四十話:海水浴の準備
遅れてすみません……
「よし、準備完了」
部屋で水着に着替え終えた時、
「なぁシン、ちょっと良いか?」
ノックされた扉の向こうから、メアの声が聞こえた。
みんなと一緒に、もう海に行っているはずじゃないのか。気になって扉を開けると、折り畳まれている空気の入っていない浮き輪を胸に抱いて、メアが立っていた。
着ている水着は、破けてしまった昨日の水着と種類が同じ、胸から腰回りまでを覆うワンピースタイプの水着。だが、色や柄は違うせいか昨日とはまた違った印象を受ける。
ちなみに、昨日は青系で昨日はピンクだ。厳密にはサーモンなんちゃらみたいに、同じ青やピンクでも細かい違いがあるんだろうが、残念ながら俺は詳しくない。
それはともかく、突然メアが俺の部屋にやってきた理由が分からない。
「急にどうしたんだ? 水着なら似合ってるから安心して良いぞ?」
「なっ! み、水着のことなんて誰も聞いてない! ……でも、一応礼は言っとく。あ、ありがとう……」
違うのか。新しい水着がみんなに変だと思われないか気になったから、俺に聞きにきたのかと思ったのに。
でも水着じゃないとなると、他には……
「浮き輪か? 貸してみ、膨らませてあげるよ」
「う、浮き輪でもないけど……膨らませてくれるのは助かる。……あっ、こ、これはあれだぞ! 泳ぐのが面倒だから使ってるだけで、別にオレが泳げないとかじゃないからな!」
「はいはい、分かってるって」
「その言い方は絶対に分かってないだろ!」
顔を真っ赤にして吠えるメアの腕の中から浮き輪を引っこ抜いて、俺は口を使って膨らませていく。
魔法を使うことも考えたが、威力とかの調整が面倒なのでやめた。魔法でゆっくりやるくらいなら、口で直接空気を吹き込んだ方が速いのだ。
昨日のメアは苦労していたが、肺活量の差か、俺はそこまで苦労しなかった。
とは言え時間はそれなりにかかったのだが、膨らませて終わってメアを見ると、まだメアは廊下でモジモジしていた。
さっきまで膨らませる前の浮き輪を胸に抱いていた腕が、今は居場所を失って動いている。
「…………入らないの?」
「え、いや…………まぁ……」
俺が聞くが、メアの答えははっきりとしない。
昨日、無防備なのはお前の方だと言われたのが、実はそれなりにショックだったのか?
一瞬そう思ったが、メアはひとつ深呼吸をした後、結局俺の部屋に入ってきた。どうしたんだろ。
「う、浮き輪、ありがと……」
「お、おう……どういたしまして……」
なんだか、メアの様子がおかしい。今の言動もそうだけど、そもそも何かを恥ずかしがっているように見える。
メアが恥ずかしがりそうなこと……脳内検索をかけてみるが、妥当そうなのは俺の服関係だ。また何か、脱いだまま忘れてしまっていたのか。
でもそれにしては、メアに怒りとか謝罪の感情が見えない。
と、俺がメアの用件を予想していると、
「あ、あのさっ! その、おまえに頼みがあってさ、今日は来たんだ」
「……頼み?」
「こ、これなんだけど……一人じゃ難しいから、おまえに頼みたくって……」
そう言って、メアは小瓶を渡してきた。
この小瓶に入っているトロトロの液体はもしかして……
「日焼け止め?」
「そ、そうだ」
「でもメアの水着って背中も覆われてるけど、大丈夫なのか……?」
「水着に覆われてても必要なんだよ! い、いいからさっさと……」
「いや、そういことじゃなくてさ、これ、どうやって塗るの?」
「は? だから手で液体を伸ばすようにして……お腹とか背中に……」
もう一度言う。メアの水着は、肩紐のあるワンピースタイプだ。
背中に塗るためには、水着を脱がなければいけない。
「ぁ…………」
どうやら、考えていなかったらしい。
か細い声を漏らしたメアの顔は、気がついていなかったことへの恥ずかしさと、水着を脱ぐという恥ずかしさで赤くなっている。
「だからやっぱりエミリアたちに頼んで……」
もう良いだろう。俺が小瓶を返そうとすると、
「べ、別にそれくらいなんてことない!」
「はい!? 脱ぐんだぞ!? おまっ、それでも関係ないとか……」
「関係ないってオレが言ってるんだから良いだろ! そ、それともなんだよ、おまえはオレの裸なんか見なくないって言うのか……?」
怒ったような表情だが、どこか不安そうに見える。
その表情でその質問はズルイと思う。見たいか見なくないかで言えば、断然見たいのだから。
オレは観念して、後ろを向いた。
……大丈夫、日焼け止めを塗るだけだ。変なことを想像するから、いやらしいものに思えるのだ。
「も、もう大丈夫だ」
メアに呼ばれて再びベッドの方に目を向けると、メアは俺のベッドの上にうつ伏せに横になっていた。
水着はお尻ギリギリまで下ろしていて、一矢纏わない背中はシーツよりも綺麗だった。
…………そして、怖いのを紛らわすためか、枕を胸に抱いている。どうしよ、今夜から寝る時にこの枕使えない。絶対良い匂いしちゃう。
「へ、変なことしたら本格的に殺すから」
それは枕に対して? なんてことは聞かない。本人も気が付いてなさそうだしな。
かなり恥ずかしいみたいだし、さっさと終わせてあげた方が良いだろう。
「い、行くぞ……」
俺はしっかり伝えてから、トロトロした液体をつけた手をメアに伸ばした。
「ひゃぁ……っ」
その手が背中に触れた途端、メアがピクリと身体を震わせ、何やら甘い声を出す。
その反応に思わず手が止まったが、声はどうやら無意識のようで、メアは不思議そうに「シン?」と顔だけ後ろを向いて聞いてくる。
あんな声を出したなんてことを知ったら、色々あって俺が変態呼ばわりされることは、これまでの経験から目に見えている。
だから俺は無視して、メアの幼い背中にオイルを塗り込んでいく。
「んっ……あっ……。な、何だこれ……、か、身体の奥が……ふぁ、……ジンジ……ンッ……、ぅぁ、してくるぅ……」
俺が手を動かす度に、出そうになる声を押し殺そうとするが、残念ながら全て漏れ出ている。
なんというか……これなら我慢とかしないで、普通にくすぐったがって欲しい……!
声を押し殺してるせいで、なんかイケナイことをしてる気分になるから……!!
「シン……、な、なんか身体が……んぅ……へ、変なんだ……。おまえに背中触られてると……はぅ……ポ、ポカポカする……」
枕をギュッと抱き締め、涙の滲む瞳をこちらに向けるメア。
「うぅ……は、恥ずか、しい……。こんなの……ふぁ、オレじゃない……」
俺の顔を見たことで恥ずかしくなったのか、火照った顔を枕に埋めてしまうメア。
……こ、これはヤバイ……。た、ただ日焼け止めオイルを塗っているだけなのに、なんだかイケナイことをしているように……こ、こうなったら何か別のことを考えて……。
「んぁ……はっ……くうっ…………」
だ、駄目だ!
この状況で他のことを考えるとか、できるわけがない!
は、早く終わってくれ……!
「んんっ……おまえ…………日焼け止め塗るの、上手すぎだろ……はぁ……はぁ……」
永遠とも思える時間が過ぎ、やっとオイルを背中全体に塗り終えた時、メアは荒い息を吐いてグッタリしてしまっていた。
でもその顔はどこか、誇らしげにも見えた。
肌を守るためにも、日焼け止めって大切ですよね。




