六話:天邪鬼メイドは素直になりたい
「最低だ……オレ……」
オレはシンと二人で、家具の運び出しを任されていた。
と言っても、オレにできることはない。
家具をシンの〈ストレージ〉に入れて完了だ。
ではなんでオレがシンと一緒にいるかと言えば、監視のためだ。
シンが例えばエミリアのベッドにダイブしたり、下着を漁ったりしないように、オレが監視しているのだ。
「…………」
だがシンは、黙々と家具を丁寧に〈ストレージ〉にしまっている。〈ストレージ〉に吸い込むだけだから、多少乱暴に扱っても関係ないのに。
さらに言えば、布団を触る時、こいつは目をギュッと瞑って恐る恐る布団に触れるのだ。部屋に入るときなんか、一度謝ってたからな?
そうだ。こいつは、たとえオレがいなくとも、非紳士的な行動はしない。それは、オレも分かっている。
──だからこそ、オレはこんなオレが嫌になる。
心配…………うん、オレはおまえを心配したんだ。それこそ、話を聞いた三十分後には帝都を出るくらいに。ずっと、おまえの帰りを切に願って待ってたんだ。
帰ってきたら、兵舎に報告に来たら、オレはおまえを優しく迎えて、武器を直す時にちょっとだけ言葉を交わす。それだけで良かった。
でもオレは、あいつに銃を向けて、あろうことか撃ち殺した。
死なないとは聞いていたから、大丈夫だろうとは思っていたが、オレは結局、とても心配していたのだと伝えられなかった。
ああっくそっ! なんでオレは、シンの前だと素直になれないんだよ!
本当はもっと、みんな……エミリアみたいに、楽しげに喋りたいのに。
今だって、一緒にいるのがオレじゃなくてエミリアなら、きっとシンは楽しいと思うのだろう。
でもオレだから。ただの幼馴染みで、ただの仕事仲間だから。こいつは何も喋らない。
「よし、これで終わったか。…………メア?」
「えっ……あ、終わったのか。うん、なら帰るか…………帰りは魔法陣だろ? ほら、用意してたやつ」
屋敷には、地下室があるのだ。
そこは牢獄のように、鉄格子の部屋がいくつかあって、鉄格子の中には魔法陣が刻まれている。
どうやら、シンはこれまで各地に行くたびに転移用の魔法陣を勝手に刻んでいたらしく、地下にはいくつかそれと対になる魔法陣がある。
だから、このシンとエミリアが使っていた部屋に設置した魔法陣から移動すると思っていたのだが…………
「いや、転移魔法陣は使わないことにするよ」
「は? なんで……?」
「久しぶりだからな、メアともう少し二人きりでいたいんだよ」
「なっ…………!!」
は、はぁ!?
な、何言ってんだよおまえは!
そ、そんなこと言われたら…………ああもうっ! なんなんだよオレの頭は! ど、どうしてこんなにドキドキしてんだよ!
だ、第一な……!
「さ、さっきまで一言も喋らなかっただろ!」
「それは…………メアが、話しかけて欲しくなさそうだったし、俺は二人でいるだけで嬉しかったし…………」
「っ…………!!」
まただ! また、顔が熱くなりやがった!
夏だからって、ね、熱こもりすぎだろこの部屋……!
「駄目か?」
「ぐうぅ〜〜…………!!」
そ、そんなの駄目なわけ…………
「お、おまえが一緒にいたいって言うなら、し、仕方ないから付き合ってやる!」
♦︎♦︎♦︎
二人で、こうして街を歩くなんて、本当に、久しぶりだ……。
こいつは昔から、王女つまりエミリアの護衛だったから、こうして二人きりになる時間はあまり取れない。
にも関わらず、オレが周囲を拒絶していた時、こいつはよくオレを半ば無理矢理外に誘った。
……懐かしいな……。
「…………?」
と、その時、一人の女の人がこっちを見て眉を潜めているのを、オレは見つけた。
なんだ? オレが不思議に思っていると、ハッと気が付いたような表情をして、その女の人が駆け寄ってきた。
「おお、シンではないか」
「エストロ先輩!? それにアイリス会長も! どうかしたんですか?」
なんだ? 知り合いか? どっちも、オレとは比べ物にならないくらい綺麗な人だけど……。
胸も、大きいし…………。
「いえ、たまたま見知った顔がありましたので声をかけたのです。……そちらの方は?」
「……え、あ、オレか? お、オレはメア・ド・マーカスだ」
「ほお、君があの錬成士か……。あ、私は一番隊所属のエストロだ。孤児なので家名はない」
「父親とは似ても似つかないでしょう? エストロ先輩」
「ああ、聞けばマーカス殿の奥方は類稀なる美人だそうじゃないか、母親の血を色濃く受け継いでいるのだな」
「失礼ですよエストロ、年上だったらどうするのですか」
「こ、これはすみません……。噂に聞く錬成士を前にして興奮してしまって……」
シンとエストロとアイリスが何かを話していたが、オレはそれどころじゃなかった。
一番隊のエストロって言うと……あの、剣の天才って言うエストロだろう。
そんな人物が、シンと楽しげに談笑しているのだ。それが、オレには信じられなかった。
「…………メア?」
だって、オレの知らないシンだ。
いつの間にか、オレの知らないシンがいた。
オレがいなかった半年間に、シンは変わってしまったのだ。
「────ア」
そう考えていると、なんだか頭がボオッとして、視界がクラクラしてきた。もしかして、疲れがたまってるのか……?
でも、おかしい。なんだ、これ? 何も、考えられなく────
「────おい、メア!」
あ、あれ? なんでオレは、浮いてるんだ?
「おい、本当に大丈夫か? 熱中症か?」
「…………?」
なんでこいつは、こんなに心配そうな表情をしてるんだ…………?
それに、オレはどうして浮いて…………。
…………。
…………。
「……どうした?」
「…………」
足を見る。シンの腕が、膝の裏を抱えていた。
肩には、誰かに腕を回されている感覚。
90度だけ回転したシンの顔が、上からオレを覗き込んでいた。その顔の向こうには、雲の流れる青空が。
……。…………。………………!?
お、お姫様抱っこぉぉ!?
「おい、大丈夫か? 熱でもあるのか?」
「んなっ!」
にゃ、にゃんでシンのおでこが、オレのおでことくっついてるの!?
あ、あわ……あわわ……ヤバイ、これはマズイって……!!
あ、あっ……ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
「オ、オレに……! 触れるんじゃ、ねぇぇぇ!!!」
「ぐはっ!!」
顎を下から拳で撃ち抜かれ、さらに鳩尾を殴られたシンが、その場で崩れ落ちる。
シンから抜け出したオレの仕業だ。
「…………。はぁ、はぁ、はぁ…………」
ま、また……やっちゃった……。
オレの馬鹿! オレの馬鹿! せ、せっかく、せっかくシンがお姫様抱っこしてくれたのにぃ…………!!
うぅ、ううぅぅぅぅ!!
で、でも…………シンは、オレを心配してくれて…………それで、お姫様抱っこ、を…………
「…………(カァァ〰︎〰︎〰︎〰︎ッ)」
「? エストロ……もしかして彼女は……」
「無粋ですよアイリス会長」




