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六十三話:嘘

 

「グリフォン、トロール、そして……ケルベロス? 一体どこでこんな物を……っ!!」

「それは……秘密だにゃ!」


 突如として現れた三匹の魔物魔獣に、構えることも忘れて唖然とする紫苑。

 そんな隙だらけの紫苑に、グラムが高速で間合いを詰める。

 紫苑は慌てて回避しようとするが、もう遅い。咄嗟に腕を交差させえ受け止めたが、紫苑の腕からは嫌な音がした。


「ぐっ……拙者としたことが……」


 逃げながら腕を添木と包帯で固定し、紫苑が厳しい目をグラムに向ける。

 グラムが用意していた魔獣たちは、紫苑の予想を遥かに上回っていた。

 トロールはまだしも、討伐推奨冒険者ランクAパーティ以上の危険な魔獣であるグリフォン、そして伝説上の魔獣であるケルベロス。

 これらに加えて、強化されたグラムもいるのだ。到底、たった一人で勝負になる相手ではない。左手が使えないとなれば、尚更だ。


「…………これは、拙者も出し惜しみはできませぬな……」

「んにゃ?」


 だが、それをわかっていても尚、紫苑は動く右手でクナイを構える。

 その目は好戦的とは少し違ったが、どこか楽しげな目をしていた。そしてそんな目を閉じた紫苑は、小さく呟く。


「…………術式解放。暁月家忍術奥義」


 その声は小さかったが、不思議とグラムにははっきりと聞こえた。

 警戒するグラムの目の前で、薄黒い魔力の霧が細く長い呼吸をする紫苑の周囲に発生し、紫苑を中心に渦を巻いていく。


「グラム殿、お覚悟」


 ♦︎♦︎♦︎


「ぐっ……!!」


 戦闘は、熾烈を極めた。

 四対一という不利な状況にも関わらず、紫苑はトロールとグリフォンを打ち倒した。

 だが、紫苑の善戦はそこまでだった。最後の魔獣、上位悪魔が使役するというケルベロスだけは、どうやっても歯が立たない。 

 王狼の首さえ一撃で落とした紫苑ですら、ケルベロスの肉を切ることはできなかったのだ。

 紫苑の身体は既に満身創痍、今すぐ倒れてもおかしくはなかったが、紫苑はまだ立っていた。


「なんで…………なんで、諦めないのにゃ?」

「グラム殿が、気付いていないからでござる。グラム殿の最初の目的は、強くなることでないはず……」

「…………うるさいにゃ!」

「────ッ!!」


 グラムの声に応えるように、ケルベロスが前足を無造作になぎ払う。

 だがそんな雑な攻撃でも、紫苑は避けることができずに吹き飛ばされた。

 木の幹に背中を打ち付けた所に、ケルベロスがさらに追撃。肩に鋭い爪が突き刺さり、紫苑が声にならない悲鳴を上げた。


 ──このままじゃ、紫苑が死んでしまう……。


 そう、分かっていながら、グラムは止まることができなかった。

 もう十分だと思う自分の中に、動かなくなるまで痛めつけようとする何かがいた。


「…………」


 木の幹にベットリと赤い血を塗り付けながら、紫苑の身体が重力に負けてずり落ち、地面に尻をつけた。

 立ち上がる体力がないのだろう、荒く息を吐くことすら身体に響くようで、静かに木の幹に身体を寄り掛からせ、座り続けていた。 

 その目蓋が、徐々に閉じていく。


「…………紫苑、やっぱり、グラムにはこれしかないのにゃ。もう、グラムには戻る資格なんてない。グラムには……」


 グラムが紫苑に背を向け、そう、零したその時、


「もう、嘘をつくのはやめてよ、お姉ちゃん」

「っ!!?」

「なんで、正直に言わないの? どうして、悪者になろうとしてるの?」

「マ、マリン…………」


 なんで。

 狼狽るグラムの目に、浮かぶ。


「お姉ちゃんは、そんな力に手を出す人じゃない。それは、マリンが一番よく知ってるもん。ねぇお姉ちゃん、『時間の正神教徒』に、何を言われたの?」

「な、なんでそれを……!!」

「今そんなことどうでも良いの。ねぇ、なんでお姉ちゃんは…………」


「そんなの、そんなの…………!!」


♦︎♦︎♦︎


「妹を守るため、あのクロスブリードはそう言っていたな」

「…………っ!!」

「おお、その反抗的な目つき、実に良い。流石は龍族、殺気の濃度が違うな」


 大森林のとある場所で、一人の老人が、ゆっくりとした落ち着いた口調で話していた。

 それは、なんの変哲もない光景だ。 

 一人の老人が、森を散歩している。

 

「実に不思議だった。昔に起きた大火事の詳細を、こと細やかに伝えただけで、ああも簡単に力を受け入れるとは」

「その火事は、貴様が原因じゃろう……?」

「はて? 知らぬな。私は確かにあの日、燃えるゴミを燃やしたが……火事とは無関係だろうさ」

「貴様ぁぁ!!」


 裂帛の気合いと共に放たれる火炎。

 だがそれも、

 

「熱いな」


 吹き荒れた暴風によって、老人には当たらない。


「正神教徒……!! 貴様が、貴様が……!」

「高貴な龍にしては、随分と醜いな。ああいや、見た目の話ではないぞ? 混血の雑種如きにその力を振るう愚かさを言っているのだ」

「グラムは妾の生徒じゃ!」

「ふむ、その教師生徒こそが、一組織の中の枠組みに過ぎないだろうに……。まあ良い、貴様も、これで終わりだ」


次話、回想回になります。

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