三十六話:変態と天邪鬼
遅れました!すみません……最近忙しくて……
「シンー、荷解きちんと…………あー……」
旅行ということで、レイの〈ストレージ〉から預けていた荷物を取り出してもらったオレたちは、早速部屋でこれからの準備をしていた。
王族の別荘とは言っても、そんなに部屋数があるわけじゃない。男のシン以外は、二人で一部屋を使っている。
ちなみにオレは、雪風と同じ部屋になった。シンの相棒、つまりシンをこれまで一番助けてきた精霊だ。……少し、緊張する。
まあその雪風は、疲れたのか今は眠っているんだけどな。シンからの魔力供給が上手く行かないせいで、眠ることで魔力を回復しなければならないらしい。
暇になったオレは、シャツを返すためにもシンの部屋に行ったのだ。
そうしたら、シンはベッドの上で静かな寝息を立てていた。……雪風と連動でもしてるみたいだ。
「…………今寝ると、後で眠れなくなるぞー」
ベッド脇の机にシャツを置いたオレは、ベッドの隣に膝をついて座り、ベッドの縁に頭を乗せる。そして、シンの頬を突っつきながら言った。
するとシンがオレの方を向くように寝返りを打って、オレの目の前にシンの顔が来た。
「…………」
こんな間近で見るなんて、多分初めてかも知れない。
息遣いの感じるほどの至近距離から見るシンの顔は、なんだかいつもと違って見えた。何というかいつもより……可愛い。
いつもは、その……客観的に見てどちらかと言えばカッコイイ部類にいるけど、今のシンは無防備で守ってあげたくなる感じだ。
「あ、意外とまつ毛長い……」
普段シンの顔を直視したことなんてないから、気が付かなった。
イタズラ心が湧いて、オレはピンと指の先でまつ毛を弾く。
するとちょっとだけ唸ったものの、シンが起きる様子はない。試しに鼻をつまんだり、耳を引っ張ったりしてみたけど、シンは中々起きない。
「……おまえって無防備だよな。寝込みを襲われたらどうするんだよ。護衛なんだから、もっとすぐに目を覚ませよー」
「……お前には言われたくないかな」
「っ!?」
な、なんで起きてるんだ!?
「なんでって顔をしてるな。そりゃあれだけイタズラされりゃ、嫌でも起きるわ」
「そ、そうか……。ビックリしたぁ……」
「それと、俺は相手がメアだから起きなかったんだ。部屋に入ってきたのが知らない奴とか信用してない奴なら、その場で跳ね起きる。心許してなきゃ有り得ないって」
「っ…………へ、へー……それはまぁ? べ、別に良いけど……」
こいつアホじゃないのか!?
何普通の顔して、そんなに恥ずかしいこと言ってるんだよ!
「そ、それよりもおまえ! オレが無防備ってどういうことだよ。海の時はあれだったけど、今だってほら、ちゃんと銃を……」
スカートの下に隠してある銃を取り出して、シンに見せる。
「それだけか?」
「ああ、これで十分だからな。というか、オレには隠す所がそんなにないんだよ」
「ふーん……その銃、ちょっと見せて?」
「? ほら。……どうだ、かなり高性能だろ?」
「ああ、そうだね。こんなこともできる」
「えっ…………?」
気付けば、寝起きとは思えない素早い動きで、シンがオレの額に銃を突き付けていた。
完成に油断していて、オレには反応することすらできなかった。額に冷たい感触を感じて初めて、銃を突きつけられていることに気が付いたくらいだ。
「……〈ロック〉。ああ、あと防音にもしておくか」
シンが銃を持っていない左手を部屋の扉に向けて、施錠する魔法を使用した。これでこの部屋は、開錠の魔法を使わない限り、外からも中からも空くことはない。
防音魔法を使われたから、中の音が外に聞こえることもない。だから、外に助けを求めることもできない。
そしてオレには簡単な魔法しか使えないから、オレがここから出るためには、シンを気絶でもさせて強制的に解除させるしかないのだ。
でも、唯一の武器を奪われた状態でこいつに勝てるわけがないって、悔しいけどオレは理解している。
「……なんの真似だ?」
「俺だけ無防備って言われるのは、なんか嫌だからな。気を付けろよ? 男はみんな狼だ。今からオレがお前を襲っても、誰も助けてくれないぞ?」
「……っ!!」
男は狼……ということはつまり、シンは今から……!
脳裏に、シンに襲われているオレが思い浮かんだ。なす術もなく、シンに蹂躙されるオレの姿。
場所はこのベッドだろう。その姿を想像をすると、お腹の奥がキューッてした。
で、でもあまり、嫌な感じは……
「ま、メアが意外と無防備なのは、前から知ってだけどな。……それで? 何の用だ?」
「え…………しないのか……?」
だがシンに銃を返されて、オレは思わず聞いてしまう。するとシンは訝しげな顔をした。
「しないって、何を?」
「えっ、い、いやなんでもない! 用、オレの用だよな!?」
「そ、そうだけど……」
な、に、を! 考えてるんだオレは!
い、一瞬、そういうのも良いかななんて……確かに、あの時にシンに助けられたとはいえ……だからってわざわざシンに初めてを渡すとか、そ、そんな馬鹿なことを……!!
こ、これはそうだ。期待とかじゃなくて、諦めみたいなものだ……!!
というか、こんな奴のどこが良いんだよ!
護衛とか言っておきながら女に甘いし、周りにも綺麗な人が何人もいるし、その内何人かは、絶対にシンのことが好きだし……。
そ、それにこいつは目移りだってすごいするしな。
……まあ確かに、こいつには良い所も沢山あるし、こいつがいなかったらオレは最悪な人生を送っていたともは思うけど。
……でも、もう少し、オレのことをちゃんと扱って欲しいというか……な? そ、そりゃオレは男みたいな奴だけど、ちゃんと女として、それも今みたいな妹じゃなくて一人の女の子として見て欲しいとかは……ちょっとだけ、思ったりしないこともないかな…………?
「メア?」
「っ!? な、何か用か!?」
「いや、なんか顔が真っ赤になってたから……」
「えっ!? う、うぅ〜〜……う、うるさい! オレの用は、これを返しに来ただけだ!」
このまま見られているとオレの考えていることがバレそうだったから、オレは机に置いていたシャツをシンの顔に押し付けてやる。
洗うのは、帰ってからだ。シンの〈ストレージ〉に入れておけば、塩水で湿っていても腐るなんてこともないからな。
…………ん?
「えっ、あの、メア? なんかとっても、嫌な予感がするんだけど、この磯の香りのする布は何?」
「ぁ……あぁ……」
オレがさっきまで来ていたシャツを、シンの顔に押し付けちゃった……。
それだけ、それだけなのに……な、なんでこんなに恥ずかしいんだ……? な、なんかシンがオレの匂いを嗅いでいると思ったら、すごく顔が熱くなって……。
「まさか……メアが来ていた服なのか!?」
「っ! こ、この変態!!」
「理不尽すぎる!?」
オレの拳を避けながら、シンが悲鳴を上げた。




