七話:すれ違い
「やっちまった……」
メアが、怒って出て行ってしまった。
俺がその場の空気に流されそうになって、メアを襲いそうになったからだ。
「そ、そう落ち込むな……。メアはかしこい、悪いのが妾じゃと気付くはずじゃ……」
キラはそう言ってくれているが、俺は嫌いと言われたことよりも、誘惑に乗りそうになったことを後悔しているのだ。
メアは、過去に帝国で貴族の男に関係を迫られたことを、今でも鮮明に覚えているという。
あの時は俺が助けることができたが、あの出来事はメアにとってはトラウマになるような出来事だった。
だからメアは、俺が例えば紫苑の胸を誤って触ったりした時、誰よりも怒る。
あの時助けられたことでメアは、どこか俺に禁欲を求めている節があるのだ。
だというのに俺は、よりにもよってメアの初めてを奪いかけたのだ。エストロ先輩がサキュバスを殺すのが遅ければ、どうなっていたか分からない。
俺がメアに、新たなトラウマを植え付けていたのかも知れない。
「最低だ、俺……」
「シン……」
♦︎♦︎♦︎
「あぅぅ! オレのバカ、オレのバカァ!」
部屋に戻って、落ち着いて、やっと気が付いた。
シンを思いっきり嫌いって言っちゃった……!
シンは悪くないのに、嫌いなんて全く思ってないのに、ついカッとなって……!
「あいつがエッチなことをする度に怒って、なのにオレがシンを誘って……それでシンを悪者扱いして……」
理不尽どころの話じゃない。
酷いくらい自分勝手だ。……いや、「くらい」じゃなくて本当に酷い。
……実際オレは、シンと同じベッドにいたこととか、シンが流されそうになったこととかは、あまり気にしていないのだ。
キラがいたからかも知れないし、サキュバスの影響を受けていたからかも知れないが、シンがオレを受け入れてくれたのは素直に嬉しい。
だから大嫌いと言ってしまったのは、恥ずかしさを誤魔化すためだけなのだ。
大嫌いと言われることは、本当に悲しい。その悲しみを、シンに感じさせてしまったのだ。
「最低だオレ……」
♦︎♦︎♦︎
「シンと、仲直りです……?」
翌日、雪風に相談すると、コーヒーに入れようとしていた角砂糖を瓶に戻しながら、雪風が聞き返してきた。
「……入れないのか?」
「どうやら、砂糖は必要なさそうですから。……それで、避けられているってどういうことです?」
「あ、ああ……詳しいことは言えないけど、シンに大嫌いって言っちゃって……」
「大好きなのに!?」
「ふぁっ!? ちょっ、何言ってんだ! 別に大好きでもなんでもないしなんとも思ってない! ただの主人だ、主人!」
き、急に何言い出すんだ……!
オ、オレがシンを大好きだなんてそんな……。
……。
…………。
「いや、その……なんとも思ってないわけじゃないけど……、助けてくれたのは感謝してるし、よく見ると格好いいし、優しいし……オレのことをメアって呼んでくれるし……」
「…………つまり好きなのです?」
「ち、違う! これはそういうのじゃなくて、憧れとかそういうのだ。ほら、シンが師匠に感じてるみたいなやつ……」
「でもシン、よく師匠と結婚したいって独り言を言ってグラムを拗ねさせたりしてるですよ?」
「…………と、とにかく! オレはシンのことは好きじゃない! ていうか、今はそんなこと関係ないだろ!」
自分がシンを好きだからって、オレもシンを好きだとは限らないだろ……。
なんかさっきから雪風に揶揄われている気がするけど、シンのことをよく知ってるのは雪風だし……!
「なぁ、どうすれば良いかな……?」
「そう言われても、どうして大嫌いって言うことになったのかが分からないと、助言も何もないのです」
「ぅ…………」
や、やっぱり言わなきゃ駄目なのか……?
「まぁ雪風はシンの中から見ていたので知っているのですが」
「っ……! なら最初からそう言えよ!」
「……いくらメアでも、シンに抱き付かれたら雪風だってちょっとはイラッとするのです」
「ご、ごめん…………」
確かに、好きな男が他の女に抱きつかれていたら、仕返しもしたくなるよな……。
「あたふたするメアを見て満足したので謝らなくて良いのです」
「ありがとう……なのか?」
「どういたしましてなのです。じゃあ、シンと仲良くなりたいってことですが……」
「ですが……?」
「ずばり! シンが喜ぶことをしてあげれば良いのです!」
…………え?
「聞きたいのですがメア、シンに襲われそうになったのは嫌だったのです?」
「え、いや……別にそんなことは……」
「やっぱり……。それならシンは、誤解してるのです。シンはメアを襲おうとしたから、メアが怒っていると思っているのです」
「や、やっぱりそうなのか……」
シンのことだから、そう誤解してる気がするとは思ってたんだ。
でもやっぱり、実際に誤解してるって知ると、ますます申し訳なくなってくるな……。
「なのでシンが喜ぶことをしてあげることで、怒ってないことを伝えつつ、シンとの関係性を向上することができるのです!」
「っ!!!」
そうか! あんなことがあった後なのに、シンと二人きりでもオレがいつも通りでいたら、シンも誤解していたって気が付くはずだし、シンも喜んで仲良くなれるかも知れない!
シンが喜んでくれたり仲良くなるのは、シンだけじゃなくてオレにとっても良いことだし!
「そうか! ありがとな! 雪風!」
「ふふ、どういたしましてなのです!」
それじゃあ早速、シンが喜ぶことを考えるぞ!




