三十一話:直視できない
「…………一体何があった」
シートを広げたり、パラソルを広げたり準備をしていると、頭から爪先まで全身ビショビショの姉妹が帰ってきた。
服が身体に張り付いていて、マリンちゃんはともかくグラムは目のやり場に困る格好だ。
二人とも、何やら興奮冷めやらぬ表情。
「マリンと二人で少し深いところまで行ってたら、急に沢山の水が来たのにゃ!」
「きっと魔物の仕業だよ、お兄ちゃん!」
「それはきっと、大波が来たのでござるな」
「「おーなみ?」」
息ピッタリに、首を傾げる姉妹。
大森林に住んでいたせいで海を見たことがない二人の可愛らしい疑問に、思わず笑みが溢れてしまう。
「波だよ波。聞いたことくらいはないか? ほら、海と陸の境界線がずっと近付いたり遠ざかったりしてるだろ? あれは波のせいなんだよ」
「本当にゃ。侵略したり侵略されたりしてるな……でも、なんで勝手に水が動いているのにゃ?」
「えっと、それは…………」
説明はできるけど、月の引力とか言っても理解できるか……?
グラムはなんとなくで理解してくれそうだけど、マリンちゃんはチンプンカンプンだろう。
というかそもそも、この世界の人間が波の原理を理解しているのかも怪しいしな……。
「そういうものって考えておけば良いよ。それより二人とも、もう手遅れかも知れないけど水着に着替えできたら?」
「あ、三人とも着替えに行くの? なら丁度準備も終わったし、みんなで遊ぼう!」
救護用に設営したテントからヒョッコリ顔と腕だけを出して、エミリアが海を指差した。
そうだな、確かにもうやることはない。普通なら周辺の魔物の調査とかは必要かも知れないけど、ここは王族が別荘を持つプライベートビーチ。心配しなくて良いだろうし。
「お姉ちゃん、早く着替えよう!」
「ちょっも待つのにゃマリン! ちゃんと更衣室に行ってから着替えるのにゃ! シンがいるのにゃ!」
「でもお兄ちゃんとは時々お風呂一緒に入ってるよ?」
「えっ…………?」
…………また別の心配は必要かも知れないが。
♦︎♦︎♦︎
「すごいなぁ、海って……」
先に着替え終えた俺は、みんなを待つ間海を凍らせようと頑張っていたのだが……駄目だ、溶ける方が速い。
適当に計算してみたら行けそうだったんだけどなぁ……自然の力的なものが本当にあるのかも知れないな、これは。
「お待たせ、お兄ちゃん! 何やってるの?」
と、海に足を浸けて魔力を無駄使いしていると、やはり最初に来たのはマリンちゃんだった。
海が楽しみすぎて、みんなの着替えを待たずにやってきたのだろう。
着ている水着は何故か紺色のスクール水着だが、それがマリンちゃんにとても似合っていた。
ちなみに名札はない。当然か。
「ちょっと暑いから水を冷たくしてた」
「そうなの? あ、本当だ!」
俺の側に来て、楽しそうに水をパシャパシャと蹴るマリンちゃん。
危ない危ない。これが一般的なビーチだったら、さっそく衛兵さんに話しかけられていたな。
と、俺が頷きながら自分の周りを走り回るマリンちゃんを眺めていると、
「おーい、シン、マリンちゃーん。二人ともお待たせー!」
「あ、お姉ちゃんたちも来たよ!」
少し遠くからみんながやって来た。真ん中でエミリアがこちらに手を振っている。
マリンちゃんと一緒に手を振り返すと、何人かが走ってきた。レイ先輩とキラ先生、メアはゆっくりと歩いていたが。
「紫苑は、結局あれにしたんだな」
「はい。ですが、細部は結構違うのでござるよ?」
そう言ってクルリと回る紫苑。
紫苑が着ていたのは、俺が最初に紫苑に着せた方。着物をイメージした水着だ。だけど確かに、細部が違う。
和服の柄も紺色で、紫苑の白い綺麗な肌が映えるようになっているし、露出も少しだけ増えている。俺が渡したものは袖の部分が取り外せなかったが、紫苑が今着ているものは取り外し可能で海にも入れるようだ。
「グラムは……」
「ま、待つにゃ! 何も言わないで欲しいのにゃ」
グラムの水着は、多分黒色のビキニタイプの水着だと思う。
思うというのは、水着の上に白い薄手のシャツを着ていてよく見えないからだ。
湖の時とは違って恥ずかしそうにしているグラムの姿は新鮮……というか多分初めてじゃないか? でもグラムに止められているので、俺には何も言うことができない。
なので俺は、マリンちゃんに耳打ちをしておいた。これなら、後でマリンちゃんがグラムに伝えてくれるだろう。
「にひひー、行こ! お姉ちゃん!」
「そ、そうにゃね! 行くのにゃ!」
マリンちゃんに手を引かれて走っていくグラムを見送り、俺はまたエミリアたちに視線を戻した。
のだが……
「?」
実は俺はさっきから、一つのことを意識していたのだ。
だが今さっきグラムにほっこりしてしまったせいで、それを完全に忘れていた。
率直に言えば、見ないように、慣れるまで直視しないようにしていたエミリアの水着姿を目にしてしまった。
「どうしたの、シン?」
「いや……」
特に目を引くような格好ではない。
むしろエミリアの格好は、そこまで露出度の高くないビキニタイプの水着の上にパーカーを羽織った姿。この中でガードが一番高いとも言える。
だけど、何故か俺はそれを直視した瞬間、喉の奥が張り付いてしまったように声が出せなくなったのだ。
「もしかして、変かな……?」
「い、いや……何も問題ないです……」
どうしてだ!?
確かに肌はいつもより見えているけど、それなら俺が風呂に乱入した時の方がもっと露出は多い……いや確かにあの時も焦ったは焦ったが、今回はもっと違う恥ずかしさだ……。
なんというか、普段以上にエミリアが綺麗に見える!!
「シン、顔が真っ赤なのです」
「っ……!」
晒した顔を下から覗き込むようにして、雪風が俺の目をジッと見てきた。
急なことで、俺は思わず後ろに逃げようとしたが……
「シン殿!」
浅いとは言え、海の中だというのを忘れていた。
思うように後ろへ飛ばず、俺は丸い石の上に足を乗せてしまい、そのまま足だけ後ろへ滑って行く。
そして、誰かを巻き込みながら前に倒れて行く俺。
「だ、大丈夫でござる?」
「あ、ああ……ありがとう……」
すぐ近くで、紫苑の声がした。
前に倒れる途中に目を閉じてしまったので分からなかったが、どうやら紫苑の方へ倒れ込んで行ってしまっていたらしい。
「ご、ごめん紫苑! 今立つから……」
「いえ、シン殿……」
「シオンじゃないですよ?」
慌てて立ち上がろうとした時、後ろから雪風と紫苑の声が聞こえた。
後ろから。じゃあ、今俺の下にいる人は誰だ?
紫苑でも、雪風でもないとすれば……。
俺が恐る恐る目を開けると、
「あ、シン…………」
恥ずかしそうに目を逸らすエミリアの顔が、俺の両腕の間にあった。
水着詳しくなくて調べてみたんですけど、かなり種類あるんですね……。何故かスクール水着はありませんでしたけど。(何故だ! スクール水着だって立派なファッションだろ!)←違う




