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十六・五話:秘密のノート

本来ならシンの回想ですが、その前にエミリアの話を。

 

 ──俺は。俺は今日、エミリアとの婚約を破棄する!


 その日の夜、俺は自分の部屋で密かに決意をした。

 本当は、護衛つまり従者である俺が主人であるエミリアに口答えなどしてはいけないのだが……まあこれはあれだ。主人を諌めてるのだと考えよう。

 そうじゃないと、今から恐怖で吐きそうなんで。


「告白する前の奴ってこんな気持ちなんだろうか……」


 大事な所でヘタれる鈍感主人公の彼らに、俺はいつもニヤニヤしながら発破をかけていたのだが、今は彼らの気持ちもわかる。

 彼らも命の危機を感じて……うん、違うな。

 命懸けの告白とか、「ちょっww」って感想しか湧かん。ところで、あの"w"って何? 


「まあ、何はともかく行動あるのみですか」


 横になっていたベッドから身体を起こし、エミリアが夕飯の支度をしている台所に向かおうとした時だった。


「シン! 大切な話があるの!」

「エ、エミリア!?」


 ノックの音が響いた直後。

 俺の部屋にエミリアが入ってきたのだ……。


 ♢


「や、やっぱり迷惑だよね……」


 夜ご飯の支度をしながらも、私の頭にはこの考えばかりが思い浮かぶの。

 ま、まあ、シンについて考えているって意味なら別にいつも通り……


「って、ち、違うから! ……あっ……」


 シンに聞かれていないかと思って、思わず振り返って否定するけど、今はシンがいないことに気が付いて、なんか顔が熱くなってきた……?

 えっと……シンの侍女のリーシャさんに聞いた話では……これは照れてる証拠だっけ……?

 でも、シンと話している時とはなんか少し違うような気もする……。


「えっと、問題の解決には必ず幾つかのピースが必要、だったよね? 今はピースが足りないから分かる筈もない? ……ピースってなんだろう?」


 昔、シンに聞いた言葉を思い出して、顔が紅くなることの違いについて考えることをやめたけど……そういえばピースってどこの言葉なんだろう?

 意味は教えてくれたけど……どこの言葉かは教えてくれなかったんだよね。

 執事の方や侍女のみんな、騎士団の人たちも知らなかったみたいだし……やっぱりシンは物知りだなぁ。

 他にも、やまとだましい? とか。おーるおっけえ、とか。はつもうでっていうのは、確か極東の国の文化だったと思うけど……。

 あ、そういえばシオンちゃんは天照国出身なのかな? あそこまで綺麗な黒髪と黒目だし。

 そう言えばシンも同じで真っ黒だし、やっぱり二人とも天照国出身なのかなぁ?

 なんか二人、すっごい仲が良さそうだったし……。


「と、いけない! 料理の最中だった!」


 慌てて魔道具の火を止めて、お鍋の中を恐る恐る見る。

 ……あ、良かった……。失敗していない。


「えへへ、シン、喜んでくれるかなぁ?」


 二年くらい前に東国の料理を食べる機会があったんだけど、その時のシンはすごい嬉しそうだったんだよね。

 その時からいつか作ってあげたいと思って、シンに隠れて練習してきたんだけど……えへへ、こんな形で願いが叶うなんて本当に夢みたいだよ。


 これはミソ汁って呼ばれるもので、作り方も簡単だから私が一番最初に挑戦した料理なの。

 あの時は料理なんてよく分からなかったから、みんなすっごく心配してたなぁ……。具材を切ろうと包丁を持つ度に、小さな悲鳴が聞こえていたし……。

 ま、まああれは、シンが時々降ってた木刀の真似をして、「えいやぁっ!」って両手で切ろうとした私が悪いんだけど……。


「…………うん、大丈夫!」


 小皿に少しだけ取って、味見をする。

 すぐに、並行して作っていた他の料理も全て終わらせて、これで晩御飯の仕度はできた。


「よし、完成!」


 テーブルに並べて、我ながら満足な出来!

 ちょっと、焦げちゃった料理もあるけど……ま、まあ許容範囲内ってやつだよね!


「シンー、ご飯出来た……あ」


 明日、山へ行くための準備をしているシンを呼ぶ。

 呼ぼうとしたんだけど……その時あることに気付いちゃって、両手で顔を覆うことしか出来ないよ!


 私がお料理作って、シンが仕事の準備をする。

 ん〜! こ、これってなんか夫婦みたいだよ……!


「で、でも私たちは婚約してるから……!」


 婚約と結婚は違うって少し前にシンに言ったけど、お互いがお互いのことを好きなら婚約も結婚も同じことだよね……!

 だ、だってシンは、レイ先輩との試験の後、私のことが好きかも知れないって言ってくれたし!

 わ、私は勿論、ずぅーっと前からシンがす、すすすす……き、気になっていたし!


「うひぁ……! 夢みたいだよぉ」


 で、でも妻としてここでしっかりしなくちゃダメだよね! つ、妻として!


「あ、で、でも、私シンに迷惑かけてばっかり……」


 これは妻とかじゃなくて、人としてダメな所だよね。

 シンは頼ってもらえて嬉しいって言ってくれるけど、私がシンに寄りかかりすぎるのはやっぱりダメだよ。

 お父さんも言っていたけど、関係を良くするには支え合いこそが大切なんだよ。

 友達だろうと、ふ、夫婦だろうと、支え合いがないのなら、それは一人でいても関係ないってことだから、やっぱり私もシンに頼られるようにならなきゃ!


 で、でも私がシンに頼られるってことは、シンに出来なくて私に出来ることが必要だよね?

 それか、シンが私にして欲しいことを、私がしてあげること?


「で、でもシンは何でも出来るし……」


 氷の魔法なら、シンよりも私の方が上手かも知れないけど、氷の魔法を使う時ってすごい限られてる。

 それに、もし戦いになれば私が氷の魔法を使う前に、シンは相手を倒しちゃうし……。


 こうしてお料理を作るのも私がしたいからで、シンだってお料理を作るのは上手。昔は師匠に作ってあげてた、みたいなことを言っていたから、人に食べさせてあげるのでは私より上かも知れない。


「ど、どうしよ……! シンがすごすぎて私何もできない……!」


 王女としての権力はあるけど、それを使うのは当然最後の手段。

 というのも、それを使ったら私は国の政治に巻き込まれる。

 今は私が何もしないから、みんな私を政治に関わらせないけど、もし私が権力を使えば……まず最初に、シンが私の護衛を辞めされられる可能性が高い。

 今はお父さんがシンを私の護衛として付けてくれているけど、私が政治に関わるようになれば、お父さんも私に関することで口出しができなくなっちゃうから。


「もう、シンが私にして欲しいことしか……」


 シンの望み……シンの望み……。

 シ、シンも一応男の子だから、やっぱり私の身体とかに興味があるのかな……? 異性の身体に興味を持つのは当たり前だって、リーシャさんも言ってたし……。

 でも、身体に興味を持つってどういうことなんだろう……。

 ……あ、そういえばリーシャさんに、困った時はこれを読めってノートを貰ったんだった!


「やっぱり今読むべきだよね……! あ、その前にご飯が冷めちゃうから……えいっ」


 部屋にノートを取りに戻る途中、シンに教えて貰った魔法を使う。

 何故か分からないけど、これを使うとご飯が冷めなくなるの。あと、魚とかお肉とかも腐らなくなるの。私が使った時、シンが白目剥いて気絶したけど何でだろう……?

 シンはこれが使えないみたいだけど、絶対人前で使うなって真剣に言われたから、これでシンを助けることも出来ないんだよね……。


「お、あった」


 部屋に戻った私は、自分机の中に閉まっていたノートを取り出した。

 すぐに読もうと思ったけど、ちょっと一瞬考えて、深呼吸をしてから読むことにした。

 ここに答えが書いてありますように……!


「『男の子の喜ぶこと』……? や、やった!」


 丁度私が知りたかったことだ!

 これを読めば……!


 逸る気持ちを抑えて、ページを捲ると……


「!?!?!?」


 リーシャさんの上手な絵と一緒に、セリフ、そして説明が書かれていたんだけど……。

 その……その絵が……私とシンにそっくりで……。

 な、なんか私がシンに、その……。


「な、なんでシンを足で踏んでるの!?」


 シンも私も何故か嬉しそうな顔をしているし……せ、説明を読まなきゃ訳が分からないよ!

 下のセリフに目を向ける。


『ここが良いの? ねえねえ、ここなの?』

『もお……駄目だよ? そんなにぃ、よ・ろ・こ・ん・じゃ!』


 説明を読んでもわからないよぉ……。

 踏まれても痛いだけだよね? 痛いのが嬉しいの?

 よくわからない……。


『まあ、多分シン様はドMじゃないのでやらない方がよろしいかと』

「…………よ、良かったぁ……の、かな?」


 ドMって言うのはよく分からないけど、次だよ、次!


「? なんで私が首輪を……?」


 首輪を付けて犬みたいに座った私がシンに頬ずりをしていて、少し困った顔をしたシンの手は私の首輪から伸びるリードを握っていた。

 私、本当に犬だ……。

 ……でも、この私、頬ずりできていいなぁ……。私だと、恥ずかしくてそんなこと中々できないし……。首輪はよく分からないけど……。


『王妃様に止められたため、ここのセリフはございません。誠に申し訳ありません』


 あ、お母さんに止められたんだ……って、あああ!

 そ、それってつまりお母さんが、このノートを見たってこと!?

 私がシンのことを好きだってことが。お父さんだけじゃなくお母さんにまで!?

 ううう……シンと学院に行く話になった時のあの視線は、つまりそういうことだったんだ……。


『個人的にしっくりきました。シン様も確実に少しばかり喜びを感じるかと』

「そ、そうなのかな……? な、なら一応これは候補に入れておこっと……」


 シンは猫が好きみたいだから、猫の格好をすればもっと喜ぶかな!? ふふん、リーシャさんの考えをそのままやる私じゃないんだよ!


「えっと次は……って、なな、ななな……!」


 ベッドに座るシンの膝の上に私が乗って、私の頭をシンが撫でてくれている……!

 リーシャさんの描く絵が上手すぎて、本当に私がされてるように感じるよ……! な、なんか頭が幸せに……!

 頭を撫でられている私は、恥ずかしがりながらも、どこか幸せそうで……って、リーシャさん本当に絵が上手!


 今回はセリフもあった。


『シンがしたいのなら、私は別に構わないけど……』

『あ、頭を撫でるくらいなら猿にだって……ふ、ふあ……ふにゃぁ……っは! ち、違うからね!』

『心頭滅却心頭滅却、これくらいで私の怒りは収まったりしな……ぃ…………えへへへ』


 …………ノーコメントで。

 で、でもシンはレイ先輩とかキラ先生とか、身体の小さい子が好きなんだよね……。シンが気に入っていたグラムちゃんも、私より少しだけ背が低いし……。うう、私どうして成長しちゃったんだろ……。

 小ちゃいままだったら、今頃シンと仲良くなれたのかな……?


『もっと小柄だったらとか思っていませんか? 安心してください。シン様が少しだけ身長が高いため、エミリア様でも可能でしょう。案外、エミリア様がされたいのでは?ニヤニヤ』

「〜〜〜〜!」


 こ、これも勿論候補!

 顔が紅くなるのを感じながら、ページを捲ると……


「ふにゃ!!」


 わわ、私とシンが、一緒にお風呂に……!?

 た、タオルは巻いているけど、そういう問題じゃないよ……!

 お風呂の椅子に座ったシンの大きな背中を、私がタオルで洗ってあげている絵なんだけど……なんか見ている私が恥ずかしく……あと、なんかの胸の奥がこう、キュ〜ってなってる……。

 絵に描かれた私の表情は、どこか切なげというか、何かを我慢しているように見えた。

 後ろからだとシンの顔が見えないから、シンがどう思ってるのか分からないけど……これでシンは喜ぶのかな?

 ……これって、普通の貴族の人が侍女にやらせる奴だよね?

 私がシンに仕える……? 

 あ、下にセリフが書いてある。


『ごっ主人様っ! 気持ちいいニャン?』

『も、もう……アンタだけだからね、私がこういうことするのは……べ、別にアンタのことが特別だとかそんな事実はない!』

『なんか、頭がポアポアするぅ……』


 い、言えるわけがない……!

 他にも色々セリフがあったけど、どれも同じようなもの。全部私が言える言葉じゃない! 

 そして、セリフの下には、初めて見る文が書いてあった。


「『これのさらに上がこちらに』?」


 説明はその一言だけで、その下にページ数が書いてあった。

 ……このページに、もっとすごいのが?


 恐る恐るそのページを見てみると……


「な、なんでタオルを取ってるの!? 私!」


 あまりの光景に、思わず声を上げてしまう。

 さっきまで着ていたタオルは白いタイルの床に広がっていて……しかも、


「それに、これじゃ胸が……」


 描かれているシンとの距離はゼロ。

 ピッタリと後ろから密着していて、私の胸がシンの背中で潰れている。

 こ、これじゃまるで胸で洗っているみたいに……ま、まさかこれが……!?


「ぁ……ああ……ぁう……」


 顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。

 ゆっくりと下に目を向けると……やはりそこにはセリフがあった。


『こ、これは事故だからぁ! 後ろみちゃダメェ!』

『あ、あのね? これは偶々でね? その、私がしてみたかったとかそういう事実はないから。離すけど絶対後ろ見ないでね?』

『シ、シンが悪いんだよ? シンが私にヤキモチ妬かせたから……』


 もう、何も喋れないよ……。

 なんで、なんでこのページだけ私が言いそうなことばかり……!

 わ、私は勿論こんなのはできないからしないよ!?


「……はあ、はあ……」


 お、驚き疲れた……。

 も、もう最後のページだけ見て今日は終わりにしよう……。


「あっ……」


 震える指で最後のページまで一気に捲ると、間に挟まっていたらしい紙が落ちた。

 それを拾ってみると……


「これって……」


 それはこれまでの、よく分からないけどついつい目を向けてしまう絵とは違った。

 一度目を向けた私は、もうその絵から目が離せなくなっていた。


「デート、だよね……」


 それは、私とシンが二人仲良く手を繋いで街を歩いている絵。

 シンの手には買い物袋が握られていて、一見すると私がシンに頼っているように見える。

 だけど……絵の中の私もシンも、すっごい嬉しそうで……。こうして、シンと暮らすっていう夢を叶えた私でも羨ましく思ってしまう程、絵の中の私はとても幸せそうで……。


「そういえば、シンは……」


 ふと、シンが昔言っていた言葉を思い出した。

 まだ、私が料理の練習を始める前。

 シンが、自分の理想を語ってくれたことがあった。

 それは確か……。


『俺の理想は、彼女が弁当を作ってくれたり、休日家で一緒に過ごすだけだ!』


 シンらしいような、そうでないような。

 それを聞いた時は少しムッとしたものだけど、今こうしてシンのためにご飯を作っていて分かる。

 ──とても、幸せだ。


「彼女……」


 彼女とは、交際している男女の、女の人の方だ。

 家柄だとか、掟だとか、そんなこと関係なく、ただお互いが好きだからなる関係のこと。

 昔は私も、本を読む度に憧れていた。お姫様を助ける騎士を、私とシンに重ねて憧れることもあったが、街中を歩く男女を羨ましく思っていたのも事実だ。


 というのも、私は王女だから、『恋』というものをしてはいけない。『恋愛』など、そう許されることではない。

 婚約のことだって、正式な話ではない。発表すれば反対が出る、いや、反対しか出ないと思う。だから、反対意見を抑えるため、今から裏で婚約していたということにするのだ。

 婚約でさえそうだ。恋人など、後出ししたところで意味はない。


 孤児であるシンと、王女である私は、付き合うことができない。

 だから、こんな絵は夢物語だった。


「…………」


 ずっと昔に諦めた想いなのに、捨てたはずの妄想なのに、まだ私は心のどこかでずっと、これを求め続けていたのだ。

 シンが、あくまで護衛として私の後ろに立つのではなく、恋人として私の隣に立つ、そんな空想を。


「動かなきゃ、見える景色は変わらないよね」


 ノートを片付けて、部屋を出る。

 後退しても良いから動けと言ったのは誰だったか。


 シンの部屋の扉をノックする。

 返事を待っていては、怖くてまた何もできなくなりそうだから、呼吸も忘れて扉を開けた。


「シン! 大切な話があるの!」


こういう、独り言だけで進む形式は本当に書きやすい……。まあ、調子に乗った結果、エミリアが大変なことになってますが。


秘密のノート、反応が良かったら短編的にも書きたい……。「二冊目」とか、「見つかる!」とかタイトル加えて。

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