしまって少し申し訳ない気持ちになるな……。
「ううん、ちょっとレイ先輩の気持ちを理解しただけだよ」
「は? なんだよ、それ」
意味が分からないとでも言いたげな表情をするメア。
「本当に、大丈夫なんだな?」
「ああ。心配してくれてありがとな。お礼ってわけじゃないけど、部屋まで送ってくよ」
「いや、その必要はない」
「え? ……あ、そういえば用事があってここに来たんだっけ。用事ってどんなの? 俺のできる範囲なら何でもするよ」
あまり急ぎの用事じゃないだろうし、簡単に終わることだろう。
「じゃあ……今日は一緒に寝てくれないか?」
顔を赤らめて言うメア。
「……ほわい?」
「ほ、ほわい? えっと……ほわいってなんだ?」
おっといけない。思わずえせ英語が出てしまった。
まあ十中八九俺の聞き間違いだろう。俺は慌てず騒がず、メアにもう一度言ってくれとお願いする。
「だから、き、今日はオレと一緒に寝てくれ!」
「なんで!?」
聞き間違いじゃなかった。
いやいやいや、聞き間違いじゃないとしたらもっと意味わかんねぇぞ!?
「ほら、今日は仲直りした日だし……」
「それはそうだけど、流石に一緒に寝るのはないだろ! 団長だっているんだぞ? バレたら俺が殺される!」
「それは大丈夫だ。ちゃんと親父の許可は取ってある」
「それこそ理解不能だわ!」
「こ、これはちゃんとした軍事的行動ってことだ」
メアの話を要約すると、つまりこういうことだった。
俺が龍凱を使いルシフィエルに殴り掛かった行動が、何故か帝国軍内で評価されている。これまで俺が本気を出していなかったことがバレ、実力主義で強いことが大きなステータスとなる帝国内で今の俺は中々人気らしい。
それでどうやら、俺を色仕掛けで帝国に引き込もうとしているらしいのだ。俺が王女の護衛と知っているのに、よくもまあそんなことができるもんだと思うが、それくらい真剣ってことだろう。
自国の軍事力が半減って状況だからその気持ちも分からなくはないが、王国側としてはたまったものじゃない。だから、こうして牽制するってわけだ。
メアが選ばれたのは、年齢もちょうどよく、鍛錬をよく見に来ていて信憑性があるから。さらに言えば、帝国での事件で俺が直接助けに来たことも大きな要因らしい。
俺が大切だと思ってくれるのは素直に嬉しいけど、もっと他の方法があっただろ……と思わなくはない。
「……駄目か?」
「……いや、ちゃんとした理由があるなら駄目ってことはないけど……あ、でもそれなら一つ話を聞いてもらっていいかな?」
「いいんだな!? 話くらいならいくらでも聞いてやるから、今の言葉忘れるなよ!」
「あ、ああ……」
顔をパアッと明るくさせた。
そんなに、俺の役に立てるのが嬉しいのか? 仲直りしたとはいえ、あんなことがあった後なのに……。メアの奉仕精神と言うのだろうか。少し心配になるほどだ。なんとなく、メアが短期間で家事ができるようになった理由が分かった気がする。
と、その時、俺の腹から音が鳴った。
「……お腹、空いてるのか……?」
「そういや、昼食べてないからな……。まだ夕飯の時間には早いかもだけど、結構な」
「へへ、なら少し待ってろ! 今から作ってやるよっ!」
「ありがとう、メア」
「? ど、どういたしまして……」
俺にお礼を言われたのが恥ずかしかったのか、頬を赤くするメア。
これは単に、ご飯を作ってくれることだけへのお礼じゃない。
どうやら俺は、キラが俺にマーリンを重ねて見ていたことに、かなりショックを受けていたみたいなのだ。
でもその落ち込みも、メアの明るい様子を見ていて晴れたような気がする。
なんとなく、頭を撫でると、メアは恥ずかしそうにしたけど、いつもみたいに振り払わなかった。




