七十六話:嫌な予感
『かんぱーい!!』
宿屋にて、八人の声が揃った。
隣同士で楽しげに喋り、目の前の豪華な料理に目を輝かせるみんなを、俺はグラスに口をつけながら眺める。
みんな、どこか浮かれている。
理由は、言うまでもないだろう。
正神教徒幹部ザーノスを倒した。
歴史上で一番最初の大司教討伐だ。それも、死者がゼロという、最高の終わり方で。エミリアも純潔を守ったし、俺もグラムからの誘惑を防ぎ切った……!!
食べ終わり時刻が遅くなっても、興奮冷めやらぬ様子でみんなはまだワイワイと話していた。
そんな彼女らを見て、俺はこっそりと立ち上がる。
が、流石に隣で食べていたエミリアには気付かれるか。
「どこ行くの? シン」
「ん、ちょっとお手洗いに」
「了解です。行ってらっしゃい」
エミリアの言葉に送られて、俺は宴会場をそっと後にした。
暗い廊下を進んで、トイレの前を通り過ぎ、俺はロビーに向かった。
エミリアにはお手洗いと言ったが、俺の本当の目的は違う。
ロビーに来ている男が、俺の目的だ。
「時間ピッタリだな、全く、お前も几帳面だよな? 男との約束のために美少女だらけの祝賀会を抜け出すなんてよ」
「そう言うなら明日にしろよ……」
「明日にしたら、今晩のうちに色々考えられそうだったからな。まずはこれ、返しておく」
そう言いながら取り出したのは、鈍く光る銀装の拳銃。
あの、装弾数三発の代わりに当たれば即死という、無茶苦茶な設計の銃だ。
エミリアがザーノスに犯されそうになった時、こいつが発砲したおかげでエミリアは助かったらしい。
「ありがとな、エミリアを助けてくれて」
「いいや? あの王女様が犯されれば、お前が制御不能になって俺の計画もおじゃんになるからな。復讐のためだよ」
手をヒラヒラさせながら答えるアルディアの表情は見えないが、本当に、なんとも思っていないようだった。
「と言うよりもそれ、壊しちまったが大丈夫だったか? ひでぇ壊れ方してっけど」
「ん? ああ、これなら大丈夫だ。三発撃つと、丁度銃身の耐久度が無くなるようにできてるんだよ」
もし壊れていることに気がつかず発砲してしまうと、そのオーバーキル気味の威力が自分に牙を剥くことになる。
それを防ぐために、わざと弱くしているのだ。
今回はこの銃を三回も使ったから、壊れるのも仕方がない。
弾、三発分。
俺が森で撃った一発、アルディアがエミリアを助けた一発。
そして、最後の一発は……
「大丈夫か? お前、最後頭に食らってただろ」
アルディアがザーノスに向けて放った、トドメの一撃だった。
死なない呪いはザーノスの魔力を元にしているから、アルディアの能力が付与された弾丸であれば、確実に殺すことができる。
問題は避けられることだったが、それは、俺が羽交い締めにすることで解決した。
勿論、ザーノスを後ろから羽交い締めにした俺ごと、ザーノスの脳天に弾丸を撃ち込むことになる。
軽々と貫通した弾丸がそのまま俺の脳天を貫くことに、何も不思議はない。
「大丈夫だ、気を抜くとちょっとふらつく程度」
だが俺は、あの再生能力があるので、死ぬことはない。アルディアの結界内でも復活できるのは、最初にこいつに殺された時に確認済みだ。
死に方が死に方だけに、復活後も少し違和感があるがな。
まぁそれも、じきに無くなるだろう。
「…………お前、これからどこに行くんだ?」
「さあな。適当にフラフラするよ」
「なぁ、孤児院に戻るってのは…………」
「やめろ」
「っ!!」
「俺は、孤児院を燃やした奴と同じ正神教徒だ。今更、どんな面下げて戻れってんだ。それに…………」
少し悲しげにふっと笑って、
「もう、グラムやマリン、みんなしっかりお姉ちゃんお兄ちゃんやってるからな。俺の居場所はもうねえよ。それにグラム自身にも、寄りかかれる相手ができたみたいだし」
「…………」
「……俺はもう行くよ」
「ああ、ありがとな」
俺の礼にも、手をヒラヒラと振るのみ。
なんとも掴み所のない男だ。
「……ああ、あと一つ」
だが、ふと立ち止まったアルディアが、仮面を外して振り返った。
「妹を、頼んだからな」
そして、それだけ言うと、あとは何も言わず、闇の中に消えていった。
「任せておけ、アルディア」
♦︎♦︎♦︎
と、本来ならばこれで全て解決となるのであろうが、残念ながら、そうも行かなかった。
宴会場に戻った俺を出迎えていたのは、なんとも言えない異様な雰囲気だった。
その雰囲気の中心では、トランプのようなゲームをしている、エミリア、キラ先生、雪風、マリンちゃんがいた。
四人とも、俺には気が付いていないみたいだ。
「むぅ……やはりこういったものは苦手じゃ……。じゃが、勝負は勝負、仕方がないの」
「受け止めるです」
少し残念そうな表情をしているキラ先生と雪風を見て、何か嫌な予感がした。
「ごめんお姉ちゃん……マリンが不甲斐ないばかりに……」
「だから最初から頼んでないにゃ!?」
申し訳なさそうに眉を下げるマリンちゃんと、顔を赤くするグラムを見て、さらに嫌な予感が。
「────っ!!!」
そして、エミリアの嬉しそうな顔を見た途端、俺は、今度こそ確信に近いものを覚えた。
「あのぉ、これって、何やってるの?」
恐る恐る紫苑に聞いてみると……
「部屋割りでござる。勝者から順に、誰と同じ部屋にするかを決めるのでござるよ」
「やっぱりそういうことか…………」
となると、今勝ったのはエミリアだし……
「私は…………シンとが……良いかな?」
嫌な予感が、確信どころか確定に変わった瞬間であった。




