エピローグ3ー2
遅れてすみません!
「何、あれ……?」
ポツリと、誰かが言葉を漏らした。
頭から水を被ってビショビショになっていることも気にせず、彼女らはただ目の前のそれを呆然と仰ぎ見る。
それは、巨大な水の塊であった。
それは、触手蠢く奇怪な生物であった。
誰も見たことのない魔物。物語でも聞いたことのない魔物。
身体が水でできている、触手を持った巨大な魔物。
湖の底より現れ、今、空を埋め尽くさんとばかりにどんどん膨らみ続ける、まるでそう、
「──スラ、イム…………?」
紫苑の顔から、色という色が消えた。
顔面蒼白、唇をわななかせ、身体は小さく震えている。
「…………」
身体をスライムに覆われ綺麗にされたトラウマでも蘇ったのか、意識を失い後ろに倒れ込む紫苑。
その身体を、キラが支えた。
「なんじゃあの魔物は……。あのような巨大な生物など……神話の世界の話ではないのか?」
「ええ、それにあの触手、絶対、捕まりたくないですね……」
どうやってあの生物を倒すか、それに思考を巡らすキラとレイの横で、雪風はジィッと眼前の巨大生物を睨んでいた。
そして突然雪風は、ハッと何かに気が付いたように、その巨大生物を指差した。
「雪風ちゃん?」
「シンがあいつの身体の中にいるのです! 中に浮いている!」
「なんじゃと!? むぅ…………あの人影のようなものか? よ、よく分かったの……。て、今は感心しとる場合ではない! 水の中に囚われておるのか!?」
「そ、それじゃお兄ちゃん死んじゃうよ! 水の中じゃ息できないよね!?」
目を凝らし、確かに巨大生物の身体の中に浮いているのを見たエミリアたちは、シンが捕まっているという状況に慌てる。
巨大生物の身体は水でできている、中に囚われてしまえば、呼吸はできない。
さらに言えば、巨大生物の中のシンがピクリとも動いていないのだ。彼が自分の力で抜け出すことも不可能というわけだ。
「くっ……シンを助けたいが、まともに戦うには魔力が足りん……」
「私もすみません……魔力切れで簡単な魔法くらいしかできないです」
「マリンじゃ戦えるわけないよ……」
だが、今この場で戦えるのはレイと雪風だけだった。
キラとエミリアは、昨日の戦闘で使用した魔力の回復がまだ完全ではなく、紫苑はニュルニュルした魔物のフォルムにトラウマを呼び起こして気絶。マリンは戦士ではないため、戦力には数えられない。
と、その時、
「ウロローン!!」
巨大生物が叫び声を上げ、再び大量の水が空を覆う。
だが、それを待っていたかのように、レイが手を上げ……
「水で挑んだことを後悔しますよ」
その言葉と共に、空より落ちる大量の水が全て氷付き、
「感謝するのです!」
巨大生物に繋がる氷の橋を足場に、雪風が最初からトップスピードで走り出す。
顕現させた二刀で巨大生物を切り刻むまでは、ほんの一瞬の出来事だった。
氷の上という滑りやすい足場にも関わらず、残像を生みながら目に見えない速度で、距離を詰めたのだ。それが、雪風にしかできないこと。
かつて、多くの正神教徒を殺してきたこの身体能力で、愛する者を守ろうとしたのだ。
そして、それは誰にも止められない。
「シン!」
巨大生物に横一文字の線を引き、水の裂け目に飛び込んだ雪風は、迫り来るゼリー状の身体を切り刻みながら進み続け、ついにシンの腕を掴む。
あとは、このままシンを連れて帰るだけ。
──それが、油断だった。
「ウローン! ウロローン!!」
奇怪な鳴き声を発したかと思うと、雪風が切り拓いた道がものすごい速度で閉じて行った。
いくら雪風でも、迫り来る水の壁を切り続けることはできない。
(変身すればいけるです? でも、昨日の技でもう魔力が…………いや! あの時、シンも魔力はほとんどなかった!)
一度、一度だけでもあの翼を作り出せたら、おそらく魔力を元にしているこの魔物は、内側から消滅して行く。
完全に消えなくとも、少しの穴が開けば、そこから逃げられる。
そんな希望にかけて、雪風は魔力を解放し…………
「ぐっ……うっ……あ、ああぁぁぁぁ!!」
巨大生物に小さな穴を開けて、シンを連れてそこから勢い良く飛び出した。
だが、その代償は大きい。
「どうやら、魔力を使いすぎたみたいです……」
精霊の身体は、魔力できている。
魔力がゼロになることは、ほとんど死と変わらない。
そして今の雪風には、翼を出現させるほどの魔力がなかった。
ならば、あの翼を作る魔力は、どこから供給されたのか。答えは簡単だ、自分の身体を構成する魔力を流用したのだ。
精霊の身体を構成する魔力を消費してしまえば、どうなるか。
それは、そう。
それも答えは簡単。
あまりに単純な引き算だ。
「小さくなってしまったのです!!」
使った分だけ、失われる。
当然、雪風の身体は小さくなり、今では十歳ほどの大きさになってしまっている。
だが、それ以上に重要──いや、身体が小さくなってしまったのは、豊満な体型に憧れる雪風的には最も重要なのだが──なのが、
「くっ……まだ生きてますか……!」
それでも、巨大生物は死なないと言うこと。
さらに言えば、徐々に水魔法のエキスパートであるレイが押し負けてきたことだった。
──もう、駄目なのか。
そう、全員が覚悟した。
ある一人だけを、除いては。
「やっちゃって、お姉ちゃん!」
「にゃぁ!!」
嬉しそうなマリンの応援の言葉に応えるように、一つの人影が、丁度雪風が巨大生物に開けた穴から飛び出した。
空中でブルブルと身震いして水滴を飛ばし、グッと硬く拳を握る。
空高く、化け物の背丈よりも高く飛んだその猫の腕には、小さなスパークが弾け、
「二人きりの時間を、邪魔するにゃぁぁぁ!!」
心の声そのままに、強烈な一撃が振り下ろされ──
♦︎♦︎♦︎
「くらえお姉ちゃん!」
「ニャハハ! やったにゃぁー、仕返しにゃ!」
キラキラと眩しい姉妹を眺めながら、その光景を心のメモリーと魔道具のメモリに刻んだ俺は満足げに頷く。
「一件落着、だな」
「どこかです!? 雪風的には全然アウトなのですが!? 魔力、魔力を供給してください!」
「ごめん、俺も魔力ない」
いやまぁ、面倒ごとが新たに生まてしまった気もするけど……。
「シンー! 雪風ー! 二人も一緒に遊ぶのにゃー!」
「あー、了解。今行く!」
ま、それは王都に帰って、お姉さんにでも聞けばいいか。
「あ、そうだお兄ちゃん! マリンもお兄ちゃんたちについて行くから!」
「あー、了解、今…………へ?」
今…………なんて言った?
これにて三章完結です!
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明日は八時頃に『登場人物紹介』を投稿する予定です。




