七十一話:覚醒
♢昨夜♢
「おうおう、そう警戒するなって。俺はただ、お前さんと取り引きがしたいんだ」
「…………取り引き?」
戯けたように肩を竦めるアルディア。
なんとも胡散臭い。
だが……たとえばここで争ったとして、果たして俺は逃げることができるだろうか。
魔術師の本来の戦い方は、相手の行動を予測し、罠を何重にも仕掛けておくことだ。
そしてそれは、全ての戦いの基本でもある。戦力差も調べずに戦争を仕掛ける国はいない。
こいつが、何か罠を張っていないとも限らないのだ。
だったら……
「話は聞く。答えはそれからだ」
夜まで時間を稼ぐことが、今の俺にできる最善策だ。夜になれば、心配した雪風がきっと来てくれる。
「ちょっと、殺したい……それも、絶望の中死なせたい奴がいてな。何、お前さんにとっても悪い話じゃないと思うぜ? それに、俺にできる対価は払おうじゃないか」
そう言いながら、アルディアは仮面を外した。
酷い火傷の跡の残る、端正な顔。まるで、昔大火事に巻き込まれたような。
それを見て、俺はあることに気がついた。燕尾服、白の手袋、まさか全て、火傷跡を隠すためなのではないか?
大火事と言えば、最近、聞いたばかりの話がある。
まさか……いや、だがこいつが獣人ならば可能性は……
「…………家族がアイツに奪われるのは、もうたくさんなんだよ。頼む、俺と一緒に、正神教徒大司教『時間』と戦ってくれ」
「ッッ!」
下げた頭、黒髪の中から、焦げて半分になった猫耳が見えた。
♦︎♦︎♦︎
キラ先生を回復しながらそんなことを思い返していると、喋る気力が戻ってきたのか、キラ先生がゆっくりと口を開いた。
「……何故、正神教徒といるのじゃ……?」
「色々あったんですよ。本当に、色々と。終わったら、話しますから」
だが、申し訳ないが、あまり詳しく話すことはできない。
特に、時間の正神教徒がいる前では。
一つ長く息を吐いて、俺は時間の正神教徒に向き直った。
「…………さて、アルディア」
「ああ、二人は俺が守っとく。お前は安心してぶっ殺せ」
簡単に言ってくれる。
ザーノスだったか? 今まで感じたこともない程の覇気だ。
師匠には敵わない……いや、正直に言おう。師匠よりも、上かも知れない。
「本当は、俺が守りたかったけどな……」
「馬鹿言え。お前の能力が他者の守りに特化していないのに対して、俺は防御特化。誰がどう見てもこれが最適解だ」
「分かってるよ」
言ってみただけだ。
いざ目の前にしてみるとあまりの威圧感に膝が震えそうになって、だったらアルディアに任せて逃げようとか、そんなことを考えていなかったわけではないが。
だがそれも考えて、すぐにあり得ないと却下した。
何故ならそれは……
「なるほど、貴様がシン・ゼロワンか。この男さえ殺せば、そこの二人……いや、他にもいたか。まあともかく私の物になるのだな」
流石に、こいつに対する怒りを抑えきれそうにないからだ。
「アルディア、俺は最初から本気で行くことにしたよ」
「……正気か? お前、まだあれは数秒纏うくらいしかできないんだぞ? その数秒で片付ける気なのか?」
理由は分かっている。
エミリアがこいつに犯されそうになった時、俺の中で何かが壊れた。
もう、アルディアとの契約がどうこうの問題じゃない。
アルディアにトドメは譲ろうと思っていたが……悪いが、それは無理だ。
それに勘違いしないで欲しい、俺は、数秒で片付ける気なんてない。もっと長く苦しめるつもりだ。
「龍鎧」
その瞬間、俺の身体の中の魔力が半分近く放出された。
血のように紅い魔力。龍人化したキラ先生が纏うオーラの色と同じ色。
全身を灼けるような痛みが走り、身体の至る所で毛細血管が内側の圧力に負けて弾け飛んだ。無論、目も。
だが、俺は魔力の解放を止めない。
実際、敵にして分かった。ザーノスは、俺の手には終えない。
今の俺の力では、アイツには勝てない。
だから、こうするしかない。付け焼き刃でもこの方法しかないのだから、俺は魔力の解放を止めない。
「大切な人を喪うのは、誰かに奪われるのは、もう見たくねぇんだよ……」
俺は師匠を守れなかった。
だから今度こそ、エミリアを守り抜くと誓ったのだ。
「貴様はここで殺す! 正神教徒!」
俺を中心にして、地面に真っ赤な魔法陣が浮かび上がる。
いや、魔法陣とは少し違う。
「この紋章って……龍の紋?」
「な、何故お主がこれを使えるのじゃ……あやつ以外の者が……何故……っっ」
それは、龍の紋だった。
キラ先生の身体に刻まれた物と同じ、紋。
「ハンゲル王国王女、エミリア・ハンゲル唯一の護衛、二十五番隊"刃"所属シン・ゼロワン。時間の正神教徒ザーノス、楽に死ねると思うなよ」
昨日から「ラブコメの神様ですが、一部女子から好かれ過ぎて困っています。」というラブコメを投稿しています!
読んでいただけると嬉しい。
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