六十四話:混血
「家が…………」
あの日、私たちの家が燃えた。
理由はわからない。族長さんは、ねたばこって言っていた。
ねたばこっていうのが、その当時の私にはなんだかわからなかったけど、そんなことよりも、私が一番心配だったことがある。
それは、お姉ちゃんだ。
お姉ちゃんと言っても、本当のお姉ちゃん。同じお父さんとお母さんから産まれた、私だけのお姉ちゃん。
「…………」
お姉ちゃんは、静かに、燃え盛る炎を見つめていた。私たちはお姉ちゃんの周りに集まって、何もできずに震えていた。
というのも、年上の人たちがみんな火の中から帰ってこなくめ、十三歳のお姉ちゃんがその場で一番年上だったからだ。
お姉ちゃんが、その時何を考えていたのかはわからない。
でも確かに、この時からお姉ちゃんは変わった。
底抜けに、明るくなった。いつもの冷静なお姉ちゃんじゃなくて、騒がしいお姉ちゃんになった。
それはまるで、炎の中から出てこなかったシャンお姉ちゃんとかキヨお兄ちゃんとか、あとシャルガフさんとかみたいに。
私は少し気になったけど、自信家なのに卑屈になりやすい所、大事な所で優柔不断になるのは、前のお姉ちゃんと変わってなくて、だから特に気にしなかった。
「んにゃ! これでドンドン家族が増やせるにゃ! ……いや、来ない方が本当は良いのにゃけど……」
族長さんたちの協力もあって、幸い孤児院はすぐに復活した。
お姉ちゃんは来て欲しくなかったみたいだけど、新しい子供たちはそれからも毎日のように来た。
来る数が減っていたのは気になったけど、それは族長候補だったラムさんが教えてくれた。
実はあの大火事で、混血は滅ぶべきだと思う人と、混血に同情して支えてくれる人に別れたらしかった。
守ろうとする人は預けず、滅ぶべきだと考える人はでも自分の子供だけは殺せなくて、結局半分くらいの人数が預けられることになった。
「…………地下室があるにゃんて……」
ある日、孤児院の地下室が見つかった。
まだ四歳くらいだったムムちゃんが、ジッと壁を見つめていて、飾ってある絵が欲しいのかと思って取ってあげたら、どうやらそれが仕掛けだったみたいで、地下室への階段が現れた。
地下室はすぐにお姉ちゃんが行ってくれた。
孤児院に詳しかったアルディアお兄ちゃんなら、この地下室を知っていたかも知れない。もしかしたら、生きてるかもしれない。
そう、お姉ちゃんは、あの日火事を経験した子供たちを集めて話した。
「…………骨、あった。…………それと……」
結果として、お姉ちゃんは、骨を持って帰ってきた。
みんなには何もないって言っていたけど、リムさんと話しているのを聞いてしまったから、私だけは知っている。
その時のお姉ちゃんは、昔のように無感情な話し方で、最後の所は、ボソボソ喋っていて聞こえなかった。
お姉ちゃんが黒い布を強く握りしめていたのが、とても印象的だった。
「どうしたのにゃ? マリン?」
ある朝、少しだけ早く起きてしまった私に、お姉ちゃんは優しく微笑んで言った。
お姉ちゃんの目の下には隈ができていて、毛並みもボサボサ。何かの病気かと思って聞いたけど、お姉ちゃんにはうまくはぐらかされた。
その日突然森に散歩に行くってお姉ちゃんが言い出して、私は朝のお姉ちゃんの様子なんかすっかり忘れてしまった。
お散歩の帰り道、一匹の魔獣が倒れていた。身体中から血を流して死んでいて、かなり不気味だった。鋭い爪に切り裂かれたような布が付いていたけど、血のせいか黒かった。
「マリン……グラムは、族長になろうと思うにゃ」
あの火事の日から丁度一年後、お姉ちゃんは私にお姉ちゃんの夢を話してくれた。
多分、何年も前から決めていたんだと思う。お姉ちゃんはそれだけ言って、あの日と同じ場所に立って、孤児院を日が落ちても眺めていた。
お姉ちゃんの孤児院を眺める目には、一年前と同じ炎が映っていた気がした。
「貴様ら……!!」
私が、悪い人に捕まった。
アニルレイに偶然迷い込んだ人の格好が珍しくて、思わず近寄ってしまったのだ。
相手がお兄ちゃんたちみたいな人なら良かったんだけど、その人は人を売ったりする仕事らしくて、私は危うく連れて行かれそうになった。
お姉ちゃんがすぐに助けてくれたんだけど、その時のお姉ちゃんは、本当に怖かった。
お姉ちゃんは、外から来た人に危害を加えたっていう理由で、族長さんに怒られていた。
私はすごく納得が行かなかったけど、お姉ちゃんは笑っていたから、なんかどうでも良くなって、いつのまにか居なくなっていた外の人のことは忘れてしまった。
今思えば、族長さんは全てわかっていたんだと思う。
「馬鹿マリン!! グラムがどれだけ……!!」
お姉ちゃんと二人で木ノ実を取りに行った時、迷子になってしまった私は、足を滑らせて崖から落ちてしまった。
運が良かったのか足の骨折だけで済んだけど、お姉ちゃんにはすっごく怒られた。
それが怖くて私が思わず泣いてしまうと、お姉ちゃんは慌てて私の頭を撫でてくれていた。
……その時から、分かっていた。
言うとしたら、もう、今しかなかったのだ。
お姉ちゃんは既に、限界に近いように見えたから。
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