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三十話:盲点

 

「お姉ちゃん、飛んでる! マリンたち飛んでるよ! 街があんなに小さいよ!」

「うひゃぁ! やっぱり空は気持ち良いにゃねぇ! あ、マリン、ちゃんと気を付けるのにゃよ?」


 初めてキラ先生の背中に乗って空を飛び、興奮しているらしいマリンちゃん。

 キラ先生の背中ギリギリまで移動して、下を覗き込んでいる。

 それを後ろからグラムが支えながら、風を浴びている。


 そしてそれを微笑ましく眺める俺たち……とは行かず、


「お、落ちないよな……? だ、大丈夫なんだよな……?」


 空を飛んでいるのが怖いのか、メアはあぐらを描く俺の脚の上に対面になるように座って、さっきから俺の胴に腕を回して抱き付いて離れないのだ。

 それどころか、俺が少し動く度に、


「キャアッ! お、おい……う、動いたら落ちちゃうかも知れないだろ……や、やめて、くれよ……なぁ……」


 涙目になって、さらにきつくしがみついてくる。

 だと言うのに俺がそれを指摘すると、


「っべ、別に怖くなんかない! こ、これはおまえが怖いだろうから、オレが一緒にいてやってるだけだ! ほ、本当に怖くなんて……ヒャァ!」


 怒ったように否定するのだが、ちょっと揺れたり強い風が吹いただけで、また俺にギュッとくっついてくる。

 そして気が付いたのだが、この時のメアは頭を撫でられようが背中を撫でられようが、無抵抗。されるがままなのだ。

 いつもならちょっと頭に触れるだけで真っ赤になって怒ってくるのに、今は頭を撫でると顔を俺の胸に擦り付けてくる。

 お化けに怖がる幼い子供に、「怖くないよ〜」って言ってるみたいだな。


「メア、空は気持ち良いぞ。普通の人が到達できない場所なんだから」

「そ、そんな所、人間が居て良い場所じゃないだろ……。だって……」

「落ちるのが怖いか?」

「…………そりゃ、当然だろ。落ちたら死ぬんだし……」


 メアは高所恐怖症なのだろうかと思ったが、よくよく考えてみれば、雲のすぐ近くを剥き出しの状態で飛んでいるのだ。

 バランスを崩せば、真っ逆さまに落ちて行く。高所恐怖症関係なく、怖いと感じるだろう。


「エミリアたちは、どうして怖くないんだ?」

「んー、なんでだろ。落ちるのは怖いけど、落ちないって分かってるからかなぁ?」

「魔術師や魔法士は、飛行系の魔法を習得している場合が多いですからね。慣れています」

「雪風は、落ちてもシンの身体の中に入れば良いだけなのでそもそも何も怖くないのです」

「拙者は……バランスを取るのには慣れてありますから。それに、たとえ落ちたとしても、シン殿かキラ先生が助けてくれます故」


 メアは戦士じゃないし、魔法が使えるわけでもないからな。

 確かに、一番落ちやすい、落ちた時に一番危険なのはメアかも知れない。

 そんなことを考えていると……


「ま、要は慣れじゃ。ほれ、慣れて来い」

「へっ!?」


 気付けば俺とメアの身体は、空中にあった。

 キラ先生が、俺たちだけをどうにかして降ろしたのだろう……って、今は冷静に分析している場合じゃない……!

 まず俺は、状況を理解できていないメアを、落とさないように強く抱き締めた。


「キラ先生! 死んじゃいますって!」

「大丈夫じゃろ、あやつなら」


 俺たちは行き先を知らないんだ、キラ先生から離れたらまずい……。〈飛翔〉を使って、追いかけなければ……。


「本当だ! 〈飛翔〉でちゃんとついて来てる!」

「ちょっと面白そう、なのです」

「雪風ちゃん? あ、雪風ちゃんが!」

「大丈夫でござるか、シン殿! メア殿!」

「シンも驚いてますね。まあ突然、背中に人が現れたら驚きますか」


 なんで雪風が背中に……!? 


「すごいね、お姉ちゃん……。こんなお空でいつも通りだよ……」

「むしろあれがいつも通りであることがすごいにゃ」


 ♦︎♦︎♦︎


「海にゃー!」

「すごーい、広ーい!」


 大森林出身で海未経験の二人は、ビーチに着陸したキラ先生の背中から降りると真っ先に、海に向かって走って行く。

 初めて見た海に興奮しているのか、まだ水着ではなく普段着だというのに、お互いに水を掛け合ったりしてはしゃいでいる。


 波長が合ったのか、意外と仲の良いメアとレイ先輩は、まず最初にシートを広げたりしやすい場所を探している。紫苑も二人の手伝いだ。


 メアは、あの荒療治が功を奏したのか、途中から空を楽しんでいて、今ではもうすっかり完全復活。あの、何かある度に俺に抱き付いて来ていたメアはもういない。


 キラ先生とエミリア、雪風はここに残った。


「この場所こそが、この面子では目立つから人の少ない場所が良いというお主の要望に答えたビーチじゃ。どうじゃ? 中々悪くなかろう?」

「そっか……その手があったよな……」


 ドヤ顔するキラ先生に、俺たちは敬服するしかない。

 何せ、今の今まで誰も気が付かなかったのだから。俺とエミリアでさえ、その場に着いてから分かったくらい。

 そう、この場所は……


「王族のプライベートビーチじゃな!」


 人が少なく、綺麗な海が望める場所の代名詞とも言える、プライベートビーチであった。


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