十三話:学院を攻略せよ。
「エミリア、右」
「え……あっ、えいっ」
「無詠唱でござるか……っと、アーサー殿」
「おっと! はは、あんなのよく気付いたね。ありがとう」
「いえいえ、拙者は"影"の中でも諜報を得意とする者。周囲360度を把握しなければ、敵地で生き残れませぬから。っとシン殿……は、ご自分で対処出来てるし……」
「俺も護衛歴はざっと九年近くあるからな。同じく常に周りは警戒しているさ。アーサー、左から毒矢、三秒後に上から墨」
「さっきから言ってる墨ってなんなんだい……? 怖いから〈フリーズ〉するけど。ところで私も、いつ謀殺されるか分からないから、これでも鍛錬は積んでいたと思うのだが……」
「いやいや、お前も周りに合わせるのがかなり上手いだろ。目立たないけど、冒険者でヘイト管理要員はかなり大切だぞ?」
「私は王族なのだが……」
迷宮攻略は、順調に進んでいた。
俺たちの相性が最高! なんてことは勿論ないが、即興パーティーにしてはよくやってるんじゃない?
無駄話が多いが、それ程余裕があるってことだ。
ところで、今は二階である。攻略を開始してから既に十数分が過ぎているが、まだ半分も行っていない気がする。
……絶対難易度設定ミスってるわ、これ。
さっきから、姿は見えないが下の階から悲鳴が聞こえてくる。恐らく、後から校舎内に入った奴らだろう。既に何人搬送されたか考えたくもないな。
…………聞こえてくる悲鳴は……白? ああ、あのトリモチみたいなやつか。それかトリモチを吸収したスライム。
悲鳴ならスライムだな。
一番イライラするのが、罠がいやらしいことだ。いや、エッチぃとかではなく、狡猾というか、色んな意味で人の逆鱗にソフトタッチするレベルの悪戯が多いというか……。
まあ、あれだ。
一言で言えば、性格がめっちゃ悪い。
流石は学院長、やっぱ上に立つ人は性格悪いからね。
まあ、上に立っても性格が天使で女神な方もいるのだが。例えばエミリアな。
横目で確認すると、若干顔色が悪い上に息が微かに荒い。淑女の嗜みを仕込まれているから、こういった場で大きく騒ぐことはないが、それでも長年見てきた俺には分かる。
少し……無理してるな。
「エミリア、大丈夫か? 辛いなら休憩するか?」
「い、いや、全然大丈夫だから!」
「そうは言ってもな……お前は一番大変な仕事をしてるんだから、休んだって文句は言わないって」
こればっかりは俺が悪い。
罠の魔法陣? んー、ざっと二十くらい?
ほとんどの罠が危険とはかけ離れたものだが、その中に幾つか混じった気絶狙いの罠がいやらしい。
これは大丈夫だろって思ってたら、急に麻酔を付けた毒矢が吹き出したり、中には罠を回避した後、安心した頃に爆発するものもあった。
魔力残量はまだ大丈夫だろうが、精神的に中々辛いものがあるだろう。
初心者であるエミリアは、自分が対処出来なかったから。と考えて責任を感じてしまっているのだ。
実際の責任の所在は、指揮を執るアーサーが一番、次に自由行動を任されている俺にあるんだけど。
「あまり気負うなって。罠も死なないレベルに抑えられてるし、なんなら堂々と裸で歩いて行ったって構わないんだ。あ、これは物の例えだからな?」
「ふふ、分かってる。うん、それなら……少し、少しだけ休もうかな」
「ん、そうするか」
「……しかし、どこで休むんだ、シン? 立ち止まってるとスライムが来るぞ?」
「スライム……ッ! スライム怖い……シン殿ぉ……」
「あー、よしよし、スライムいないからなー、だからちょっと離れようなー」
ござる少女が壊れた!
先程、天井から大量のスライムが降ってきたときのトラウマを蘇らせたのだろう。
あの時は、俺も死ぬかと思った。いや、スライムに纏わり付かれても、炎で身を焼けば良いから大丈夫だけど。
ちなみに、スライムの身体が液状のおかげで火傷はしない。全身を火に包まれるから、割と怖いけど、その程度だ。
その時、アーサーは一瞬でローブの中にこもり、纏わり付いたスライムを魔法で炙っていたから見ていないのだろう。この話題が出て紫苑が壊れる度、首を傾げている。
何を見てないか?
それは……あれだ。対応に遅れた紫苑が、スライムに陵辱されるところをだ。あ、貞操とかの話じゃないぞ?
身体の汚れを取る良いスライムだったらしく、紫苑の肌はツヤツヤになったのだが……身体を液状の生物が這い回る感触は中々消えないらしい。
だが、
「し、シン殿ぉ! 助けてでござる! 拙者こういうニュルニュルしたのは……! ほん、とうにダメ……なの…………ああっ! くっ……んっ! ふぇ…………グス……」
と言われるまで呆然としていた俺も悪いな。まあ、俺もエミリアを守っていたせいで身体を蹂躙されてたんだけど。おかげで俺もツヤツヤだ。
アーサーがローブから出てきた時は、アーサーは「えっと……シオンがやけに君に懐いていないかい?」と若干混乱していた。
同族意識だろうか。スライムに身体を洗われた同盟とか、ちょっとやめて頂きたい。
……紫苑が壊れたせいで思い出したくもない過去を思い出したが、立ち止まるとスライムがやって来るのは本当だ。
最初のスライム遭遇も、攻略ルートを考えてたら襲いかかってきたし。
ちなみに、トイレもアウト判定だった。
俺が途中トイレに寄ったのだが、やけにツヤツヤして帰ることになってしまった。
もう、三日くらい風呂入らなくて大丈夫な気がするな……。いや、流石に元日本人として入るけど。これぞ大和魂だ。……大和魂よく知らないけど。
だが、これでスライムにやられていないのはアーサーを除くとエミリアだけだ。うちの最強パーティーの四分の三を恐怖に陥れるとは……中々やるな、スライム。
「スライムが来るって分かってても、警戒してたら休憩になんねえしな」
冒険者なら、スライムなど気にせず休憩する、いやむしろ身体を綺麗にしてくれると喜ぶだろうが、残念ながら、学院内歩くのにそんな自分捨てる覚悟なんて持ってない。
……スライム風呂、売れねえかな……。あ、ダメだ。全裸だと肛門から侵入されて死ぬ。
「だが、休憩は必要だ。それに、このまだと埒が開かない」
「スライム……スライムゥ…………」
「スライムって……そんなに怖いんだ……」
エミリアが青ざめ始めた。
エミリアには、スライムが現れたら目を閉じろって言ってあるからな。
頭の中で、触手を持った異形の神でも想像してるんだろう。スライムがラスボス化していて怖い。
「取り敢えず、そこの教室に入ろう。流石に本物の迷宮よろしく魔物が現れたりはしない筈だ。スライムは……分からん」
「……ヒッ……」
青ざめてガタガタ震え始める紫苑。可哀想だが、このまま強行突破して、疲れた時にスライムが襲って来たら……と考えると、休憩はこまめにとっていた方がいいんだ。
「んじゃ、入るか……どうした、紫苑?」
「そ、その……拙者、腰が……」
ペタリと地面にお尻を付けた紫苑が、弱々しく制服の裾を掴んでいた。
ちなみに、今の紫苑は忍び装束ではない。なんでも、スライムがまだ付いている気がして、当分着ることが出来ないそうだ。
女子トイレで着替えたのだが、対スライムで付き添ったエミリアの出番が来る前に着替え終わったらしい。
なんでも、あまりに一瞬で見えない程だったとか。忍びとして、三秒で着替えられまする、と言っていたが、エミリア曰く一秒かかってないとか。
スライムへの恐怖心が、紫苑の速着替えをさらなる高みへ登らせた……なんだかなぁ、ですね。
では、彼女は何に着替えたのかというと、ズバリ巫女装束だ。……なんで持ってんの?
「巫女は、潜入で一番怪しまれない格好でござる」とは紫苑の言葉だが、若干趣味入ってそうな気がしてならない。いや、入ってる(確信)。
だが、日本でも巫女がスパイを兼業したりしていたって聞いたことがある。この格好も、案外正しいのかもしれない。
「腰が抜けたのか?」
マジかよ……そう思いながら俺が聞くと、弱々しくコクリと首を縦に振った。
マジかよ……。
だが、俺には強い味方がいる。
ふふ……紫苑、君の思うようにはならないのだよ。あ、いや紫苑は単純にスライムがトラウマだっただけでしたね。
危ねぇ、危ねぇ、王宮で生きて来たせいで、そういう姑息な演技を見過ぎてるな、俺。ポイント稼ぎとかを考えている時点で駄目だ。
という訳で、ちょっとやり直します。
…………だが、俺には強い味方がいる。
それは……………………。
「ア────」
「断る」
「オブホォ! くっ……ア、しか言ってないのに断るとは……貴様、中々やるな……!」
もしかしたら、アから始めるヒーローかも知れないだろ!?
だが、アーサーは俺に応じる気はないようで、さっさと教室に入ってしまう。
くっ……なんて友達甲斐のないやつ……!
あ、元々友達じゃありませんでしたね。万事解決。俺に解けない謎などない。誰かモリアーティ連れてきて。
「シン。早くしないと、スライムが来ちゃうよ! 食べられちゃうよ!」
やっぱり、エミリアは何か勘違いしているな。
「た、食べられる……スライム、コワイ……ふぇぇ、グス…………」
そして、紫苑。お前はスライムの食性くらい知ってるだろ! あいつらは人間の肉は食わねえよ、食って体液くらいだよ! ……それでも十分嫌だけど。
どんだけトラウマになってるんだよ……。元々ニュルニュルしたものが嫌いだったとは言え、最早子供に赤鬼って言うレベルで泣いてるぞ。分かりやすく言えば、「お兄ちゃん……嫌い」って言われるダメージ。
……余計分かりにくくなったかも知れない。
「シン殿ぉ……」
……でも、紫苑は被害者なんだよな……。
それに、ござるの衝撃が大き過ぎたせいで目立たなかったけど、こいつの名前は日本を思い出させるんだよな。
暁月紫苑、この漢字は俺が勝手に当ててるだけで、実際どう書くのかは知らないけど。でも、その音は故郷を彷彿とさせる。
…………仕方ねえ。
「あー、分かった分かった。ほらっ」
「…………ふえ?」
なんだよ、可愛くキョトンとすんなよ。惚れそうになるだろ。ならねえけど。
背中に乗せろってことじゃねえのか?
「背中……いいの……?」
「ああ、早く乗れ」
「で、でも……」
この娘、恐怖のあまりキャラ崩壊してるでござるよ。
あ、いや女の子の部分が出たと考えれば、これも紫苑の一面ってことになるのか?
というか、いざとなって躊躇すんなよ。
だから、俺は魔法の言葉を使う。英語で言うとマジックワード。あれ? マジカルワードか? ……心底どうでも良いな。
「……スライムが来るぞ」
「乗るっ!」
速い!
紫苑は、一瞬で俺の首に腕を回した。
だけど、腰が抜けているから、自分で乗ることはできないみたいだな。
が、どうやって乗せようと思っていたら、エミリアが紫苑が乗るのを手伝ってくれた。
細やかな気配りを、何も言わずにさり気なく行えるその優しさ。
……一生付いて行きます。
「よし、乗ったか?」
「の、乗ったでござる」
よし、キャラも元通り。ちょっと残念な気もするが、まあまたいつか見れるだろ。見たくなったらスライムを見せればいい。うん、俺外道だな。
──と、その時だった。
俺たちの頭上から。
『コトリ』と、鳴ってはいけない音がした。
そう、あいつらが
「ヒャァ! シン殿、早く、早く!」
「────────────!(分かった、分かったから首を……!)」
最後まで喋らせて!?
だが、そんな俺の思いも声に出すことは痛い痛い息が出来ない……!
「こっちだよ、シン!」
酸欠と涙、二重でボヤける視界。
エミリアに手を引かれ、俺は暗いトンネルに向かっていく感覚を────
「────!」
気付けば、俺は教室の床に寝かされていた。
机でバリケードが作られている扉の向こうから、ずるっ……ずるっ……とゼリー状の液体を引きずる音がした。なんの音か想像してはいけない。
そして、俺の右手には何やら柔らかい感触と、誰かに握られている感触があった。
そちらを見れば、体育座りでガクブル震えている紫苑が、俺の手をまるで家宝のように大切に胸に持ち抱えていた。絶対に離さないという意志を感じる。
成る程……この柔らかいのは、つまり……ふむ……。
えっ、俺死ぬの?
「…………」
これは、死ぬ直前に神様がくれた最後のご褒美ですか? なんてことだ。崖から落ちて師匠に会ったときも、そして今も、一生をかけるべきご褒美だ。神様俺に優し過ぎるだろ。流石俺の女神。
小さ過ぎず、大き過ぎず、この世界の平均より僅かに小さいくらいの大きさ。神様…………分かってるじゃないか。
あ、でも俺の信じる神様的に、これは大きい部類に入るのか。成る程……ヤバい、泣けてくる。
「き、ききき気付かれましたかかか……シン殿のの」
ガクブルガクブル。言葉だって震えている。
学院の悪戯(?)が、幼気な少女にここまで大きなトラウマを与えるとは……。いや、スライムは中々出会えないから、普通に生きる分には問題ないけど。
だが、スライムハンターとか、スライム専門魔物研究者とかへの道は絶たれてしまったのだ。
元々なる気があったかは別として。
「ああ、大丈夫だったか……ところで」
「…………?」
「この、頭の下にあるやけに柔らかくて気持ち良い極上の枕は一体……?」
俺知ってる。これ、膝枕でしょ?
右手を握る紫苑は除外して……アーサーかエミリア。
エミリア……と言いたい所だが、残念でした! とかやりたそうなアーサー君の可能性が高い。アーサー君、君は上げて落とされた人間の気持ちをもっと知りたまえ。多分殺意沸くぞ。
うん、アーサーだ。これはきっと、膝との間にスライム入れたんだな。……スライムなら沈んでるから、エミリアじゃね?
いや、希望は持つな……。その分後の反動が大きいんだ……。これはスライム。これはスライム……。
「もお……人の脚を枕だなんて言うものじゃありません!」
視界に逆さまに映ったのは、エミリアの赤くなった顔。
エミリアの赤くなった顔。大事なことなので二回言った。
「エミリア……俺の頭の下の脚は……」
まさか、エミリアなのか?
あまりの感動で、シン泣きそう……!
いや、でもこれくらいで泣く訳には……!
「あ、いえ、私です。どうも、勝手に置いてかれたレイ・ぜロ先輩です」
……………………。
俺は死にそうになる度、女神に会うらしい。
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