三十四話:スイカ割りには危険がいっぱい
遅れました、すみません
「お帰り、二人とも! 話は聞いてると思うけどメアちゃん、今からスイカ割りするんだけど、一緒にしない?」
さっき遊びを断ったオレなのに、エミリアが親しく話しかけてきた。
答えは勿論「はい」なのだが、さっき断ったのもあって、少し答えるのが恥ずかしい。
「……肝心のスイカが見当たらないぞ」
だからオレは、話を少し逸らした。肯定の意味も込めて。
するとスイカを探していたオレの目に、ニヤニヤしているシンが映る。
なんというか、自慢げな感じだ。
「スイカなら、俺が持って来てる!」
そう言ってシンが〈ストレージ〉で生み出された亜空間への穴に手を突っ込んだのだが…………
「エミリア殿、何か嫌な予感がするのでござるが……」
「うん、明らかに、大きいよね……」
その亜空間への穴が、大きすぎる。
穴というよりむしろ、扉と言った方が近い。
オレでも簡単に通れるくらいの大きさ。どう考えても、普通のスイカを取り出すための大きさじゃない。
そして、オレたちの嫌な予感は的中した。
「よし、捕まえた! じゃあ今から見せるからな! それっ!!」
シンに引っ張られて出て来たのは、確かにスイカだった。
緑にギザギザとした黒の線が入った独特の皮は、どこからどう見てもスイカだ。
でもこれは、スイカじゃない。
いやシンがスイカって言って持って来てるのだから、多分スイカなんだろうが、オレはこれをスイカだとは思いたくない。
「つい数日前に捕獲した、超高級食材、スイカーくんです! あ、ちなみに変なことしなければ大人しいよ!」
その巨大スイカには、何故か真っ赤に避けた口があった。
…………。
……………………。
「おまえバカじゃないのか!? これ完全に魔物だろ! スイカに擬態してる魔物だろ!」
「いやいやメア。これは歴とした野菜だよ。ちょっと大きくて口があるだけの、何の変哲もないスイカだよ」
「口がある時点でもう十分に変哲があるからな!? あと大きさもちょっとの話じゃないからな!? 普通にオレより大きいじゃねえか!」
オレの言葉にエミリアたちもウンウンと頷いている。
だが、
「いえ、これはシンの言う通りですよ。私も初めて見ましたが……スイカーという、魔物に擬態した動くスイカがあるそうです。極稀に王都の市場に出回ることがあるそうですが、確か三秒で完売してしまうとか……」
「うむ、ここまで大きいのは妾でも初めて見るが……口触りが良くてとても甘く、その希少性も相まってかなりの高級品のはずじゃ。……いや本当に、お主はこれをどこで手に入れたのじゃ……?」
なんと一番物知りな二人が、このアホみたいなスイカを見て驚いているのだ。
まじかよ…………これ、本当にスイカなのかよ…………。
そうだと知ると、見た目はあれだけど、その分美味そうに見えてくる……。
「な、なあシンっ、これ、オレも食べて良いのか?」
「もちろんだよ。あ、あと気をつけることが……」
「これちょっと気持ち悪くないかにゃ?」
「なんか不味そう……」
「…………」
シンの表情が固まった。
「危ないですよ! スイカーくんは、人に食べられることを至高としています! 悪口を言ってしまうと、自分の力を見せつけてきますよ!」
「なんだよその謎の習性は! ……って、こっち来たぁぁ!!?」
お化けスイカが高速回転して、オレたちの方に……!!
というかこいつの名前が「スイカー」なのか「スイカーくん」なのかはっきりしないな!?
「これがスイカ割り……!! すっごい野蛮で面白いにゃ! それならまずはグラムかは割るのにゃぁぁ!!」
「待ってください! スイカーくんに近付くのは危険です!!」
「にゃ? ………ふにゃぁぁ!!」
「ああっ、お姉ちゃんの身体に、おっきな黒いのがいっぱい当たってる!」
「スイカの種を吐くのでござるか! ならば後ろから…………」
「ですから近付くのは危険でっ…………」
「はぁぁ!!」
すげぇ……紫苑が戦ってる所を見るのは久しぶりだけど、動きのキレがはるかに良くなってる……!
一瞬で後ろに回って、紫苑が袂から取り出したクナイで切り掛かった。
「……はっ! 現実逃避してた! えっと今どんな感じ……って、紫苑! それはまず──」
「なっ……刃が通らない……! っ、やば──がぁっ!」
完璧な不意打ちだったのに全く効かず、紫苑はスイカに吹き飛ばされた。
シンが魔法で何かしたのか、紫苑はグラムと違って気絶していないけど、何本か骨を折ったのか動けそうにはない。
「メアッ!」
そんなことを考えていたオレの耳に、シンの叫び声が。
その次の瞬間、オレは空に吹き飛ばされていた。
でも何故か、衝撃は感じなかった。
それは落下して、地面に落ちる時も同じで。
「大丈夫か!? メア! 怪我はないか!?」
「シ、シン…………?」
後ろから、シンの腕がオレを支えていた。
なんだか、変な感覚だ……。くすぐったいような、でもちょっと不思議と気持ち良いというか、嫌じゃないような…………。
それと、オレの胸に何か感触を…………え?
「…………」
恐る恐る自分の胸を確認してみると、何もなかった。
自虐とかじゃなくて、本物に、あるべきものがなかった。
具体的に言えば、オレの胸を覆っているはずの布が、なくなっていた。
スイカの種に掠ってしまっていたのか、それともスイカの高速回転にぶつかった時に切れたのか。オレの着ていた水着の肩紐が切れていて、ペロンと水着が垂れて、胸が露わになっていた。
でも、オレの胸はオレから見えない。何故ならそれは、
「あ…………」
シンの手が、オレの胸を隠していたからだ。
こう、包み込むようにして、オレの胸を優しく揉んでいた。さっきから感じていた不思議な感覚は、これだ。
「あ、いやごめん、気が付かなくて……!!」
……気が付かなかった…………?
ふ、ふーん……、そうか……へー、人の胸を触っておいて、気が付かなかったねぇ……。
っ…………!!
「ペタンコで悪かったな……っ!!!」
「ぐはっ!」
シンから離れて回し蹴りを放つと、シンがよろけて………そこに高速回転するお化けスイカがのしかかろうと飛び上がった。
シンの周囲にはお化けスイカの影ができているが、シンは避けれそうにない。
「シンッ!!」
オレが殴ったからだ……。
くそっ、銃さえあれば、あいつを助けられるのに……!
…………いや、違う! 銃がないのなら……。
間に合ってくれ……!
「ッ!!」
ぐっ、やっぱりすごい衝撃だ……。でも、確かに当たった。
今土魔法で作った銃で、あのお化けスイカを打ち抜く。
吹き飛ばせなくても、僅かな時間を作り出すだけで……。
「あ、危ねぇ…………サンキュー、メア」
お化けスイカが突然浮かび上がり、下からシンが出てきた。
その身体は…………無傷だ。まあ、オレに殴られた所は赤くなってるけど………。どうやら、ギリギリ間に合ったらしい。
オレのおかげで、助かったのだ。
「ど、どうだ! オ、オレだってやればできるんだ! へへっ、見たか、シン? あの一瞬で銃を作ってバーンって!!」
銃身は粉々になったし、体内の魔力もほとんど残ってないけど、オレにも魔法が使えたんだな!
ずっと使えないと思ってたからそれが嬉しくて、オレはシンに近付いて自慢したのだが……。
「おい、どうして顔を逸らすんだよ。こっち見ろ、こっち」
「いや、その…………」
頬を挟んで無理矢理顔をこちらに向けると、シンが気まずそうな顔をした。
なんだよ。そりゃ、さっき胸を触られたのは恥ずかしかったけど、別に今はもう怒って…………胸?
「あ、あのメアちゃん、その、言いにくいんだけど…………胸、大丈夫なの?」
明日は木曜日なので投稿お休みします。
「スイカー」……普段は温厚な性格だが、悪口を言われると高速回転して迫ってくる。回転時には刃も通らず、無類の対近接性能を誇る。近距離で発射されるスイカの種はあまりに凶悪的な威力を持ち、当たれば普通の人間は死んでしまう。
でもめっちゃうまい。私が料理人になったのも、王城ならスイカーをつまみ食いできると思ったからである。
『元ハンゲル王国宮廷料理人が選ぶ! 世界美味しいも大辞典!』より一部抜粋。(ネタです)




