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冒頭2:師匠の死

 

「ほら、先生。もう朝ですよ」


 小鳥が囀り、朝日が歌う。


 朝から歌うとか、少し迷惑だよな。周りの気持ちを考えて! ……いやまぁ比喩だけど。

 最初の頃はバードウォッチングだ! と喜び勇んで外に出て行っていたが、俺に鳥の種類なんて分からなかった。丸一日外に出ていて虫に喰われた記憶しかない。

 そもそも、鳥の声も特別好きじゃない。機嫌が悪い時に聞けば黙れと思うし、機嫌が良ければ……特に何も思わなんな。

 と、それより先生の可愛い反応のお時間だ、


「んんんっ……あと、三分三十五秒…………」


 はい、これ。

 もう、これがないと生きていけないよね。活力だよね。朝御飯食べるより、これ見た方が数倍良いくらいだよね。……そう言って、食事しないせいで倒れた時もありましたね……。


 師匠は猫のように丸まり、その愛くるしい顔が布団の中にズバッと隠れてしまう。顔は見えないけど、可愛いから許す。


「刻み過ぎですよ……分かりました、あと十分寝かせてあげます」

「ありがとうございます……シン……」


 俺も大概甘いな、と思ったそこのあなた。

 勿論俺にも目的がある。

 カーテンを閉めて、扉を閉めて、部屋を薄暗くすると、「んんっ…………」と言いながら師匠がモゾモゾと顔を出した。可愛い。


 俺は、横を向いて寝る師匠の後頭部側に回り、その綺麗な蒼色の髪を櫛でとかす。寝癖のついている師匠もそれはそれで良いが、師匠は女の子だ。身を小綺麗にしていた方が良いだろうから。


「ウミュ?」


 暫く師匠の髪を撫でていると、師匠が可愛い声と共に、ゆっくりと起き始めた。

 猫のように丸めた手で目を擦りながら、身体を起こし、手を大きく上に伸ばして伸びをする。


「んんーーーーっ」


 薄手のパジャマを押し上げる双丘は、こんな伸びをしているというのに自己主張が少ないが、それでもやはりそこにある。

 神はここにいた。

 取り敢えず、拝んでおく。


 瞼を擦る師匠が目を開ける前にカーテンを開けて、扉を開けて、布団を取って……外に干しに行って…………師匠中々目を開けないな。もう一度寝てないよな?


「シン……私、変な寝言を言っていませんよね……?」


 全てを済ませ帰ってくると、顔をほのかに赤くした師匠が、蒼色の髪を弄くりながら聞いてきた。

 変な寝言……うん、特に言ってはなかったな。


「君はどこの猫にゃ? こんなところでどうしたにゃ? くらいですね」

「そ、即刻忘れてください!」


 あれ? 変な寝言の代わりに可愛い寝言を教えたんだけどな?

 師匠には怒られたが、恥ずかしがっている師匠が可愛かったので良しとしよう。


 ──と、こんな風に、俺はずっと過ごしていたのだ。

 あの時、俺を助けてくれた師匠。レイ・ゼロという名前の冒険者と一緒に。


 朝、朝食を準備し、師匠を起こす。布団を干して、洗濯物を洗い。師匠に魔術について学ぶ。

 半年程すると、師匠も恥ずかしくなったのか、ちゃんと自分で起きるようになり、洗濯物も自分でするようになった。

 ただ、やはり朝は弱いようで、俺よりも起きるのは遅いし寝坊も多い。


 師匠の料理は冒険者ということもあり、その、何というか師匠の可愛らしいお腹が大変なことになりそうな料理ばっかりだったので、俺が責任を持って師匠の体型を守った。

 師匠は、「私は太らない体質なので大丈夫です!」とか言っていたけど、そういう問題じゃないんだよ。

 あ、あと太らないというより、大きくならない、が正しい気がする。最初は疑問に思わなかったけど、最近になって気が付いた。


 師匠は、見た目が子供だ。多分、体系が変わらない呪いにかかっているんじゃないかと思うくらい。

 と、思ったら単純に、師匠はエルフの中でもロリフと呼ばれる特殊な種族らしく、身体が大きく成長しないのだとか。……いや、種族が呪われていないか、それ?


 また師匠は、俺を気持ち悪がることがなかった。見た目は五歳児だが、中身は高校二年生の俺をだ。師匠は俺が転移者だとは知らないが、知らないならむしろ、俺はより奇異なものに映るだろう。

 だというのに、師匠は俺を要領が特別良い五歳児として扱った。もしかしたら、師匠の種族ではそれは普通なのかも知れない。それか、俺が五歳だというのも、何かの冗談だと思ってるのかも知れない。

 それだと、師匠は男の俺と同棲していてこんなに無防備……師匠が心配すぎる。


 朝起きて、一日を何よりも尊敬する師匠と過ごし、夜になったら寝る。

 この時の俺は、こんな日常が、この先もずっと続くと思っていた。


 ♦︎♦︎♦︎


 ──それは、俺が七歳になった年のことだった。


 師匠はまだ小さい。今の俺より小さいことは流石にないが、あと三、四年もすれば俺の方が大きくなりそうだ。

 というか早く大きくなりたい。日本に住んでいた頃の記憶と今の身体に齟齬がありすぎて違和感しか感じないし、何より師匠より小さいのは嫌だ。

 好きな子には負けたくない的な精神だろうか。


 そして、これはかなり重要なのだが、ここ一週間、俺は師匠と会っていない。

 正確には、師匠が帰ってこないのだ。

 このままでは、俺はゼロコーゲン欠乏症で死んでしまう。

『ゼロコーゲン』とは、師匠だけが持つ特殊な物質のことで、欠乏すると情緒不安定になり身体が動かなくなる。

 姿を見る、声を聞く、残り香でも良いので匂いを嗅ぐ。つまり師匠と触れ合わなければ摂取できない。どこかの図鑑とかに載ってる。多分。

 ちなみに、分かると思うが俺の情緒は既に不安定気味だ。


 理由はさっきも言った通り、師匠が帰ってこなくなってから既に一週間が経つからだ。予定だと次の日に帰ることになっていたから、正確には六日間、師匠は行方不明なのだ。


 そして、師匠の残り香を探して家中を探し回っていた俺は、ある手紙を見つけた。

 手紙があったのは、とある隠し部屋。本棚の本を正しく入れ替えることで鍵が空き、そこで魔力を通すと扉が開く。


 師匠が何か恥ずかしいものを隠してないかどうか、師匠の青春時代の衣服が残っていないか。とにかく『ゼロコーゲン』を求めて隠し部屋に探りに来た。

 そんな部屋の隅に置いてある箱の中に、手紙があったのだ。


『シン、今の貴方は何歳ですか? 私の元で修行をしているのでしょうか。それとも既に卒業し、結婚したりしているのでしょうか。


 どちらにしろ、貴方がこれを読んでいるということは、私はこの世にいないということでしょう。この手紙が入っていた箱は、私からの魔力供給がなくなると同時にその鍵が空きます。つまり、私が死んでしまっているということです。』

「……え?」


 師匠が、死んでいる。

 それはあまりに、受け入れ難い事実だった。師匠は悪戯好きな面もあるが、命には敬意を払う人物だ。こんな性格の悪い冗談は言わない。


 手紙は何枚かに分かれていて、それからも師匠の変わらない筆跡で言葉が続いていた。


『まだ卒業できていないのなら、ごめんなさい。先生はシンの行く先を見ることができませんでした。こんな不甲斐ない先生ですが、シンがそれでも私のことを許してくれると嬉しいです。』


『卒業しているシン、背丈はどれ程伸びたのでしょうか。先生よりもずっと高くなってしまっているのでしょうか。

 シンよりも先に死んでしまった、最後まで駄目駄目な先生ですが、今のシンが笑っていられる日常を過ごせていることを願います。』


『シン、好きな人はいますか? 尊敬する人はいますか? 守りたい人はいますか?』


『シン、貴方に言う必要はないかもしれませんが、女の子には優しくしてください。』


『世界に絶望しないでください。』

『決して折れないでください。』

『好きな子には好きと伝えてください。』

『誠実でいてください。』

『謙虚でいてください。』

『愛する人を、その最期まで守り抜いてください。』


 その手紙には、最初の一文字目から、師匠の優しさが籠っていた。


『シン、いえ、シン・ゼロワン。』


 それは、名前だった。師匠が付けてくれた名前だ。ゼロの次、という意味だろうか。


『私の意志を引き継いでください。そのために、貴方がすべきことを教えます。』


『まず、愛する者を見つけてください。』


『誰でも構いません。シンが、その一生を使って一緒にいたいと、そう思える相手なら誰でも。男でも女でも犬でも猫でも馬でも、牛でも羊でも。

 勿論、二人でも三人でも構いません。それだけでいいのです。シン、貴方なら、それだけで。』


 何度も読み返して、次の紙に目を移す。


『最後になりますが、シン、私は貴方に幾つかの贈り物があります。』

『箱の中に入っているローブは、かつて私が着ていた物です。所有者の体格に合わせて大きさが変わり、今はシンの物です。自動で修復する機能もあります。』


 丁寧に折りたたまれていたローブは、少し俺には大きかったが、俺が身につけると俺の身体に合わせて少しだけ縮んだ。

 体格が昔から変わっていなさそうな師匠が、何故これを持っていたのかは……分からない。


『箱の隅に入っている鍵は、念じると杖になります。杖にした時の長さは1メートルを超えるので、シンが幼ければ少し大きいかも知れませんが、結構自信作です。売ってあるのを見たら……多分泣いちゃいますね。死んでしまっているので見れませんが……』


 その鍵は、念じると蒼色の綺麗な魔導石を核とする杖になった。豪奢な装飾はないものの、実用性を重視した作りになっていて、師匠らしいと言えば師匠らしい。

 そして、その文の下には、魔法陣があった。

 それと、一言。


『師レイ・ゼロより、愛弟子シン・ゼロワンへ、最期の贈り物をここに遺す』


 ただ、その一文だけ。

 魔法陣が光るなんてこともない。ただ、その一文を読むだけ。

 それだけで、俺の中に大量の情報が流れ込んできた。


「これは、魔法…………」


 分かってこの魔法を伝えているのなら、皮肉なものだ。この魔法があれば、師匠を救えたのだから。

 俺に使えるかは分からないが、切り札であることは確実だろう。


「先生」


 手紙を丁寧に折り畳みながら、手紙と一緒に入っていたローブを羽織る。このローブは、かつて師匠が着ていたローブだ。自動復元魔法が付与されている、特別なローブ。


 この杖は、師匠が作ってくれたものだ。今でこそ少し大きいが、成長して大人になれば、丁度良い大きさになるだろう。

 それでも少し大きめなのが、師匠の、俺が成長して欲しいという願いが現れたみたいで、中々微笑ましくて、とても嬉しい。


 このままでは、ずっとここに居てしまいそうだった。

 後ろ髪を引かれる思いで、隠し部屋を後にして、寝室も見ずに外へ出る。

 生活感を、残したまま。いつか、師匠が帰ってきた時のために。


 外では、昨日までの大雨が嘘のように空から日が射し、頰に伝う涙の跡を乾かしていく。

 いつもはあれ程うるさかった鳥達は、大雨が止んだことを知らないのか、まだ外には出ていないみたいだ。


「ありがとうございます。先生…………!」


 山の中、森の奥に佇む小さな小屋。

 その前で、俺はずっと頭を下げ続けていた。


この頃の二人の暮らしを、番外編などでやってみたいとは思う

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