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九話:仲直り


「どういう状況だ……?」


 俺がそう言った瞬間、俺の気配に気が付いたのか、メアが目を開けた。

 窓越しに交わる視線。


「…………ごめん、俺ちょっと急用が……」

「ご、誤解だ!」


 見てはいけないものを見た気がして俺がその場を後にしようとすると、勢い良く扉が開いて、メアが慌てて言ってきた。


「こ、これはタオルをできるだけ……新品以上に綺麗にしておこうと……! オレは魔法が上手くないから、ああやるしかなくて……!」

「…………」

「な、なんだよ」


 俺の返事がなくて不安になったのか、メアがぶっきらぼうに言ってきた。


 今気が付いたけど、メアと話すのってかなり久しぶりじゃないか?

 その久しぶりの会話が、メアが俺のタオルを抱き締めていたことの弁解って……なんか俺たちらしいな。


「?」

「いや、なんでもないよ。えっと……ありがとな」

「…………」

「あの、メアさん? タオルを手放なしてくれないと使えないんですが……」

「オ、オレがやる」

「はい?」


 うん、ちょっと俺の耳がおかしいのかも知れない。


「オレが身体を洗ってやる」

「……はい?」


 メアの言っていることが分からない。

 試しに何度も聞き返してみるけど、何度言われても理解できない。


「えっと……俺の身体を、メアが、洗う?」

「うん」

「…………」


 メアが恥ずかしいそうに、しかし力強く頷いた。

 あー……なるほど、俺の身体をメアが……ふーん……へー……。


「なんで!?」

「シ、シンだって疲れてるし、攻撃食らったとことかまだ痛むだろ? だ、だからオレが代わりにやってあげようと……」

「う……まぁ、確かにそうだけど……」


 俺の能力が治癒してくれるのは大怪我が優先で、軽い打撲みたいな痛むだけの怪我はすぐに治癒してくれない。

 頭痛や腹痛は、そもそも能力が働かない。筋肉痛も似たようなものだ。

 さっきの模擬戦、俺も無傷ってわけじゃないし、身体強化に任せて無理な動きも沢山した。

 だけど、それでも誰かの介護が必要な程ではない。もしそこまでなら先に治癒班の誰かに頼んでいるし……そもそも能力が発動してるはずだ。

 やっぱりここは、断った方が……。


「だ、駄目か……?」

「ぅ……」


 でもそんな考えは、メアに上目遣いで見られた途端に霧散した。

 いつもはつんけんとした態度が多いメアにこんな可愛くお願いされて、この世に断れる男がいるだろうか。

 というかそもそも、俺は捨てられた子犬みたいな目に弱いのだ。実際、自分が似たような経験をしたからかも知れないが。


「……エストロ先輩にバレないようにな」

「っ!!」


 パァッと表情を明るくさせたメアを見て、俺は少しだけメアと仲直りできたような気がした。


♦︎♦︎♦︎


「えと……行くぞ、シン」


 教官用の控え室に備え付けてあるシャワー室に、メアの声が響いた。

 本当は一人用だから、メアがいるだけで少し狭い。

 もちろん、俺もメアも身体にタオルを巻いただけの姿だ。

 エストロ先輩は俺の次に兵士たちに教えるから、今頃控え室に来ていてもおかしくない。もし俺たちが騒げば、訝しんだエストロ先輩に見つかる可能性もある。

 

「ッ」


 だから俺は、タオルが背中に触れた時も声を押し殺した。

 するとそれを勘違いしたのかメアが慌てて、

 

「ご、ごめん、痛かったか……?」

「い、いや大丈夫」

「…………」

「…………」


 会話終了。

 というか、恥ずかしすぎて何を喋れば良いのか分からない。

 そもそも一昨日の夜、メアに大嫌いと言われてから、一度も話していないのだ。会話が続かないのも仕方ない。

 ああでも、あれは聞いておきたいか……?

 

「「……あのっ」」


 …………。


「えっと……メアから先に話して良いよ?」

「い、いや、オレは対した話じゃないから、シンから話してくれ」

「それなら…………」


 俺は、さっきから気になっていたことを聞いた。


「あんなことがあった後なのに、どうしてこんなことができるのか……?」

「だってその、お互いこんな格好で、俺がお前を襲うとか考えないのか?」

「……襲うのか?」

「襲わないよ!? 襲わないけど、普通は怖くなるんじゃないか?」

「…………」


 背中を洗う手を止めて、少しの間考え込むメア。


「別に、怖くないし……」

「え?」

「そりゃ、急におまえに襲いかかられたらオレだって怖いけど、その怖いはおまえが思ってる怖いとは違うから……」


 俺が思ってる怖いとは違う……?

 あの日のトラウマを思い出して怖がるのと、女性として男に襲われることの恐怖、どっちかが違うってことか……。

 その二択なら、きっと……。


「だってとか言うな。……で、良いんだよな?」

「……バーカ。外せよ、そこは。女扱いされると、恥ずかしいじゃねえか……」

「女扱いも何も、メアって女の子では? あ、それとも女の子扱いってのがあるのか?」

「な、ないけど……!」


 背中を擦る力が少しだけ強くなった。

 女の子扱いがないのなら、なんでいけないんだろう。今は性差別とかそういう話じゃないだろうし……。

 

「まだ慣れてないから、恥ずかしいんだよ……」

「…………」

「なんか言えよ! うぅ……オレを揶揄ってぇ……!」


 誰も揶揄ってないんだけどな……。

 照れ隠しなのか、メアはさらに強く背中を擦る。


「そう言えば、メアは何を言おうとしてたんだ?」

「……言わなきゃ駄目か?」

「言ってくれると嬉しい」

「…………」


 背中を擦る手を止めて、深呼吸をするメア。


「オレがおまえを、大嫌いになるわけないだろって……」

「…………ごめん」


 言わせてみたら、めちゃくちゃ恥ずかしいことだった。


「はい! この話はもう終わりだ! ……仲直りってことで、良いんだよな?」

「ああ。ありがとな、メア」

 

 振り返ってメアの手を握ると、メアからも握り返してきた。

 と、その時、


「おい、イチャイチャしているところ悪いが敵襲だぞ! 前回役に立たなかったんだから、今度こそ活躍しろよ!」

「「っ!!」」


 エストロ先輩の声が聞こえて、俺たちは咄嗟に離れた。

 いや、というか……


「なんで気が付いてんだあの人……?」

「あ……あぅ……あうぅ……」


 もしかして、メアがいる証拠があったとか……?

 ちなみに、メアの顔は真っ赤になっていた。


早い仲直り。でもこれくらいが二人らしい気も……

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