十七話:大切なお話の前に
少し長くなったので分割して投稿
「シン! 大切な話があるの!」
エミリアは、開口一番そう言った。
「ど、どうしたんだよ急に」
俺の心臓はバクバク言ってる。
そりゃそうだろ? だって今から婚約破棄しようとしている奴が、急に部屋に入ってくるんだぜ?
まさか察知されて、実は後ろ手に包丁を……って、エミリアに限ってそれはないか。
紅くなっている顔を見るに、うん、俺に文句があるらしい。
なんだろうか。あなたの給料が少ないとかなら困るのだが……。
台所のお菓子をつまみ食いしたことは許してもらいたい。
「シン!」
「部屋中に記録用魔道具を設置したのは私ですが、それは防犯故であって決してそんなやましい理由があった訳では……」
「え、いや違うけど……。違うけど、後でお話ね」
「墓穴掘ったぁぁぁぁ!」
で、でも脱衣所とか浴室とかには仕掛けてないぞ!?
トイレにも、エミリアの寝室にも!
ま、まあ台所に五個くらい設置したけど……それはエミリアの料理風景を見たかったからであって……!
「没収です」
「そ、そんな……。まだ中身確認してないのに……」
だが、エミリアは無慈悲に確認用の魔道具を没収していく。
ああ……エミリアの料理風景……!
絶望感に浸る俺の前で「み、見られてたら私がシンを好きだってことが……あ、危なかったぁ……」と何やら呟きながら、エミリアが俺の部屋を捜索し始めた。
「む、これは何?」
「あ、ああ、それは王様に貰ったアルバム。エミリアと俺の小さい頃の写真が……」
「い、いいい一緒にお風呂入ってる!?」
「ん? 別に小さい頃だからおかしくはねえだろ」
魔道具に撮っておいたものを、俺が何年後かに現像してたものだ。
現像した時に魔道具からデータが消えたから、この写真でしか見ることはできないレアもの。
一糸纏わぬ姿とは言え、九歳の頃。それもエミリアが乱入してきた時、エミリアのメイドが撮ったものだ、
誇らしげに魔道具を渡してきたから、とてもよく覚えている。
流石に九歳児の身体に興奮するほど俺は堕ちたつもりでは……あ、でも、これがこうなったと考えると興奮する…………。
……やばい、このままじゃ前屈みにならなければいけなく……!
チラッとエミリアの方を見ると、顔を真っ赤にして写真を食い入るように見つめている。
な、なんかもっとやばい写真があったのか?
俺がエミリアを押し倒している写真とか……。
「エミリア?」
「み、みみみ見てないから! た、偶々目に入っただけで……と、とにかく! こ、これも没収です!!」
「そ、そんなぁ……!!」
割と本気の叫びだった。
エミリアが、アルバムを俺の部屋の机に置く。どうやら、あそこに置かれた物は没収されるらしい。
「そっか……私たち一緒に入浴してたよね……」とか呟いているけど、どういうことだ?
「シン。この手紙は?」
「え? それはエミリアからのラブレターだな」
「ラ、ラブラター!?」
「ん? これも小さい頃の話だぞ?」
中身は今でも覚えている。
「シンへ。わたしがシンを好きになったのは、いつだかわかりません。はじめてあった時、湖で助けてくれた時なのかもしれません。でも、夜寝る度にシンのことを思い出して幸せな気もちになります。メイドの人に聞いたら、これが好きということ──」
「ストップ、ストッォープ!」
硬直状態から抜け出したエミリアが、俺の言葉を遮った。
随分遅かったな、と思ったが、どうやら中身を読んで正確かどうか確かめていたらしい。それで、一語一句間違えなかったから止めに入ったと、そんな感じか。
「よ、よくこんな昔の覚えてるね……」
「まあ、何せ人生三回目のラブレターだしな」
「三回目?」
「一回目は近所の子供。二回目は師匠だ」
近所の子供って言っても、まあ日本での話だ。
師匠のは、ラブレターではない気もするが……受け取る側がどう取るかが重要なんだろ? 師匠と死別して荒んだ心の応急処置として、あれをラブレターだと考えるしかなかったんだ。
エミリアはしばらく「う〜……う〜……」と唸っていたが、やがて一つ長い息を吐き、手紙を元の場所に戻した。
そして、隣に飾ってあったペンダントに目を止める。
「あ……これ……」
「木彫りのペンダントか……うん、まあ」
「……持っていて、くれたの?」
「…………み、見れば分かるだろ」
「…………えへへ」
エミリアが見つけたのは、手紙の隣に飾っていた木彫りのペンダント。
削りも荒く、俺の美術センスが低いせいで何を作ろうとしたのか分からないのだが、その前衛的な首飾りは小さい頃エミリアが作ってくれたものだ。
(そんな大切なもの、捨てる訳ないだろ……)
でも、エミリアは俺が持っていたことが嬉しいようで、少し恥ずかしそうにはにかんでいる。
部屋に来た時は何事かと思ったが……俺の部屋の捜索なら別に構わん。
見られてヤバイものは〈ストレージ〉に入れてあるしな。
例えば師匠からの手紙。あれは、あの魔法陣が俺以外の奴にどんな効果を及ぼすか分からんから、専用の〈ストレージ〉に仕舞ってあるし。
「シンの部屋って、物がないんだね……ほとんど本」
「まあ、鞄とか必要ないしな」
捜索を続けながら、エミリアが言う。
日常的に外で使うものは、ほとんど〈ストレージ〉に入れている。歯ブラシとかは洗面所……と言ってもエミリアと共通なんてことはないからな? 勿論別々だ。
この部屋にあるのは、服とかの日用品と、部屋で使うものくらい。
「……えっと、机の中は見ていい?」
「ん〜〜、大丈夫だ」
二段底の下に、エミリアが気付く訳ないしな。
二段底の存在に気付くのは、そういう隠し方があると知っている奴だけだ。
「教科書も紙もないけど〈ストレージ〉の中?」
「ああ、部屋で勉強する時は、その都度出してる」
日本では、教科書の整理が苦手だったが、〈ストレージ〉があるこの世界ではむしろ得意な部類にあるかも知れない。
というか、〈ストレージ〉有能すぎる。習得難易度がエゲツないから普通の奴は攻撃魔法とか選ぶけど、二年くらいこの魔法のためだけに費やした価値はある。
あ、いや、魔力量が多くないと、そもそも内容量が限られてしまうのか。そして、魔力量が多い奴は攻撃や回復などの魔法を取る。
この魔法を使う奴が、俺以外にほとんどいない訳だよ。
「……怪しい……ここだ、えいっ」
「いやいや何も怪しいことなんかぁぁぁぁ!」
二段底に気付いた、だと……!
可愛らしい掛け声だが、俺へのダメージば甚大だぞ!?
「な、なんでその存在に……」
「そ、それは…………(私もあのノート隠すのに使ってるからなんて言えないよ……)」
理由がない……まさか勘なのか!?
お、王女の、勇者や賢者の血を引く一族を見誤っていたのか俺は……。
「そ、それはともかく! これは何!?」
エミリアが手に持つのは、記録用魔道具によってこの世に切り取られたワンシーン。
まあ、つまり写真だ。
いやぁ、カメラを作るのには苦労した。記録したものを印刷。記録が魔法によるものだから、印刷も魔法でしなければならない。
一枚現像するのに膨大な魔力を必要とする上、制作するために必要な素材が、ドラゴンの皮やらミスリルやらで頭おかしいことが難点。
加えて、作るのに協力してくれた奴がこんなの二度と作れないと言うくらいに、制作者の技量を必要とする、らしい。
カメラ自体、魔術付与品として迷宮から産出されるものだし……人工的に作ることが出来れば、それはもう儲かると思ったのだが……そう上手くはいかないか。
まあ、そんな自作カメラで撮った写真が、俺の二段底の下にはあった。
「な、なんで私やレイ先輩の写真ばっかりなの?」
「あー、いやー、そのー……」
心が動いたものを撮っている内に、気付いたらこうなっていたなんて言えない。
ま、まあ入学式を撮影するのは当たり前だよな?
実はあの時、リーシャさんに頼んで撮ってもらっていたんだ。
頼んだ時、めっちゃ微笑ましい顔をされたのは何故だろう。
ちなみに、リーシャさんは写真撮るのが上手でした。
「あ、これって昼の……」
「どれどれ? っあー、それな」
エミリアが目を止めたのは、俺がエミリアを白い羽から守ろうとした後、離すのを忘れて抱き締めている写真だ。
俺が動揺していない理由は簡単。リーシャさんに貰った時に動揺し切ったからだ。どっから撮ってたんだあの人。
「へ、へー……これも撮ってたんだ……」
「欲しいならやるぞ?」
「へ?」
驚くエミリアに、俺は〈ストレージ〉から一枚取り出して渡す。
動揺しまくって、三枚くらい余計に現像してしまったのだ。
「あ、あり……がと……大切にするね?」
「いや……大切にされても困るんだが……」
なんだろうか、セクハラの証拠写真として提出するのだろうか。
そんな、好きでもない奴から抱き締められる写真、見ていて楽しいものではなかろうに。これが、男子と女子の考えの違いって奴なのか?
デートにファミレス提案すると鼻で笑われるあれか?
いや、俺は彼女いたことないから知らんけど。
「うん……こういうのなら、別に持っていてもいいかな。あ、でも次からはちゃんと言ってね? それに、レイ先輩のはちゃんと本人に確認を取ること」
「ああ、次からは盗撮したってちゃんと伝える」
「する前に伝えて!?」
駄目だコイツ……みたいな目をしていたエミリアだが、やがてクスクスと笑い始める。
クスクス笑いって嫌いだけど、エミリアのこれはいいな。なんか安心する。
「ふふ、冗談はここまでにして……」
「ああ、大事な話だろ?」
「うん」
写真を二段底の下に戻し、俺の隣に腰掛けたエミリアが真剣な顔をする。
「そのことなんだけど……」
「なんか、やけにスムーズですね」
「ふえっ!? た、偶々だよ!」
そうか……。
俺のベッド座る動作に一切の淀みがなかったから、少し気になったんだけど……男のベッドに座ることへの気恥ずかしさも忘れる程真剣だったのか。
水を差して悪いことしたな……。
「本当に偶々だからね? シンのベッドに座るのに慣れてるとかじゃないからね?」
「分かってる。分かってる。俺が悪かったって」
「分かってるなら良い……いや良くはないけど」
「???」
どっちなんだ?
こんなどっちが正しいのか迷うのなんて、中学に上がった時、小学校の友達の女子から「シン君のクラスに可愛い子がいるんだよね?」と聞かれた時以来だ。
いや、あれは本当に焦った。肯定するべきか、否定するべきか……。
それは兎も角エミリアの話だ。
俺が真剣な顔でエミリアを見ると、エミリアは俺からそっと目を逸らした。
ちょっとショック。そんなに俺が真剣な顔をするのが変だったのか……。
笑いを堪えているのか、少しだけ顔が赤い。
「不意打ちだよ……」
「なんか言ったか?」
「言ってない! 何も言ってない!」
「そ、そうか」
「そう! あと、そんなことより大切な話!」
あまりにも話の腰を折られすぎて、エミリア王女は少しお怒り気味だ。
「…………」
「…………」
先に口を切ったのは俺だった。
「それで、大切な話って?」
「……うん、そのことなんだけど……シン。私のことをどう思ってる?」
…………え?
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