七話:魔獣契約
「うん、これで大体引っ越し完了かな」
木の根本に座り、屋敷を見上げた俺は満足げに頷く。
だがその隣では、
「つ、疲れたにゃぁ……。シーンー、あとでちゃんとグラム様を労うにゃよ? ご褒美がなかったらやってられないにゃ」
「あはは、ありがとなグラム」
「んにゃぁん♪ ゴロゴロ……」
家具の設置は、グラムが全てやってくれた。
キラ先生だと、身体が小さいせいでバランスが取れずに、家具を抱えたままフラフラしてしまったのだ。
さぞ疲れていることだろう。近くに寄ってきたグラムの顎の下を撫でると、グラムは気持ち良さそうに目を細めて喉を鳴らす。
「でもシン。本当に良かったのにゃ?」
「ん? 何がだ? 半要塞化させたこと?」
帝国で様々な武器を見て着想を得たらしく、メアが自動砲台を数台作っていたのだ。
屋敷全体の四隅に元々あった弓矢用の穴の前にそれを置き、俺とレイ先輩の土魔法で生み出した防音の壁で囲む。
と言っても、タレット自体はオンオフを手動で切り替えなければならないので、夜寝ている時に奇襲されると面倒くさい。
まあ、動くもの全てに照準を合わせてしまうと、森の中なので毎時発泡することになってしまう。
それに魔狼を傷付けたりしたら、今度こそ本気の賢狼とやり合うことになる。
「違うにゃ。グラムたちも、住んで良いって……」
「まぁ、マリンちゃんの部屋がないだろうと思ってな。生徒じゃないから寮には入れないし、だったら姉妹両方引き取るかって」
メアとエミリアに許可は取った。
メアは少し複雑そうにしていたが、最後ため息をついていたので許可してくれたんだろう。
あとは、他にレイ先輩も部屋を持った。
と言っても、レイ先輩もここに住むというわけではない。あくまで、研究のために森に来る時の休憩場所として利用するようだ。
紫苑とキラ先生も一応誘ったが、断られた。まあキラ先生は当然か。教師と生徒だし。
広いから、住む人が少なすぎても寂しい。
グラム姉妹が来ることは、何も問題はないしむしろありがたい。この姉妹がいるだけで、周囲が明るくなるからな。
そう俺が一人頷いていると、伸ばした俺の足に頭を乗せて、グラムが仰向けに寝そべった。
無許可で人の膝を枕にしないでください。別に良いけどさ。
「こんなことさせるの、シンだけなのにゃ。その意味を、ちゃんと理解するにゃよ?」
「はいはい、分かってますって」
手で頬をツンツンするのをやめなさい。
チラリズムしているお腹を触るぞ? 加えて全力でモフモフするぞ?
「んにゃ!? な、なんか今、寒気がしたのにゃ……」
「気のせいじゃないか?」
「嘘にゃ。シンの目が、グラム様の胸を見ている気がするにゃ」
「いや胸は見てないから安心して」
「にゃぁっ!? なんで見ないのにゃ!? せ、せっかく……胸元の開いた服にしたのに……」
「? 何か言ったか?」
「い、いや! 何も言ってないにゃ! ……そ、そうにゃ! シン、グラムの尻尾を触るかにゃ!?」
何故かちょっとだけ残念そうにしていたグラムだったが、悪戯っ子のような笑みを浮かべて、ふさふさの尻尾をユラユラさせる。
グラムの尻尾の感触を思い出して、俺はゴクリと生唾を飲み込む。
すると、下から見ていたグラムは俺が生唾を飲んだことに気がついてしまったのか、ニヤニヤして、
「でもダメー。こんにゃお外で触らせるなんて、本当にけだものにゃから駄目にゃ」
「青姦みたいなもんなのか……」
「……あまり、そういうことは言わないで欲しいのにゃけど……。…………それとも、それでも触りたかったり……するかにゃ?」
ちょっとだけ目を逸らして、フサフサの尻尾を指に絡ませるグラム。
うん、正直それでも触りたい。
でも今の俺は、前の俺とは違う! ちゃんと制御する心を手に入れたからね! 反省して生まれ変わったんだよ!
だから……
「ムラムラした気持ちをコチョコチョで解消する!」
「シン!? シンは何故かグラムにだけ開放的すぎないかにゃ!? も、もうちょっと言い方が……!! んにゃ!? にゃ、そ、そこは! あっ、あっ!!」
「夜這いされたからな! グラムに対しては色々と我慢しないことにしてるんだよ!」
「ダメにゃ! だーめーにゃ! あは、あははっ……!! くすぐった……にゃはは!!」
チラリズムしているお腹と脇腹を重点的にくすぐると、グラムが涙目で笑い転げるので、ついつい嗜虐的な感情が湧いてしまう。
コチョコチョ……コチョコチョ……はっ! コチョコチョの精霊とかに取り憑かれてた……。
慌ててグラムを見ると、グラムは……
「はぁはぁ……えへ、えへへ……」
だらしない笑みを浮かべて脱力しているが、時よりピクッピクッと痙攣している。
服もすっごく乱れていて、それでそんな色っぽい荒い息をすると、なんだかいけないことをした後みたいに見えてしまう。
こんな所を誰かに見られたら、確実に誤解される。
だがグラムは既に息も絶え絶えなようで、潤んだ瞳で俺を見上げたままだ。
「……どうすれば良いかな? 賢狼?」
なので俺は、さっきからこの一部始終を隠れて見ていた賢狼に助けを求めた。
呼ばれて茂みから出てきた賢狼の表情は、心なしか俺を責めているように見える。
「────」
相変わらず何言ってるか分からん……。
グラムとかマリンちゃんは分かるのかも知れないけど……今のグラムに通訳は期待できそうにない。
「マリンちゃんが居てくれれば良いんだけど……」
「呼んだ? お兄ちゃん」
「っ、マリンちゃん!? って、あっ、こ、これは違くて……」
「知ってるよ? だって、話しかけようかウロウロしてるお姉ちゃんの背中を押したのはマリンだもん。まあ、まさかお姉ちゃんがこんなになるなんて思いもしなかったけど……発情期が近いのが関係してるのかな?」
「お前が元凶か!」
「えへへー!」
「いや褒めてないから……」
……って、あれ? 今重要なことを聞き流した気がするんだけど……気のせいか?
うん……思い出せないってことは、然程重要じゃないんだろう。
そんなことより…………
「マリンちゃん、翻訳してくれない?」
「うん、良いよ」
「────」
「お姉ちゃんと契約したいって言ってるよ」
「へー、なるほどそんなことを…………って、はい?」
契約?
なんで?




