七十五話:復讐者
書き方に悩んで、昨日は投稿できませんでした……。すみません
雪風と目配せをし、頷き合う。
だが……ザーノスは、動こうとしなかった。構えることさえない。
「一つ聞きたい、魔術師よ。家族を……大切な者を失った世界に、意味などないと思わぬか?」
「どういうことだ?」
突然の話に戸惑う俺を無視して、ザーノスは続けた。
「何、昔の話だ。かつて傭兵として街の安全を守っていた私は、幼い頃からの付き合いである者を妻とし、満たされた生活を送っていた」
一つ息を吸い、
「マーリンが、あの戦争を引き起こすまでは、な」
殺気が、現実の風となって吹き荒れた。
まるで、全てに憎悪するような、そんな見境のない殺気。
「時に魔術師よ、神の奇跡を知っているか?」
「神が使う力?」
「では、中には人と共にあった神がいたとしたら?」
「え────?」
「死んだ。殺された。神族であった私の妻は、当然のように殺された。私がそれを知ったのは、従軍して半年程立った時。丁度数日後に、私は妻の元に帰省しようとしていた時だった」
「……………」
何も、言えなかった。
俺は師匠が死んだと知った時の、あの絶望、あの空虚な感覚を知っているから。
「マーリンは、英雄などではない。災厄に近いものなのだよ」
静かに、至って静かに、ザーノスは言った。
大切な者を失う辛さ、それは、予想するまでもない。
俺が何よりも恐れるもので、だからこそ、こいつの気持ちが分かる。
だが…………
「だから……どうした? 確かに、お前は不憫かもしれない。だが、だからと言って、関係のない人を殺したり、操ったりして良いわけじゃない」
「そうか…………普通は、そうなのだろう」
「…………?」
どういうことだ?
ザーノスが自嘲気味に笑った。
「これを見ろ」
「っ!!」
おもむろに上半身をはだけさせたザーノス。
その身体に刻まれたおどろおどろしい紋様を見て、俺は思わず息を飲む。
紋様は、身体に直接彫られていた。キラ先生の身体にある契約の印とは違い、ザーノスのものは今も血を流す身体の傷によって作られていた。
「呪いだ。神の手によってかけられた、不死の呪い。死を体験するたびに傷は深くなり、痛みが増す。だが、重要なのはそこではない」
「まさか…………!!」
「これによって私は、死者である妻と会うことは不可能になった。分かるか魔術師。感情を失ってもなお、死ぬことができない。その恐ろしさを」
俺が暴走しかけていた時、ザーノスが無傷だったのも、この呪いのせいだというのか。
いや、大切なのはそこではない。
「殺して欲しいのだよ、私は。今も、私は悪夢に悩まされる。妻を嬲り殺す人間と、妻の怨嗟の声が、私の頭にはいつも響いている。これは復讐であり、私が死ぬまでの戦いなのだ。私が神と人を滅ぼすのが先か、私が死ぬのが先か」
自暴自棄になっている、そう言っても良いだろう。
だが、俺はそれを否定できなかった。事実俺も、今度はどうなるか分からないから。
師匠の時は、壊れる前に、湖で眠るエミリアを見つけた。
だが今度は……次に、誰か大切な人を失えば…………。
俺が何も喋らないのを見ると、今度はアルディアがザーノスに質問をした。
「……爺さん。感情が消えたと言ったな? では何故、女子供を犯すんだ?」
「私が、人でいるためだ」
「つまり?」
「死亡、性交、この二つ瞬間のみ、私は一瞬だけ感情を覚える。死への恐怖、死への歓喜、性交の快感、そして妻への懺悔だ」
俺も、こうなってしまうのか……?
「魔術師よ、貴様からはあの忌々しい男と同じ匂いがするのだ。あの、自身の栄光のために神を敵に回した傲慢な男と同じ!」
ザーノスの怨嗟の叫びが、魔力的な力を持ち、俺に襲いかかってくる。
俺に、それを防ぐ気力はなかった。
だが……、
「それは違う!」
キラ先生の咆哮が、アルディアの結界の中からそれを吹き飛ばした。
「…………なんだと?」
「あやつは……あの男は、自分のために力を振るったことはない。あやつが怒る時は全て、妹のためだった。魔術を生み出したのも、神の奇跡を扱う妹……大魔女ノートを救うため!」
「マーリンの妹が、あのノート、だと……?」
「詳しいことは妾も知らぬ。だが……あやつは、マーリンは、決して自分の栄光のために行動などせん!」
そうか……キラ先生も、過去に生きていた人なんだ。
「だとしても…………たとえあの男が、自らの大切な者のために神を敵に回したとしても! それでも、私の妻が死んだ事実は変わらない!」
「っ…………!」
ザーノスが放った魔力球は、アルディアの結界によって霧散した。
「爺さん。アンタの事情は分かった。だが……言うことは変わらねえよ。俺たちはお前を殺す。それがお前にとって救いだとしても、俺たちは、お前が許せないから、お前を殺す」
「ああ…………。安心しろザーノス、お前は俺が止める。止めてやる。…………雪風」
名前を呼ぶと、雪風がコクリと頷いた。
「大丈夫か?」
「大丈夫ではないです。でも…………これが、救いだとしたら。シン、雪風はこの場所に立った時に、心の準備はできているのです。だから安心して、雪風に命じてください」
「分かった」
俺は雪風の後ろに立ち、後ろから雪風を抱きしめた。翼が少し邪魔だったが、気にしている暇はない。
そしてその状態で、片手を相手……ザーノスに向ける。
「私も全力で行く。私があの男によく似た貴様を殺すか、貴様が私を殺すか、勝負は一瞬だ」
開始の合図はなかった。
ただお互い、技が発動できる時間になった瞬間、それを行っただけ。
それが、偶然重なっただけだ。
「私を殺してみせろ魔術師よ!」
「今度こそ殺してやる!」
──光
極光がぶつかり合ったかと思えば、すぐに全ては光に包まれて見えなくなり…………。
ああ…………やっと、お前の元に行ける…………
ザーノスとシンは似ていますね。壊れなかったのがシンで、壊れてしまったのがザーノスです。
大森林編はもう少しだけ続きますが、次話の投稿は明後日になります。




