十五話:共通点
アルディアから話を聞いた後、俺とキラは俺の部屋に移動していた。
ちなみに他の面々はといえば、アーサーは早速鍛錬に、メアはアーサーに合う防具を作るための参考としてアーサーの鍛錬を観に行き、雪風は用事があると言ってどこかに行ってしまった。
アルディアは分からない。だがあいつのことだ。今もどこかで忙しく暗躍しているのだろう。
「のお、シン。三百年前の人神大戦を知っておるか?」
黙ったまま窓から帝都を眺めていたキラだったが、何を話すかまとまったのか、その壊れた酷い街並みから目を背けながら言った。
「マーリンが魔術を生み出したことによって起きた、神と人の争い。半神は人側に付いたんでしたっけ。ザーノスと戦った後に調べたんで、まぁそれなりには知ってると思います」
「……そうじゃな。そして妾もまた、人側について戦った。ある男に助けられた恩を返すためにな」
「あの、そのある男って……」
心に決めた男がいると、キラはよく口にしていたが、その男が一体誰なのかは聞いたことがない。
丁度良い機会だ。これまで気になっていたことを俺は聞いた。
「うむ、薄々想像はついたおったであろう? マーリンじゃ。海神に敗れたあやつは、丁度妾が傷を癒しておった島に流れ着いたのじゃな」
やっぱりマーリンか……。
「いやぁ、あの時のヘカは面白かったの。人を化等生物のように思っていた癖に、いざマーリンを見ると少女のようにドギマギしおって、毎夜揶揄われておったものじゃ」
「ヘカ?」
「第三勢力と言うか……差別されていた半神を匿っていた、確か混沌と転生を司る半神じゃ。魔女たちの中でも強大な力を持ち、その島は神の軍であろうと手が出せんかった」
「へー、そんな人が……。あ、半神ってことは人側についたんですか?」
「結局はな。戦場に戻ろうとするマーリンをあの手この手で引き留め続けていたが、マーリンの意志が硬いと見るや、コロっと人側に立ち、半神を率いてゲリラ戦を仕掛けておったな」
「なんか、自由な人ですね……」
「ふふっ、確かにそうじゃな。自分勝手で、人が慌てるのを見るのが好きという迷惑な性格ではあったが、心優しく面白い女神じゃった」
何その嫌すぎる性格……。
思わず引き攣った笑いが出そうだったが、ヘカについて話すキラがとても懐かしそうで、それに釣られて俺も微笑ましい気持ちになった。
するとソファに並んで座っていたキラがスッと間の距離を詰めて座り直し、
「……ところでシン、敬語はやめてくれと言わなかったか?」
「あ、すいません……じゃなくてごめん?」
「むぅ……やはり一度慣れてしまったものを元に戻すのは難しいか……」
顎に手を当て、ぶつくさ言うキラ。
キラには申し訳ないが、やっぱり俺はキラには無意識のうちに敬語を使ってしまうみたいだ。
学院に入学する前にタメ口で話していたとはいえ、今ほど二人で話す時間は多くなかったし、半年くらい敬語で話してきた今だと、もう敬語の方が慣れているのだ。
というか入学するまでは、キラを大人だと思ってなかったからな。長い時間を生きていることは知っていたが、年の功による知識の差とかを体感することは少なかった。
入学前→キラリちゃん、入学後→キラって言えば分かるか? 今じゃもう、キラリちゃん関連で揶揄うこともほとんどなくなっているし。
知識の差を感じてるのにタメ口なスーピルって人もいるけど、あれは例外な。
「まぁ好きなようにすれば良い。強制させてまで親しみを覚えるのも虚しいしな。だが、お主が英雄となった時、妾なんぞに敬語を使えば諌められるぞ?」
「英雄って……俺は英雄なんかになりませんよ」
キラの言い方に、俺は苦笑した。
「英雄ってのはエミリアとかアーサーみたいな、人を惹きつける魅力があって、しかもその人たちのために戦う人のことを言うんですよ。俺は俺の目的のためにしか戦わないし、世界のためとか民のためとか言うつもりもない。エミリアたちが笑ってくれればそれで良いんです」
「────ッ!」
それは、俺がこれまで何度も言ってきた考えで、キラだって十分に知っているはずだ。
なのにその言葉を聞いたキラは、震える唇の隙間から声にならない声を漏らすほど、驚愕に目を見開いていた。
「……お主も、そう言うのじゃな……」
そして何やら小さく呟くと、スッとその場で立ち上がった。
「お主に、言いたいことがある。黙ってついてきてくれんか?」
「え……ま、まぁ……」
キラの真剣な表情に気圧されて、俺は頷いた。
その真剣な雰囲気は帝都を歩く時も同じままで、黙ってついてきてくれと言われたこととは関係なしに、俺はキラに話しかけることができなかった。
結局、お互い一言も喋ることなく、目的地に着いてしまった。
キラが足を止めた場所は、さっき戦いがあった方向とは逆側の外壁の外。ただただ広く、魔物も少ない。
それだけでなく街道からも十分に距離を取ったので、人が来ることはないだろう。
広く、人の来ることも魔物が襲ってくることも少ない土地。ここまで情報が揃えば、何がしたいか流石に分かる。
「……龍鎧に関して、お主に言っておこうと思ってな。……これまでは様子を見てきたが、流石にもう確信した」
「龍鎧…………?」
一時的に龍の力を使う技だ。身体能力だけじゃなくて、魔術の威力や発動時間も格段に良くなる。
でも確かに、詳しいことは何も知らないな……。初めて使った時は我を忘れそうになったし、龍鎧とは何かを知っておくのは必要かも知れない。
「うむ、龍鎧とはただの身体能力強化ではない。龍と契約した者にしか使えない、『精霊の目』みたいなものじゃ」
「ええ、だからあの時に仮契約をして使えるようにしたんじゃ?」
「仮契約などしておらんぞ。あれはあくまで、龍の魔力を流して馴染ませただけじゃ」
……え、でもそれはおかしくないか?
契約していないのに、契約が条件の能力を使えるってのは……矛盾があるだろ。
「じゃあ、なんで俺は使えているんだ?」
「契約されておるからじゃ」
「……ん?」
「妾はお主と契約したことなどない。なのに何故か契約が成されておるのじゃ。……寝込みを襲って勝手に契約とかしたのか?」
「誤解を招くなぁ」
「冗談じゃ。だが本当にそれしか考えられんのじゃよ……。ある、一つを除けば」
溜息をつくキラ。
雪風曰く、精霊契約は単なる同盟だけじゃなくて、人間で言う婚約みたいなものらしい。龍の契約も似たようなものだろう。勝手に契約しているとか嫌だろう。
ちなみにそのことを、俺は契約してから知った。なんか雪風に嵌められた気がするが、知ってても同じことをしたと思うし、雪風に文句を言ったことはない。
だが、一つっていうのはなんだ?
「魔力の味、使い方、考え方、戦い方……。確信したと言ったであろう?」
「ああ、そういえば言ってましたね。何を確信したんですか?」
「それはな……」
「っ!?」
突然、口に柔らかいものが押しつけられた。
驚きに目を見開くと、キラが唇に指を当てて微笑み、
「やはりお主は、マーリンとそっくりじゃ。その反応もな」




