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十五話:龍の教え子

遅れてしまってすみません……

 

 Sクラス。

 入学式にも、クラス分け時にも、その存在を知らされていないクラス。

 そのクラスに入るためにも、まず試験で高レベルの結果を出した上でオーガを一人で倒し、そして学院内の数々の罠から生き残らなければいけないという、まさに狭き門。


「どうしたのシン? 私の顔に何かついてる?」

「いや、なんでもない」


 エミリアがあっさりと倒してしまったせいでそう強くは見えないオーガだが、冒険者ランクで言えばCランク上位相当。Bランク冒険者でもソロ討伐出来ない人がいる程の強さだ。

 それを瞬殺したエミリアは……まあ、少なめに見積もってBランクトップクラス。普通にAランクレベルはあるだろう。

 流石はマーリンの弟子にして親友、魔導師ハンゲルの子孫。途中で勇者の血を取り入れ、勇者の力まで手に入れたハンゲル王族の一人だ。

 実戦を経験せず、俺の簡単な魔術講座だけでAランクレベルの実力を身につけるとか、チートもチートじゃねえか。


 ……俺、必要か?

 最近、昔に比べて成長した(胸とか尻とか、身体の話じゃないぞ)エミリアを見ると、俺の存在価値を疑ってしまう。

 実際、エミリアを守ろうとする奴は多いんだ。

 エミリアは、俺が見た中で一番の美少女と言ってもいい。単純な恋慕からエミリアを守ろうとする奴はそりゃ沢山いる。

 エミリアは、その誰にでも分け隔てなく接する素直な性格と、時折見せる勘の鋭さから、実は多くの人がエミリアを支持している。

 エミリア自身が王の座に興味がないため、彼らがエミリアを次期王として担ぎ出すことはないが、彼らは俺がいなくなれば喜んでエミリアを守るだろうな。


 そんな、エミリアを守り隊の皆さんにとって邪魔者な俺が、未だにエミリアの護衛としてエミリアに仕えている理由は二つ。

 エミリアに頼まれているからというのが一つ。そして、もう一つは彼らがあまりにも不甲斐ないから。

 勿論、数の暴力という言葉もあるし、総戦力なら彼らの方が強いんだろうけど……むさ苦しい漢達に囲まれて喜ぶ趣味をエミリアは持っていない。

 多分、エミリアは怖がる。

 ……まあ、俺が辞めないのも結局、エミリアを思ってのことだということだ。


 …………とまあ、こんな感じで俺が一人で頭を働かせている理由(わけ)だけど……


「シン、先生と知り合いなの?」

「ソ、ソンナコトナイヨ」

「な、なんかカタコトだね……」


 つい、しどろもどろになっしてまうのは、あの金髪先生に思った通り見覚えがあったからだ。


「──この学院の設備じゃが……聞いておるのかゼロワン」

「聞いてないです」

「よーし、喧嘩を売っておるのじゃな? ふふ、良いであろう。その腐った精神、妾が叩き直してくれようぞ!」

「当店はもう閉店いたしました。誠に恐縮ながら、お客様のニーズに応えることは当店出来かねます」

「こ、こにょ男〜〜!」


 拳を握り、ワナワナと震える金髪教師。

 御大層な口調が特徴である年齢不詳の美少女、こちらがキラ・クウェーベル先生だ。


「シ、シン殿。い、いくらなんでも今は教師と生徒。流石にその物言いは、いささか不味いのではござりませぬか?」

「大丈夫だろ。みんなのキラリちゃんだぞ? だから大丈夫」

「理由になってないでござる!」


 紫苑が悲鳴のような声を上げる。

 ちなみに、席順は俺の前が紫苑で、横がエミリア。左斜め前がアーサーだ。俺の席は窓側二列目最後尾なので、エミリアが窓側一番後ろの席になる。

 一列三人で、それが四列。俺とエミリアの列だけ一列四人になっているので、俺の右隣はいないことになる。

 人数合計十四人。一人足りないのは、オーガの試験を失敗してAクラスになった奴がいたからだ。


「だ、誰がみんなのキラリちゃんじゃ! わ、妾は誇り高き龍族、キラ・クウェーベルなるぞ!」

「おい、せめて二十五番隊所属くらい言えや」

「う、うるさい! うるさい! い、一介の生徒如きが、教師たる妾に逆らうでなーい!」

「はいはい、可愛い可愛い」

「う、うう……うるさいと……。わ、妾はうるさいと言うておろう……」


 顔を真っ赤にして俯いてしまうキラリちゃん。そうだよな。副業中だけ弱点を克服出来るような、そんな器用な奴じゃないよな。

 弱点というのは、勿論俺の言った「可愛い」だ。

 なんでも、龍族として恐れられてきたせいで、「可愛い」と言われることに弱いらしい。初めて会った時、そうとは知らない俺が「可愛い」と言ってから、俺たちはいつもこんな感じだ。

 年齢的に、「可愛い」と言われて嬉しがる歳ではないはずなのだが……それを言ったら龍のブレスで丸焼きにされる。

 キラ先生は炎を得意とするドラゴン。水が得意な師匠とは馬が合わなそうだな。


「シン。やっぱり、先生と知り合いなんじゃない。二十五番隊って言ってたの、私、聞き逃しませんでしたからね。…………可愛いって言ってたのも……」

「あー、いや、うん。もういいや。お願い、紫苑」

「せ、拙者に丸投げされても……うう、そんな目で見つめないでくだされエミリア様……。……コホン。キラ殿は王国軍第二十五番隊"刃"副長でござる。永き時を生きる龍種の末裔であり、かつての種族大戦ではその力を見た者で今を生きる者はいないとか……」

「す、すっごく強いんだね……」


 エミリアが、驚きと感心が入り混じったような表情で息を飲む。

 確かに、かつての大戦に参戦し、その姿を見た者は生きていない。

 でも、それは単純に寿命で全員死んだからだぞ。およそ二百年前だしな。生きててもエルフくらいだ。

 かつての種族大戦とは、マーリンが魔術を体系化した百年後くらいに起こった全種族が参戦した戦争のことだ。

 全員が力を手に入れたらそうなるよねという、起こるべくして始まった戦争と言える。


 ちなみに、マーリンが魔術を作った直後の戦争は、人神大戦と呼ばれ、人対神の戦争だ。

 神としては、自分たちの権威がなくなるから魔術なんて生まれて欲しくなかったんだろう。

 この戦いを頑張って引き分けに持ち込んだのに、その百年後には種族同士の争い。本当に人間は醜いな。


「ううぅ……あの馬鹿はもう放っておくのじゃ! そんなことより明日の予定! 予定はあるかないじゃろじゃあ解散シンだけこっち来い」

「い、今は教師と生徒の関係なので、体罰はいけないと思います!」

「大丈夫じゃな。妾はキラリちゃんじゃから」


 そう言って、小さな子供のようにニカッと笑った。

 天使のような笑顔の中に悪魔のような怒りがあるのが、俺的に恐怖するしかない。なにあの目、人間って笑いながらあんな目できるん? 目と口だけ別の生き物だろもう。

 と、俺が狼に見つかった小鹿の如き震えを披露していると、退屈したのか獣人の女の子が立ち上がって喋り出した。

 陽の気配。あまり関わりたくない人間ですね。


「センセー、グラムもう疲れたにゃ〜。お腹空いたにゃー。早く帰りたいにゃー」


 前言撤回、仲良くなれそう。

 分かる分かる。このセンセーってば話長いよな。

 俺が心の中で頷いていると、身体に出てしまっていたのかキラ先生に睨まれた。いや、違うんですこれは居眠りなんですどっちにしろ怒られますかそうですか。


「シン、あの子が試験会場で名乗っていた子だよ」

「へー、見覚えないな」

「結構目立ってたのに……何見てたの?」

「エミリアの横顔?」

「へっ? …………あ、じ、冗談か……。私後ろだもんね。も、もう、びっくするでしょ」


 そう言って、エミリアは「メッ!」というように、人差し指を立てて怒ったポーズをした。

 明らかに俺のことを子供扱いしているような……。いや、別に嫌なわけではないけどさ。せめて同年代の男扱いしてくれないかなぁと思うんだよ。

 生きている年数なら三十近い俺が小さな子供扱いとか、ちょっとだけ犯罪臭が漂う。

 

「うにゅ、おまいら聞こえてるにゃよ! 私の猫耳を舐めるんにゃにゃいにゃ!」

「にゃが多いですね」

「シン!?」「シン殿!」「君って奴は……」


 一斉に嗜める言葉や溜息やらを集中砲火されたんですが、えーと……、俺は何かしましたっけ……?


「細かいことはいいのにゃ! そんなことよりイチャイチャするなら部屋でやるにゃ!」

「い、いいいイチャイチャなんてしてないし、お、同じ部屋になんて住んでないよ!」

「おい、何故そこでキョドる!」


 これはもう、半ば言ったも同然だ。

 う、うん。でもまだ、自己紹介の時にエミリアの護衛だと言っていただけマシだった……。護衛なら、同じ部屋に住んでいても不思議じゃないからな。

 あ、あとイチャイチャしてないってのには俺も賛成です。

 面白くなりそうだから黙って見てる……としたいところだが、エミリアが「エプロンだってちゃんと服の上から……」とか言い始めたので、ワタワタしてる手を握って強制的に止めさせた。

 興奮している人に気付かせるには、相手の体に触れるのが一番。手を握るのは意外と効果的なので覚えていた方がいい。まあ、エミリア以外にやったことないから効果の信憑性は薄いけど……。


「落ち着けエミリア。いくら俺が普通に生活したいと言ったとはいえ、エミリアがそれで不自由な思いをするなら俺は普通なんていらない。寝室まで一緒な訳じゃないんだ。王族なんだし、一緒に住むのは普通のことだろ?」

「そう……そう、だね。うん、ありがとねシン」

「…………にゃあ、グラム帰っていい?」

「お、おい待つのじゃ、妾もすぐに終わらせるからまだ帰るでない。…………ゼロワン」

「フニャッ!?」「──!」


 キラ先生が突然発した殺気に、尻尾を毛繕いしていたグラムが尻尾を逆立て猫耳をピンと立て臨戦体制を取る。

 紫苑は慣れているのかピクリと眉を動かした程度だったが、アーサーは明らかに左腰に手を滑らせていた。帯剣されていない左腰が、やけに空虚だ。

 他の奴らも程度の差はあれど大体そんなもんだ、差が出ているのは、単純な個人の実力もあるだろうが、やはり席場所も大きい。

 俺の真横にいたエミリアは、その殺気をまともに受けて若干涙目に……涙目?


「……おい」

「し、シン殿……?」


 突然雰囲気を変えた俺に、紫苑が困惑の声を出す。

 しかし、俺には奴に言うべきことがあるんでな。

 こうも明確な殺気を向けられて仕舞えば、エミリアの護衛である俺がすることは一つ。


「謝るんで許してください」


 頭の中に師匠を思い浮かべ、仏の心で、()()()()()()()()()()謝る。

 主人の顔に泥を塗らずに平和に解決する方法で、俺の愛用手段だ。向こうは、()()()()()()()()()()()と思って、勝手に感謝してくれるしな。


「なんにゃ、戦わにゃいのかにゃ? グラムつまんにゃいにゃー」


 まあ、別にお前を楽しませようとしてないからな。

 何様なの? 師匠、エミリア、レイ先輩の女神三柱に勝てると思ってんの?

 容姿端麗才色兼備猫耳獣人可愛いモフモフしたいからって……ん? 

 えーと……まあ、つまり結論を言うと、さっさとモフモフさせろ! じゃなくて……あれ、なんだっけ?


 くそっ……あのユラユラ動く尻尾さえなければ……!

 貴様、中々の策士だな! 流石次期獣族トップ、やることがきたないぞ!


 と、そんな猫尻尾や猫耳に目がいってしまっている俺を情けなく思ったのか、エミリアがどこか咎めるような雰囲気で注意してきた。


「シン…………」

「いや違うんだ! あれは、あれはあの尻尾と猫耳が悪い! スタイルも好みだし、俺のタイプをダイレクトに貫く猫系獣人め……!」


 先程は聞かれていたため今回はさらに声量を抑えたおかげか、グラムに聞かれることはなかった。グラムはにゃーにゃー言ってる。猫か! 猫だった。


「シン、スタイルはあれ程あった方がいいんだ……。でも猫なら……お店とかにカチューシャとか売ってないかな……?」

「どうかしたか? エミリア」

「い、いや、なんでもない!」


 そうか? なら良いんだけど。

 っと、グラムのスタイルだったな。

 グラムは、猫系獣人にしては発育が良いとは言えないな。でも、俺ら人間からして見れば普通に成長し切っている。豊満ではないが、平均には収まらない。平均的なエミリアより一回り……いや、そんなことより気になるのは猫耳だよね?

 多分あれ、不随意筋だ。尻尾は毛繕いしている時に任意で動かしていたけど、あの猫耳を意識して動かしているのを見たことがない。

 これはあれだろうか、寝起きの師匠のアホ毛みたいに一人でに語り始めるのだろうか(なお、これは俺の幻聴説が濃厚)。


「お主ら、ドラゴンの聴覚を舐めるでないのじゃ。全て聞こえておるぞ」

「「!?」」


 呆れたようなキラ先生の声で、一瞬にして意識をこの世界に戻された。

 あ、危ねえ……このままだと、俺が秘密裏に進める全世界猫系獣人化計画がバレちまうとこだったぜ……!


「コホンッ! まあ良いのじゃ。それより最後の連絡事項じゃな。お主ら、明日何か予定は入っておるかの?」


 一斉に首を横に振る生徒たち。

 一部、首を横に振ると同時に尻尾を揺らしている美少女もいたが、俺は見ていない。そう思わなきゃ、目が引き寄せ……って、そういう思考がダメなんだよ!

 こ、こうなったらレイ先輩の猫コスプレを思い浮かべて……「にゃ、にゃんですか、シ、シンがやれと言ったのですよ?……にゃ。 い、言いたいことがあるならはっきりと言ってください……にゃ。…………や、やっぱりダメですぅ!」的な! …………的な!


 うわ、自分でやっててなんだが俺キモいな。


「それなら良いのじゃ。実は、明日の授業は山での実地訓練にする予定だったのじゃ。山で一夜を明かすから、テントとかの道具をしっかりと持ってくるのじゃよ?」

「山で生活…………。それって、食事なども現地調達ですか?」

「そうなるの。ちなみに〈ストレージ〉に食料を入れてくるのは禁止、持ち物は全て物理的に持ってくるのじゃ」


 ……頭の中の妄想で悶え死んでいる間に、話が進んで行ってしまっているんだけど。

 えっと、つまり明日は一日潰れるってことだな?

 うん、特に予定はないから大丈夫だ。

 ……あ、でも今夜中にエミリアとの婚約について話すつもりだったんだけど……、終わってからで、いやダメだ。

 こういうのは、一度逃げたらとことん逃げ続けてしまうものだ。

 当初の予定通り、今夜中に伝えるしかない。


「……シン?」

「あ、いやなんでもない。大丈夫だ」

「なら良いんだけど……」


 心配そうなエミリア。

 だけど、そんな間近で見つめられると、キスしたくなってくるので本当に止めて頂きたい。

 いや、これは冗談でもなんでもなく、エミリアに対する独占欲というか、滅茶苦茶にしたい気持ちが最近抑えきれなくなってしまっている。

 まあ勿論、エミリアが嫌がることをする気は更々ないし、俺の、理性で全てをねじ伏せる能力は中々のものだ。そうでなければ、師匠と過ごしていた時期に間違いを犯している。

 そういえば、王様が俺のことを最近溜まっていると言っていたが、その時からずっと、同じ部屋に住んでいるエミリアが気になって自家発電も出来てないからな……。

 始めた途端、「ねえねえシン…………あ──……」とかになれば、俺はその場で死を選ぶかもしれない。


 が、幸いなことに、理性と本能の戦いは、思わぬ手助けにより理性が勝利した。

 ふと思い出したように、キラ先生が


「ああ、忘れておった。シン、シオン、お主ら落し物をしておったのじゃ」

「落し物……でござるか?」

「そうじゃ。ほれ、受け取るが良い」


 キラ先生が、懐から取り出した手紙を投げる。

 慌てて受け取ると、白い封筒に入った手紙だ。


「大切な手紙じゃからな。誰にも見られない方が良かろう。これからも気を付けるのじゃぞ?」

「……了解でござる」


 紫苑が、ぺこりと頭を下げ礼を言う。


 …………成る程、そういうことか。


「本当に大切なものでしたから、キラ先生、ありがとございます」

「う、うむ。お主に敬語を使われるのも、少し痒いものがあるのじゃ……」

「じゃあ、やめます。ありがとなキラリ」

「や、やめなくて良い! そ、そのまま妾に敬意を示すが良いのじゃ! あとキラリ言うな!」


 教壇で踏ん反り返るドラゴンは無視して、俺は手元の手紙に視線を落とす。

 ……無論、俺は落し物などしていない。

 その場で中身が正しいかを確認するフリをして、手紙の内容を読む。


(…………へぇ…………)


 エミリアとの婚約解消を早める理由が、どうやらもう一つ見つかったらしい。


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