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十二話:くノ一の憧れ(2)

 

「…………なぁ、もう許してくれないか……?」

「…………」

「参ったな……」


 困った、紫苑が拗ねてしまった。

 紫苑にしては珍しく、ツーンと唇を尖らせ、口も聞いてくれない。

 理由は分かってる。なんでもするという約束なのに、俺が紫苑に要求したのは、なんとゴースト討伐の手伝い。


「……………………?」


 真っ赤な顔で、でもどこかワクワクした様子から、突然ポカンと惚ける表情に変わる様は、あまりに対照的すぎて本当に面白かった。

 だが、そのあとの羞恥と怒りの混ざった顔を見て、俺は本能的に「あ、これはヤバイ」と察して逃げた。

 自分が立っていた地面に突き刺さったクナイの数を見て、俺は自分の判断が間違っていなかったと確信したんだ。いや冗談じゃなく。


「紫苑なら乗ってくると思って、敢えてああ言う勝負を持ちかけたのは悪かったと思うし、それで紫苑が勘違いしたのも俺のせいなんだけど……」

「〰︎〰︎〰︎〰︎!!」


 あ、赤くなった。

『勘違いした』ことが恥ずかしいのか、奥歯を噛みしめ泣くのを我慢したような顔で俺を睨み付けてくる。

 ちょっと可愛かった。嗜虐心を掻き立てられるような、涙目による睨みだった。


「で、でも、紫苑を誘ったのには理由があるんだよ」

「…………」

「コウに聞いた所、ちょっと特殊なゴーストらしくてさ……その、単なる魔物じゃないんだよ」

「…………?」


 おお、どうやら興味を惹いたみたいだ。

 無言で、「話せ」と伝えてくる。


「これから行く街は、王都程じゃないがそれなりに大きい街で、多分紫苑も知ってる街、準聖都市アルバムだ」

「…………」

「ああ、王都からそう遠く離れていない、馬車で半日くらいの所にある、大きな教会で有名な都市だな」


 住民の八割近くが、世界的に有名な宗教である聖教の信者という、聖教が信仰されている街の中でも屈指の都会。

 準の字がついているのは、大森林を挟んで北の方にある神聖都市と区別するためだ。

 ただ神聖都市の方は、もう吹雪を抜けた先の、吹雪のない暖かな聖なる円形の土地に作られているため、観光者数は断然準聖都市の方が多かったりする。


「…………」


 紫苑の表情が、ちょっと明るくなった。言い換えれば、ウキウキワクワクしている感じだ。

 そう、準聖都市はなんと、大きい教会以外にも二つのことで有名で、紫苑くらいの年の子の憧れらしいのだ。

 それは、ハンゲル王国の遺産にもなっている美しい街並みと、毎週のようにどこかで行われている結婚式。

 日本に住んでいた俺としては、女子高生が結婚に憧れるというイメージがあまり湧きにくいのだが、どうやらこの世界では結婚は女の子の憧れらしい。

 考えてみれば、確か師匠もスーピルもレイ先輩も、身体のせいで結婚相手がいないと嘆いていたな。

 いやまぁ……あの三人の場合、研究に没頭しやすい性格も変えないと、いくら子供っぽくなくても、普通の男の人からは好きになって貰えない気がするけどな……。

 俺? 俺が師匠とレイ先輩を好きにならないわけがないだろ? 何をそんな当たり前のことを。


 まあそんな三人の話は置いといて。

 街を歩けば美しい花嫁に当たると言っても過言ではない準聖都市は、当然のように女の子の憧れでもあるのだ。

 そして忘れてはいけないのが、俺と紫苑の関係。

 実はなんだかんだ言って、俺と紫苑は婚約に近いものはしてるからな。雪風のせいで忘れられてるけど、俺とそして紫苑が忘れるわけがない。


「…………」

「ジューンブライドには一ヶ月遅かったけど、七月だからって結婚式がないわけじゃない」


 俺の日本での歴史の先生なんか、七月十四日のフランス革命記念日に結婚式挙げようとして奥さんにブチ切れられたそうだからな……。

 それで結局七夕にしたらしい。それ年に一回しか会えないやん、と話を聞いて思った記憶。


 いやいや、今は思い出話に浸っている場合じゃない。

 ちゃんと、理由を説明して、紫苑に謝らなくてはならないのだ。


「紫苑」

「…………」

「色々あって、俺たちのことも有耶無耶になってただろ? だからさ、場所を聞いた時、絶対紫苑と行きたいって思ってさ……」

「…………」

「でも、普通に誘うのはなんか気恥ずかしくてさ。だから揶揄いながら誘うことしかできなくて……その、ごめんな?」

「…………」


 紫苑は馬車の外を流れる景色に目を向けたまま、何も喋ってくれない。

 でも、


「…………」


 その真っ赤に染まった横顔が、紫苑の返事をどんな言葉よりも物語っていた。


お分かりいただけただろうか……。主人公しか喋っていないことに……(怖い話風)

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