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十八話:交わることのない平行線

最後の回想シーンです


 

「……うん、そのことなんだけど……シン。私のことをどう思ってる?」


 エミリアは、確かにそう言った。


 どう思ってる、か……。

 護衛対象、婚約者。色々と逃げることは出来るが、こうして話の切り出しに選んだ以上、こちらも真面目に答える必要がある。

 ……それに、俺もこの話が終われば婚約破棄を伝えるつもりだし……。

 が、この質問は、俺が何度も自問してきたことだ、


「まず、感情抜きで言えば、美少女で努力家。少しだけ抜けてるところもあるけど、時より見せる鋭さが王族だと感じる。それで……少し優しすぎるかな」

「優しすぎる……?」

「うん、だっていっつも一人で抱え込んでるじゃん。護衛としても、一人の男としても、俺は頼られてないのかなぁ、って思う訳です」

「勝手に抱え込んでいるのはシンの方じゃん……」


 口を尖らせ、ジト目でエミリアが言う。

 ま、まあ、それを言われちゃお終いなんだけど……。

 だが、俺はこういうことも全て予想した上で、準備に準備を重ねている。決意した引き籠りを舐めてはいけない。挫折なんて慣れているからな。必要と感じたことへの諦めは悪い。

 今日の昼から、方々を飛び回って、エミリアに関すること、王家に関すること、ついでにきな臭い動きまで調べ尽くした。

 極東の方で、世界的な邪教徒がヒャッハーしてるらしい。最近静かだと思ったら海渡ってたのかよ。


 まあ、つまり何が言いたいかというと、前段階の時点で俺の勝ちは決まっているということだ。


「今、何個縁談の話があるんだ?」

「…………」

「別に責めている訳じゃないんだ。むしろ、エミリアにそういった話が持ち上がることは嬉しい。無論、相手によるけどな」


 予行練習の段階では気付かなかったのだが、実際に言ってみて少しだけ引っかかるものがあった。

 何に違和感を抱いているのか、どういった理由で違和感を感じているのか。皆目見当も付かないけど。


「…………確かに、縁談はどんどん増えてきてる。でも……でも、私は席に着く前に断ってるもん。私は、シン以外の人と結婚する気なんてないから……」


 ポツリと、エミリアが言った。

 俺以外と結婚する気がない、ね……。


「…………ん?」

「あっ…………」


 え、ちょっと待って。一旦考えさせて。

 えっと……縁談を持ちかけられても直ぐに断っているて、それは俺以外と結婚する気がないから?

 俺との結婚は確定なんだという溜息は置いといて、それってつまり……エミリアは俺のことが好き?

 い、いやいや、そんなこと有り得ないだろ……!?

 小さい頃のエミリアからして見れば、容姿は子供で頭だけ高校生な俺はかなり奇妙な奴だろ?

 人間ってのは、周りと違う異端者を忌み嫌い排除する生き物だろ? そうだから、日本で、俺と幼馴染は二人ぼっちだったんだ。

 あ、いやでもラブレター貰ってるな……。なら可能性もあるのか……?


「いや、いやいやいや、エミリアが俺のことを好きな訳がない……」


 肯定してくれ!

 そう祈りながら発した言葉だったが、


「……また、助けられちゃったね」

「……はい?」

「私が、恐怖で話を切り出せないことに気付いていたんでしょ? だから、わざと私を怒らせるようなことを言った……」

「え、いや、全然ちが……」

「ううん、分かってる。だからね、私もシンに何かできないかって考えたの」

「う? うん?」


 なんだ、全然話が読めないんだが……。てか今怒ってるのか?

 こうまで会話が成立しないエミリアは初めてだな。恐怖とか言ってたし、自分のペースじゃなきゃ喋れない程緊張してるのか?

 ええ……この後何を言われるの俺……。

 こっちが恐怖してきちゃうよ。


「だからね、シン? 婚約を破棄させてください」

「────???」


 ホワイ?

 頭が真っ白になるとは、こういうことを言うのだろうか。

 瞳に雫を浮かべた真剣な表情でこちらを見るエミリアを見ても、何も感じない。

 何も、感じない。強がりでもツンデレでもなく、本当に何も。


「本当は私から言っちゃいけないことだけど……シンにこんな辛い思いさせたくないから……お、お姉ちゃんとして……?」


 一体何分経ったのか分からない。

 エミリアが俺を弟と表した時、俺は唐突に全てを理解した。

 ──俺は、エミリアにフラれたのだ。

 思い付くことは沢山ある。朝のこともそうだし、何より俺のエミリアへの扱いは女の子に対するものではなかった。国宝のように、彼女を扱ってしまっていた。


「…………いやだ」

「……シン?」


 驚いたようなエミリアの表情だが、何より俺が驚いている。

 あれ程、エミリアとの婚約を破棄すると息巻いておいて、いざ相手からフラれると、未練たらしく『嫌』という感情が湧いてくる。


「シン、それって……!」


 ああ、流石に俺でも分かる。

 これは、俺がエミリアに抱く感情は──


「すk──」

「独占欲!」


 いやぁ、元から感じてたんだよ!

 エミリアを守るのなら、俺の他に忍びを何人か雇うことだってできる訳だ。

 でもそれをしなかったってことは、つまりエミリアを守るのは俺だけっていう、醜い独占欲があったからなんだよ!


「エミリア! 自分の独占欲に気付かなくてすまなかった!」

「あー、シン、一つだけ良いかな?」

「あ、そうですよね。自覚したからなんだって話ですよね。どうぞ対抗はしないので、磔でも串刺しでも煮るなり焼くなり好きなように……」

「ち、違うよ! あと、そう簡単に、好きなようにとか言わない! ……わ、私が言いたいのは、まあ、独占欲でも嬉しいものは嬉しい……から……(それって、シンが私に対して好意に近い何かを感じてるってことだし……)」


 少しだけ頰を紅潮させながら、エミリアが言う。

 最後の方は早口で聞き取れなかったが、少なくとも怒ってはいないらしい。


「えっと、あの、恋人を経験してから婚約しませんか!?」


 あ、ちなみに俺はこれで、もう状況が理解できなくなりました。


 エミリアが俺のことを好きなのかと思えば、婚約を破棄される。

 婚約を破棄されたかと思えば、俺からの独占欲は嬉しいと言う上、恋人として付き合わないかと言う。

 恋人って言われても、王族の権利とかしきたりとかの前には無力なんだけど……。


「それは、勿論こちらこそなんだけど……えっと……つまり、エミリアは俺のことをどう思ってるんだ?」

「それ、私が最初にシンに聞いたことだよ?」

「……そう言えばそうだったな。俺は勿論好きだ」

「す、すすす好きっ!?」

「ああ、愛してると言ってもいい」

「あ、愛してる!? なんか変だよシン!?」


 やっぱり変だよな……。

 でも俺、彼女なんていたことないから……。


「恋人らしくしてみたんだが……もっと練習が必要だな」

「……え?」

「……ん?」


 はい、噛み合ってないー。

 クラスで浮いた存在の俺と、突出して美しいエミリア。

 凸と凸のコンビですから。もうこれは二人で山形成してるレベル。何言ってんだ?


「え、恋人ってのはあれだろ? 告白されないための防護柵的な」


 偽装恋愛だっけか?

 ラブコメジャンルで、一時期俺もはまっていた。

 目立つ女のヒロインが周囲からの告白を逃れるために、平凡な主人公と付き合うという恋愛。

 つまり、嘘の彼氏彼女を作ることにより煩わしさから一時期に逃れるということだ。

 エミリアは王女だから、恋人が出来たところで縁談がゼロになることはないが、それでも良識ある家は自重するし、玉砕覚悟の一般人は諦める。

 根本的な解決にはならない上、出逢いを潰すことにもなりかねないが……こう言っちゃ悪いが、エミリアならいつでも相手は見つけられそうだ。

 何より、恋人兼護衛であれば、俺がエミリアと住んでいてもおかしくはない。


「え、いやシン。な、何……言って、るの……?」


 そう一人で納得していると、若干表情が青くなったエミリアが途切れ途切れに言った。

 いや、何言ってるも何も……妥当な考えだと思うんですが……。


「えっと……恋人って嘘をつくことによって、俺がここで住めるようにしているんじゃないのか?」

「う、嘘…………」


 ふらりと後ろに倒れ込むエミリア。

 勿論、今は俺のベッドに腰掛けている訳だから、怪我するようなことはない。

 しかし護衛の性か、思わずエミリアを支えようとしたのは、別におかしいことじゃないよな?


 その結果……


「あの、シン?」

「なんでしょうかお姫様」

「私、ベッドに寝っ転がろうとしただけなの」

「うん、知ってる」

「あの、なんで肩を抱き寄せられてるの……?」

「…………さあ?」


 エミリアの背中に片腕を回し、そのままエミリアの華奢な肩を引き寄せていた。

 ふらりと力を抜いていたこともあってか、エミリアの頭は俺の肩にコトリと乗っている。

 電車の中でよくあるやつ。女性にやられた時、痴漢の冤罪をかけられないか恐怖でガタガタ震えて、女性を起こしちゃうやつ。


「…………」

「…………」


 長い沈黙。

 昔からの婚約(俺は知らなかったけどな)を破棄して、偽装の恋人として付き合うことになり、その直後のこれだ。

 気不味い……ようでいて、そこまで居心地の悪くない奇妙な感覚。

 どれくらい経った頃だろうか、ポツリとエミリアが口を開いた。


「ねえ、これも恋人としての練習?」

「…………そういうことに、しておいてくれ」

「ん……じゃあ、さ……」

「?」


 エミリアが頭を俺の肩から離した。

 かと思えば、拳五つくらい空いていた俺とエミリアの間の距離を、拳一個も入らないくらいに狭めてきた。

 少し脚を動かせば、エミリアの脚に触れそうだ。

 真横に、エミリアがいる。


「エミリア……?」


 今の時間は夜。

 夜に、こんな美少女と自分のベッドに並んで座っているのだ。

 ドキドキしない筈はない。

 王宮でよく一緒だった俺でも中々見ない、珍しいラフな格好のエミリアは新鮮で、いつもとのギャップも相まって普段以上に気になってしまう。

 長い睫毛とか、絹のような銀色の髪とか……勿論毛だけじゃなくて、その……身体つきとかも。

 とある猫さん(グラム)の体型がストライクとは言ったが、エミリアのそれはドのつくそれだ。つまり、俺の理想そのものと言ってもいい。

 スラリと伸びた手足、王族の高貴さの中に幼さを感じさせる顔立ち、豊満ではないが貧相でもない丁度いいバランス。

 黄金比で形作られていると言っても過言ではない。


「…………」


 気付けば俺はエミリアに見惚れていて……


 ──ギュッ!


「…………へ?」


 次の瞬間、エミリアに頭を抱かれていた。

 柔らかい感触に、頭を包まれている。……柔らかい?


「エ、エエエエミリア!?」

「こ、これはあれだから! 恋人ならこれくらい普通だから! シ、シンだけじゃなくて、私もしたい……じゃなくてこれは私の練習なの!」


 当たり前だけど、俺はもう何が何だか分からず、目の前の柔らかい何かに全てを任せている。

 ちなみに、エミリアもすごく焦っている。いや、エミリアからやったことなんだけど……!


「嘘を言うのは嫌だけど、これができるなら……じゃなくて! えっと……えっと……これをしないと、嘘だってバレちゃうでしょ!?」

「た、確かにそう言ったけど! で、でもこれは流石におかしくないか!?」


 ていうか、頭を抱くってどこで使うんだよ!

 俺の「好き」だとか「愛してる」は、絶対誰かに確認取られると考えてのことだぞ!?

 スムーズに気持ちが言えるようになるためで……エミリアがこういうのをスムーズに出来る方がむしろ違和感あるだろ?


「それより、恥ずかしくないのかよ……」

「は、恥ずかしいに決まってるもん……」


 そう言ってエミリアは、俺の頭を抱える力をさらに強めた。

 全方位、特に前方にクッションがあるので全く痛くないのだが……体力とかの前に理性が心配になる。


「ヒャァ!? く、くすぐったいシン……」

「…………」


 力を強められたせいで、喋ろうとしても喋れない……。

 無理矢理喋ろうとしてエミリアの胸に息を吹きかけるとか、これでもう呼吸も許されなくなったぞ……。


「あっ……ふっ……も、もうダメッ!」


 本気で理性の危険を感じて、俺がどうやって脱出するかを考えていると、恥ずかしさが頂点に達したのか、エミリアが俺の頭を解放した。

 こんにちは新鮮な空気!

 さようならエミリアの香り!

 ど、どっちも捨て難い……!


「ん、恥ずかしかったけど、これを毎日続けていれば私もシンに自分の気持ちを……」


 胸一杯に酸素を吸おうか、肺の中のエミリアの香りを保持し続けようか、俺が割と真剣に悩んでいる横で、エミリアは何か新しい発見をしたようだった。

 うーん……嘘だとバレないための練習に新しい何かを見出すとは……俺も見習わなければいけないな。

 あ、待ってそろそろ酸欠になる。


「さよならエミリアの空気……。いらっしゃい酸素くん……」


 こんなに悲しい呼吸は初めての経験だ。

 しかしこの経験もきっと何かに生きる……ただの変態だってバレただけだな、うん。


「で、エミリア。婚約は破棄。代わりに偽装恋愛をするってことでいいんだな?」

「あ…………えっと……偽装恋愛だと、こうして練習が必要?」

「うーん……少なくとも、周りに示す必要はあるな」


 一緒に住んでいる時点で、中々のインパクトを与えられているとは思うが。


「普通の恋人だと?」

「あり得ない」

「むー…………」


 少しの間、考え込むエミリア。

 なのだが……ナチュラルに俺の肩に頭を乗っけるのはなんなんですかね……。

 いや、悪い気はしないけど……ドキドキすんだよ。

 天然の魔性の女なんて……末恐ろしい!


「練習は、さ。私が頼んだらしてくれる?」

「時と場合によるけど、部屋にいる時ならいつでも大丈夫だぞ?」


 あと、俺がいつのまにか話の主導権を握ってるんだが……。

 え、俺ってエミリアにフラれて、偽装恋愛申し込まれたんだよね?

 つまり俺は主役たちに巻き込まれる、所謂モブキャラだった筈。

 どうしてこうなった?


「じゃあさ、私のこともう一度好きって言ってみて」

「え、嫌だよそんなの」

「すごい手の平返し! シン、さっきの自分の言葉覚えてる? 寝てたりしない?」


 そう言って、手を俺の額に当ててくるエミリア。

 あ、なんか先読めたわ。


「す、すごい熱い! それに顔もなんか赤いし……朝に水が頭にかかったから、風邪引いたんじゃ!」

「い、いや、大丈夫、大丈夫だから! というか、エミリアだって顔赤いし、ものすごく熱いぞ!?」


 予想通り慌て出すエミリアの頰を、顔の輪郭に沿うようにして挟む。

 俺は照れてるだけだけど、エミリアは少し熱すぎる。

 恥ずかしがってるだけでここまで熱くなるか!?

 俺の手はどちらかと言うと冷えてる筈だから、こうしていれば治るか?


「シ、シン……? その……これは……」


 ど、どんどん悪化している、だと……!

 そういえば、エミリアも朝に水がかかってたよな?

 俺は、免疫が溢れる殺意を持ってるおかげで風邪をほとんど引かないが……エミリアは結構よく引いていた気がする。

 えっと、薬……エミリアの使ってた薬って何だ!?

 くぅ……薬とかは全部知らないし……。俺が知っていることと言えば……


「エミリア、汗流して今日は早く寝よう」

「ふえっ、シ、シン!?」


 エミリアを抱き抱えて部屋から出ようとすると、エミリアが暴れ出した。


「シン、こ、これって……その、お姫様抱っこ……」

「んなこと言ってる場合じゃないって! 嫌だろうけど、我慢してくれ」

「いや、別に嫌じゃ……聞いてる?」

「風邪は本当にヤバいからな……。特に新生活が始まった後の風邪は特に」


 忘れもしない。

 風邪で高校一年生の最初の時期を休んだことを。治ったので学校に行ったら、うん、既にまとまりが完成しているというね。

 ……たとえ健康でも俺がぼっちなのは変わらない気も……いや、今はそんなこと関係ない。


「一人で入れるか? 一人で入れないのなら……」

「シンと!?」

「いや、レイ先輩に頼む」

「…………えっと……その……うん。そもそも私健康そのものだから大丈夫だよ?」


 いや、そんなこと言っても計測器具なんてものは、こっちの世界だと病院くらいにしかないし……。

 あ、そう言えば俺の額もかなり熱いんだよな?


「ごめん」

「え?」


 俺が先に謝ると、エミリアがポカンとした。

 が、次の瞬間。


「んー、確かに俺の額と同じくらいだ……」


 でも、俺は風邪を引いていない。免疫とかの問題ではなく、そもそもこれは恥ずかしいから熱くなっているだけだ。それと同じ熱さのエミリアも、ただ恥ずかしがってるだけかもしれない……。


「俺の早とちりだったか……ごめんなエミリア。……あれ?」


 エミリアの額から、俺の額を離して、再び謝ったのだが……。

 エミリアは、真っ赤な顔で「えへへ……」とふにゃふにゃになりながら脱力していた……。

 …………なんで?



 その後、エミリアの作ってくれた夕飯を頂いたのだが……ものすごく美味しかったとだけ言っておこう。見た目は変わらずアレだったが。


偽装恋愛。

他に、何か良い言い方はありませんかね?

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