十六話:天邪鬼メイドは気付いていない
「城門の敵は一掃! 後方にて治療を終えていた十八人が東の一段と合流、東側も攻勢です!」
「南西エリアは?」
「はい! 兵の少ない南エリアから西エリアですが、要請を受けた魔術学院が教師、及びSクラスを中心に反撃を開始しました。こちらも心配はないかと思われます!」
「ありがとう、下がっていいよ」
「了解しました!」
お手本のような敬礼をした後、その兵士は会議室から出て行った。
右足と右手を同時に出す、見事な緊張ぶり。だがそれもしかたのないことだ。スーピルの名前は、良い意味でも悪い意味でも、あまりに有名すぎる。
何故なら、役職でいえば末端の兵士とほとんど変わらないのに、スーピルに命令できる人間は王族ぐらいとも言われるほど、彼女は不思議な立場なのだ。
そしてここには、同じく地位に比べて誰にも拘束されない立場の人間が、まだもう一人いた。
「なんか……案外、呆気なかったな。あいつらが戻る前に、オレたちだけで片付くんじゃないか?」
史上初めて人間で"ド"の称号を得た練成士、メア・ド・マーカスである。
もっとも彼女の場合、精神状態が仕事に大きく関わる上、場合によっては二十五番隊という危険集団を敵に回すことになるから製作の無理強いができないだけで、本来なら頼まれた仕事は引き受けなくてはいけないのだが。
「…………いや、まだ油断はできないよ。それよりも、エミっちの方はどうなんだい?」
「ああ、副隊長からの連絡によれば問題ないらしい。Sクラスレベルの冒険者、獣人族族長候補、龍種、そして賢狼率いる魔狼の大軍。元々、心配はしていないがな」
「おお! それなら雪風くんは戦っていないんだね!」
「あの精霊ならそうらしいな。自動砲台の弾を補充する係らしい」
「オレの作ったやつを使ってくれてるのか!?」
ニヤニヤと、どこか嬉しそうなメア。
帝国のゴーレム技術で思い付いたアイデアをシンと二人で形にしたのが、あの自動砲台なのだ。
メアとしても、思い入れのある作品である。
そんな物を作る前に依頼された装備を作れよ……と団長は思ったが、決して言わない。
メアは認めようとしないが、シンと二人で物を作るときの楽しそうなメアの表情は団長にとっても嬉しいし、そして何より彼は娘に嫌われたくないから!
「そうらしいな。良かったな」
「べ、別に喜んでるわけじゃ……な、なんだよ! 二人してその顔は!」
「うんうん、分かるよー、シンくんと作った大切な物だもんねぇ。それが活躍できて狂喜乱舞だよねぇ。よし、踊ろう!」
「踊らないからな!? あとそんなことは思ってないからな!!」
「ありゃ、もしかして猫猫体操派? いやぁ、あれは人間には無理だと思んだなぁ、これが。それとも、もしかして背中舐められる人?」
「できないしファントムが寝起きに行う体操でもない!」
「グヘヘ……私はメアっちのスベスベな背中を舐められるけどなぁ〜」
「やめろ! 寄るな変態!」
放たれる銃弾、放たれる光弾。
「もー、何してんのさ二人とも。今は大事な場面なんだよー。僕だってさっき、頑張って近所のミーちゃんを口説いてたんだから。ほら見て腹の傷、いやぁ、大精霊に傷をつけるなんて凄いね」
「こんな時に何やってるんだ!?」
「恋に、タイミングなんてないんだよ……。炎の火力でダイレクトアタック! まー、燃えすぎて拗らせている人もいるみたいだけどー」
「??? 紫苑のことか?」
「…………違うよ、うん」
「あー、お姉さんでも誰のことだか分かるなぁ、これは。うん」
「黙秘権を行使させてもらう」
「???」
一人だけ分からず、首を傾げるメア。
そんなメアをスーピルはニヤニヤと眺めていたが、何故か突然真面目な表情になった。
「気が付いた? スー」
「うん、どうやら、罠にかかったみたいだね」
「罠? スーピル、おまえ罠なんて張ってたのか?」
「俺は危険だと反対したんだがな……。その様子だと、どうやら成功したんだろ?」
「??? おい、オレにも分かるように……」
「まあまあ、恋するお嬢さん、王族が集められている謁見の間に行ってみれば分かるよ」
「…………え? あ、恋するお嬢さんってオレのことか!? と、というか! オレは恋なんてしてないって言ってるだろ!」
真っ赤になって掴みかかってくるメアをひらりと躱したファントム。
メアはそのまま足を滑らせ、床に顔を打ち付けた。
「ごめんごめん、揶揄った時の反応が面白くてさ。ま、それはともかく、知りたいなら謁見の間に行ってみなよ。真実はそこにある!」
「…………わ、分かったよ。行けば良いんだろ、行けば」
転んだことが恥ずかしかったのが、それともまだ恋する乙女と言われた気恥ずかしさが残っているのか、やけに赤い顔のメアは、立ち上がり会議室の扉を開けた。
その背中に団長が、
「行くなら気を付けろ、邪魔する奴は全員敵だと思え、メア。それと…………まだ、早いからな」
「っ……! だからオレは! 別にシンのことなんてなんとも思ってない!!」
最後の余計な一言のせいで、会議室の扉は勢いよく閉められることになった。
シーンと静まり返る会議室にて、スーピルがゆっくりと口を開いた。
「ねぇファントム、誰かシンくんの名前出したっけ?」
「うーん、出してないと思うけどなぁ?」
「取り敢えず、シンには剣の稽古でもつけてやるか……」
「「やる気だこの人!!」
スーピルの変人な感じを残しつつ、有能感を出すのが難しい……!
残ってましたか?出てましたか!?




