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三話:知らないうちに昇格していた(?)件について

 

「その使い古された青色のローブ、ゼロワン殿とお見受けする! いざ、私と手合わせを……!」

「待て貴様。私が先だ。よろしければシン・ゼロワン殿、私と手合わせをお願いしたい」

「あ、あの! 私と結婚を前提にお付き合いしてくへませんか!?」

「へー、あれが大司教討伐したって言う……。でも見た目は案外ヨワヨワだね? ふっへへ〜、いじめがいがありそ〜」

「なんで高い所に登るんですかお姉ちゃん〜!  私が高い所苦手なの知ってるでしょ! ま、まぁ……あの人がヨワヨワでザコっぽくて屈辱の顔が似合いそうなのは認めますけどぉ!」

「ね、ねぇ奥さん、あの人が王国の英雄さんだそうよ」

「まあ、聞いてはいたけど随分と若いのね。うちの娘をもらってくれないものかしら……」

「ちょ、ちょっと何言ってるのお母さん!」

「だって貴方……いっつも戦術の研究をしてばっかりで、二十五になっても男気の一つもないじゃない……」

「それとこれとは別でしょ! 私は戦術と結婚してるから良いの!」

「はぁ……」




「これは……酷いな」

「ええ、色々と……」


 流石は実力ある者が慕われる帝国。

 俺が大司教を討伐したことはとっくに伝わっていたらしく、街に入って数歩歩けばもうこのように囲まれてしまう。

 用件は大体が手合わせの申し込みだが、時々若い女性から告白されたりもする。


 手合わせを申し込まれる度に「自分が先だ」と喧嘩が起こり、告白されて俺がしどろもどろになる度に雪風たちの機嫌が悪くなる。

 特にメアはひどいもので、渡さないとばかりに俺の腕を抱き締めている。

 時より自分の胸を見て溜息をついている所を見るに、俺が帝国の綺麗な(+胸の大きな)女性の色香にやられてしまうと思っているのか。

 まぁメアは、過剰なくらい風紀に厳しい所があるし、俺を節操なしの変態だと思ってるみたいだし、仕方ないと言えば仕方ないのか。

 これが俺のローブをチョコンと掴んでいる雪風みたいな嫉妬なら可愛いのだが、メアに限ってそんなことがあるはずないか。


「これは予想外だね。お姉さんにも予想できなかったよ」


 だが、そんな帝都の混乱以上に俺たちを困惑させたのは、悪魔の存在だった。

 何故かこの帝都は、悪魔と共存しているのだ。

 俺たちを取り囲むのはほとんどが人間だが、屋根の上には小さな悪魔の女の子が二人いる。

 嗜虐的な笑みを浮かべる紅髪の子と、半泣きになって紅髪の子にしがみつく青髪の子。


「あの、情報では悪魔の大司教が率いる正神教徒に襲われたんですよね?」

「そのはずだが…………これは、詳しい人物に話を聞いた方が良さそうだな」

「でもそのためには……」

「ああ……そうだな」


 この大勢の人たちを、説得しなければならない。

 だが生憎と、俺も団長も慣れていない。頼りになりそうな『閃光』さんやエストロ先輩も、俺たちから少し離れた所で同じ被害に遭っており、頼りにはならなそうだ。

 スーピルは面倒くさがって説得しようとしていない。


「静まれ!」


 だからその一言で、辺りがしんと静まった時、俺はいつ襲われても良いように身構えてしまった。

 少しでも考えれば、聞いたことある声だとすぐに気が付けたのだろうが、生憎とその時の俺は気が付かず、だから……。


「久しぶりだな、シン。私だ、アーサー・キラドルコだ」

「誰だ!」

「それは冗談だよな!? まったく……久しぶりに会って早々、それなのか……。まあ、お前らしいと言えばらしいのかも知れないか」

「あ、なんだアーサーか……」


 転移魔法で軍を移動させたことに、お偉いさんが文句を言いに来たのかと思った。

 転移魔法による奇襲は禁じ手だからな、くどくど説教されたら国際的にも面倒なことになっていた。

 まあ、その点アーサーなら大丈夫だ。何を隠そう、転移魔法で帝都に移動する案は、アーサー自身のものなのだから。


「アーサー・キルドラコ。皇帝の息子で、紫苑の元主人か」

「たった半日の護衛だったがね」


 ……どうやらアーサーは、かなり権力を持っているみたいだな。

 さっきまでワイワイと騒いでいた人たちは、アーサーが来てからは随分と大人しい。語調も強いし、今のアーサーが堂々としなければいけない立場にいるということが分かる。


「立ち話……いや、もうそれどころではないか。とにかく落ち着ける所を用意しているから、ついて来てくれ」


 色々聞きたいことはあったが、ここは言われた通り黙ってアーサについて行く。

 アーサーが足を止めたのは、高級とまではいかないが、それなりの値段はする宿屋だった。

 宿屋という待遇に、何人かの兵士が眉を潜める。


「本当にすまないが、先の争いであまり良い場所は残っていなくてね。大勢が入れて、かつ快適に過ごせ、城から近い場所がここくらいしかなくてね」

「それは良いが…………どう見ても、部屋数が足りなくないか?」


 ここにいるのは四十一人。

 だが部屋数は、四十より確実に少ない。


「それなんだが……隊長や教官、あと作戦参謀といった、上官の部屋は別に用意してある。すまない、これも帝国の文化でね」


 強い者が何よりも優先されるってことか。

 王国でも、部屋数が足りなければ上官はさらに良い部屋に泊まれるのが普通だが、先に用意していることはあまりない。

 団長とかは、むしろ粗末な方が落ち着くとか言って、俺たちに譲ってくれるまである。


「実力主義って怖いなぁ……。んじゃ俺は先に部屋に行って……」

「「「待て」」」


 屈みながら魔法陣を描いていたせいで、腰が痛い。さっさと仮眠を取ろうと思っていたのだが、俺が部屋に行こうとすると、アーサー、団長、『閃光』さんから同時に止められた。


「大司教を討伐した王女様の護衛を宿屋に泊まらせたと知れれば、大変なことになる」

「そもそもお前は、教官のようなものだろう?」

「何を企んでいるのか知らんが、諦めろ、ゼロワン」


 ……え?


「お主は、自覚がなさ過ぎるぞ……。良いか、シン。お主は史上唯一の大司教討伐者で、その上、幼少の頃から王女の護衛として貢献しておる」

「時々命令違反はするがな。それでも、それがあったから娘は助かったんだ」

「…………な、なんでこっちを見るんだよ! う、うぅ…………ま、まぁ確かに感謝はしてるし、その、戦ってる姿もカッコイイとも思うけど……」


 みんな……。

 そうか……俺はいつのまにか、みんなに認められていたのか……。


「ま、実際問題民衆から隔離しなきゃ危険だもんねぇ〜」

「スー! シー! なんか良い話で終わりそうなんだから!」

「…………」

「「「「…………(目逸らし)」」」」

「おい」


 アーサー、団長、『閃光』さん、キラの四人がスッと目を逸らした。

 なんだよ! さっきの俺の感動を返せ! 認めるは認めるでも、放置すると危険認定は全く嬉しくないんですが!?


「…………」


 まぁでも、多分一番被害を受けたのは俺じゃなくて…………


「え、あれ? もしかして本気で言ってたのって…………?」

「にゃっはは〜! メアっち、かーわいー! 顔真っ赤ぁ! あははっ、あははははっ!」

「スー……そろそろその辺に……ほら、もう恥ずかしさで泣きそうだよ?」


 一人だけ恥ずかしい本音を言わされた、メアに他ならないだろう。


次話の投稿は明後日(日曜日)です

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