三十八話:浜辺の勝負
遅れてすみません……!
「…………」
熱くなっている顔を冷やすため、オレは波打ち際まで来ていた。
すると潮風ですぐに頭は冷えたのだが、すると次は、不思議な初めてがオレを満たす。
「バカ…………」
罵倒を言ってみても、心は晴れない。
オレが何にこんな感情を感じているのかは分かっている。
多分、仲良くなることへの不安ではない。それは前から感じている。
オレの頭にさっきの会話の記憶がこびりついて、離れようとしないのだ。
「なんなんだよ、これ…………」
シンがみんなの話をしている時、教えてくれた嬉しさなんかより遥かに、オレは悲しいような寂しいような気持ちを感じた。
『ような』……そう、『ような』だ。なんていうかこれは、自分でも分からない複雑な感覚だ。
胸の内が、喉の奥が、鼻の頭が、熱くなる。
こんな感情、初めてだ。
「なんで、シンを見てるとこうなるんだろう……」
力を抜いて、オレは後ろの砂浜に倒れ込んだ。
「どうなるのにゃ?」
「っ!?」
すると、上から覗き込むグラムと目が合った。
いつの間にか、背後にいたのだ。
……まったく、気が付かなかった……。
「ど、どうしてここに……?」
「にゃ、ちょっと汗を流してたのにゃ。シンから動くことが一番だって聞いて」
「一番……? と、というかどこから見てた? オレの独り言とか……聞こえてたか?」
「いや、さっき来たばっかりにゃ。それより、海を見て何していたのにゃ?」
「そ、それは…………」
それは、言いにくい。
オレがみんなを海に誘った理由を知られるのは恥ずかしいし、そして何より、伝えてはいけない気がする。
「グ、グラムの方こそ、何してたんだよ。汗流すって…………」
「砂浜は慣れていなくて足を動かしにくいにゃ。だから鍛錬にはピッタリなのにゃよ?」
「へ、へー……」
鍛錬か……。そういえば、発情期になる前は毎日のようにしてたな。発情期になってからは自分の部屋に籠りがちだったけど、どうして急に?
「……あ、もしかして一番って……」
「……ま、まぁそうにゃ。シンが、鍛錬をすれば発散できるんじゃないかって言ってくれて、ちょっとやってみることにしたのにゃ」
「ここなら、誰にも迷惑かからないしな……」
屋敷は森の中にあるから、ちょっと本気で鍛錬するだけで木に被害が出てしまう。
その点浜辺なら周囲に何もないし、海の中なら動きが制限されるからやっぱり被害は出ない。
「でも、やっぱり身体を動かすってのはいいにゃね。実はグラム、普段は恥ずかしにゃがらシンのことばっかり考えているのにゃけど、今は結構楽になったのにゃ」
「身体を動かしたら、シンのことを考えなくなったのか……?」
「うーん……まだ考えているといえば考えているのにゃけど……その、エッチな気持ちは大分マシになったのにゃ」
「…………身体を動かすと、シンのことを考えなくて済む…………」
オレも身体を動かしたら、今考えていることも忘れられるのかな……。
「な、なぁグラム。その鍛錬ってまだするのか?」
「え? まぁ、もうちょっとだけするつもりにゃけど……あ、メアもするのかにゃ!?」
「だ、駄目か……? 一応、護身術は親父に教えてもらったから、それなりに覚えはあるけど……」
「もちろんにゃ! 相手がいなくて、ちょっと退屈していたのにゃ! こうなったら、噂に聞く「サメ」とか言う名前の魚と戦おうとしていたところだったにゃ!」
「それは本当にタイミングが良かったな!」
サメなんかと魔法なしで戦おうとするなんて……。で、でも案外、明日あたりにサメを持ち帰ってくるかもしれない気もする……。
シンやエミリア、レイとかは魔法で圧勝できるだろうし、キラとか紫苑も一撃で殺しそうだ。
雪風の戦っている所は見たことがないけど、咄嗟の反応とかはシンよりも速い。正神教徒を殺し続けて来たって言うし、かなり強いんだろう。
…………あれ? オレ以外のみんな、サメに勝つ可能性がある……?
銃も届かないし、泳げないオレじゃ海の戦いは役立たずじゃ…………。
「……メア?」
「っ! な、なんでもない! さ、さぁ鍛錬だろ! さっさとやるぞ!」
「了解にゃ!」
オレが言うと、グラムは少しだけ距離を取った。
銃なら射程範囲内の距離。そしてオレは早撃ちなら得意な方、流石にオレが勝つはずだ。
「いつでも良いにゃよー」
「ああ……じゃあ…………初め!」
────パァンッ!
宣言とほぼ同時にオレはスカートの下から銃を取り出し、即座に狙いをつけて発砲する。
自分でも完璧な早撃ちだった。これなら流石に、脳天に当たっているだろう。相手が獣人で弾がゴム弾とは言え、意識を失ってもおかしくない。
そう思ったのに……
「えっ……?」
気が付けば足元に、グラムがいた。
オレは慌てて後ろに飛び、追撃を防ぐために射撃する。当たらなくても良い、体勢を立て直す時間さえあれば……
「にゃっ!」
だがグラムは、オレの放った弾丸を顔を僅かに動かすだけで避けて、一気に踏み込んで来る。
「っ!!
速い!!
踏み込んできた思った瞬間には、既に至近距離で攻撃態勢に入っているのだ。
でも、グラムが弾丸を避けれているのは、単純な速さのせいだけじゃない。
身体が柔らかいのだ。走る時の姿勢もかなり低く、銃弾を当てるのが難しい。
そして何故か、撃った時にはもう、その射線上にグラムはいない。オレは動きを先読みして発砲しているのに、グラムは突然動きを変えるのだ。
それはまるで、オレの狙いが全て読まれているかのようで……
「まさか目を見て…………!!」
そしてオレは、気が付いた。
よく見るとグラムは、オレの放った弾丸には目もくれていない。オレの目を見て、どこに向かって発砲されるかを予想して、絶対に当たらないように動いている。
紫苑のように繊細な動きじゃないけど、グラムの身体の柔らかさは、少し無理な動きも可能にする。
獣人、それもグラムだからこそできる芸当だ。
そして、やがて弾は尽き……
「っ……!」
「どうやら、終わり見たいにゃね」
弾が切れたことに気が付いたグラムが近づいて来て、オレにデコピンをした。
どこからどう見ても、オレの完敗だった。




