エピローグ3ー1
「それじゃ、族長にはならないのか?」
森の中、俺とグラムは二人で歩いていた。
そんな中、突然、グラムが自分は族長に相応しくないと言ってきたのだ。
「んにゃ、グラムは、家族を守るために族長になろうとしていた。でも族長は、本当はそういうものじゃないにゃ。族長は、獣人全員ことを考えなくちゃいけない。グラムにはまだまだそんな覚悟はないにゃ」
「…………」
「違うにゃよ? これは、卑下しているとかじゃないにゃ。単純にやり方を変えただけ、クロスブリードの地位を向上させる夢は諦めていないのにゃ!」
手段と目的がゴチャゴチャになっていたグラムは、あれから考え続けたのだろう。
小さい頃からの夢を断つ、それが、どれくらい辛くて大変なことなのか、経験のない俺には知ることもできない。
でも、なんだか今のグラムはいつもより生き生きとしていて、雪風と紫苑と一緒に四人で遊びに行った時のように、なんだか嬉しそうだった。
そんなグラムを見ていると、ふと意地悪したくなってきた。
「じゃあ、俺との婚約も破棄だな」
「な、なんでなのにゃ!? そ、それはまた別の話で…………そ、そうにゃ! シンがグラムの尻尾を掴んだ事実は変わらないのにゃ!」
俺が言った途端、グラムが絶望的な表情をして、泣きそうになったり、パッと明るくなったり、ドヤ顔したりと、百面相を披露してくれる。
それが面白くて、グラムが可愛くて、思わず俺は笑ってしまった。
「な、なんで笑うのにゃ!?」
「い、いや、グラムが可愛くて……ははっ!」
「んにゃ!? ま、まさかシン……グ、グラム様をコケにしてぇ! 許さないのにゃぁ! フシャー! うにゃぁ!」
「あははっ、あははっ……ってうおうっ!?」
俺が腹を抱えて笑っていると、顔を真っ赤にしたグラムが突然飛びかかってきた。
当然、俺はそのまま後ろに倒れ込んで……
「あ、やべ、この先坂道だ」
「うにゃ!?」
「「うぁぁぁぁぁ(うにゃぁぁぁぁぁ)!!」」
なんかすごい既視感があるぞ!
で、でも今回は死ぬことがない!
何故なら…………
「うにゃぁぁぁぁ!!」
────ドボンッッ!!!
この先の崖の下が湖だからな!
二人で抱き合いながら、叫びながら、俺たちはそのまま湖へダイブ!
「あはははは!!」
「ニャハハ! 二人ともビショビショにゃ!」
岸に上がって、俺たちは笑い転げる。
ダイナミックな入水と、さっきの俺たちの叫び声が、なんだか笑いのツボに入ったのだ。
「あは、あは、あはは……はぁ、はぁ、はぁ……笑いすぎて息が……ゴホッゴホッ!」
「どうしたのにゃ? ……あ、うにゃぁ〜。どこ見てるのニャァ?」
うおっ……グラムの服、透けてるじゃん……。
シャツの下に着けている下着が……
いや? これってもしかして……
「ジャジャーン! 残念にゃ! グラムはちゃんと水着を着ているのにゃ!」
グラムがパッと服を脱ぐと、その下から現れたのは、下着……ではなく白いビキニタイプの水着。
さすがは獣人、自然が作り上げた最適解のプロポーション。布面積が少ないと言うのに、あまりに健康的すぎて、エッチな気持ちというよりも感動を覚える。
でもやっぱりエロい。さすがは獣人。
「今日、グラムはシンとここに来るつもりだったのにゃ! でもまさか、シンもここに行くつもりだったなんて……面白いにゃ!」
「まじか…………」
なんてことだ。
俺とグラムの目的が、全く同じ場所だったなんて……。
まあ良い、グラムに後ろを向いてもらい、俺も手取り早く水着に着替えた。
と、その時、
「ここだよ!」
「「っ!?」」
マリンちゃんの声が聞こえた。
いや、それだけじゃない。
「うわぁ! 湖だ!」
「すごい綺麗……です!」
「ほわぁ……自然とは素晴らしきものでござるなぁ……」
「う、うむ……これは驚いたの……」
「どうして森の中にこのような湖が? …………人工物のようには見えませんが……」
それを認識した瞬間俺は、
「────!?」
グラムを抱き寄せ、湖の中に飛び込んだ。
なんとなく、みんなには気付かれたくなかったのだ。
グラムがバタバタ暴れるが、俺が強く抱き締めると、徐々に抵抗が少なくなっていく。
と、思ったらその時、
「あれ? お兄ちゃんとお姉ちゃんの服だ」
「む? 本当じゃな。しかもこれ……シンは裸でグラムは下着姿ではないか?」
「え…………?」
水面の向こうでマリンちゃんたちが、脱ぎ捨ててある服を訝しげに眺めていた。
──ヤバイ。
今ここで顔を出せば、なぜ隠れたのかとか、色々勘繰られることになる……! もう隠れ続けるしかないぞ!?
「んー! んー!」
「────(静かに)!」
焦るのは分かるが、今は幻影魔法を水面に使ってるから見つからないはず……。
「むー! むー!」
いや、だから暴れるなって!
……へ? 違う? 上じゃない? むしろ下? 湖の底?
底に何があるんだ? まさか人の死体でも────
「…………え?」
目が、合った。
目…………だよな?
俺の身体程もある、巨大な目だ。
「「────!!」」
♦︎♦︎♦︎
「二人は、何をしに来ていたんでしょう?」
「まさか……いや、流石にあやつらでも、そんなことはしないはず……」
「お姉ちゃん、勇気を出したんだね……!!」
エミリアたちは、ビショ濡れの服を見つけてしまった。
シンと、グラムの服。
シンの服に至っては、下着すらも置いてあった。
キラたちは想像力を働かせ、当然のように、グラムがシンを誘惑してシンが引っかかったという結論に辿り着く。
だがあくまで、それは冗談のようなものだ。まさか、そんなことはないだろうと、皆、心のどこかで思っていた。
……エミリア以外は。
「…………」
エミリアの頭によぎるのは、昨晩のシンの姿。
そして、今朝のシンの独り言。
もしかしたら、今二人は、隠れてキスをしているのかもしれない。そう考えると、心の奥がモヤモヤした。
「大丈夫だよね……シン……」
なんとなく足元の小石を拾って、湖にポーンと投げ込む。
それは、ほとんど無意識の行動。ムシャクシャした気持ちを、小石を放ることで解消しようとした故の行動だった。
だが…………
「え? 何……これ?」
「!? ど、どうしたのです!?」
「地面が揺れてる! すごい!」
「む? 地震でござるな」
「これが地震ですか! あの、噂に聞く!」
「な、何故地震が大森林で起きておるのじゃ!?」
突然、地面がゴゴゴと唸りを上げるように、振動し始めた。
天照国出身の紫苑を除き、この場のほとんどの者は地震を経験したことがない。
まるで世界の終わりのような自然の動きに涙目になって…………
『……え?』
全てを飲み込むほどの大量の水が、空から降ってきた。
紫苑は地震くらいじゃ驚かない。日常だったので!
分割投稿にしたせいで、今週は木曜投稿、金曜休みになりそうです。




