十二・五話:むしろそれが自然だった。
「危ねぇ!」
判断は一瞬。
身体強化魔法を全力でかけ、エミリアを抱えて飛ぶ。
驚くエミリアを腕の中に守りながら、俺の背中には沢山の羽がそっと優しく触れ……。
「うおぉぉぉっ!」
痛みで意識刈り取るタイプだこれ!
身体強化しても痛みは減らねえから、意味ねえな!
あの、柱な所までダッシュで行かしかねえ!
「ハァ、ハァ……」
な、なんとか生き残った……。
途中、光属性と踏んで闇属性の魔力を放出しなければ、どうなってたか分からんな。
あれが、予想通り光属性でよかった……。
「どうしたの? シン?」
エミリアが、微かに赤い顔をキョトンと傾げる。
後ろで見ていた二人は兎も角、エミリアは俺の腕の中だったから状況が分かっていないみたいだ。
だが、それで良い。
神経に痛みを与える魔法なんて凶悪なもの、回復魔法では治らない。
幸い、既になんてこともない。ちょっと背骨が痛みに叫んで、目からは涙が出そうで、立ってるのがやっとという、至って何でもない程度だ。
不必要な心配はかけられない。
「あー、その、なんだ」
俺は、素直に目を合わせられない。
エミリアからしてみれば、俺は急に抱き付いてきた変態だからな。
俺が、どう説明したものか考えていると、
「シン・ゼロワン殿……でござったな。まさか拙者と同じ隊の者だとは……。まあ、それは兎も角。何か言い訳をするべきなのではありませぬか?」
忍び特有の速さで、舞い散る羽など物ともせず寄ってきた紫苑が耳打ちする。
と言われても……急に抱き締めるシチュエーションなんて……そうそうあるか?
痴漢くらいじゃね?
まあ、他にも一つは思い付いたが、そんなのは論外だし……。
「シン、まさか……!」
やばいやばい、エミリアが何か勘づき始めた。
い、言うしかないのか? 思い付いたもう一つの理由、エミリアが可愛くて堪えられなかったと……!
くっ……アーサー!
後ろ手で示している『SOS』のハンドサインに気付いてくれ!
片手だけ後ろに回してるのは不自然だから!
俺が必死に助けを求めると、そんな俺の思いが通じたのか、
「エミリア王女、立ち話もなんですから、先に教室まで行きませんか?」
「アーサー……!」
「ええと……うん、そうすることにしましょう」
少しだけ逡巡したものの、エミリアは結局先に教室に行くことを決め、しかし小さく「シン、後でちゃんと理由を教えなきゃダメだからね」と、俺にだけ聞こえる声で言った。
後で……うん、ざっと二十年後くらいで良い? 駄目ですかそうですか。
ただ、時間が延びただけな気がするが……まあ、この罠だらけの校舎を攻略している内に忘れるだろ。忘れなくても、俺が言い訳くらい思い付きそうなものだ。
頑張れ未来の俺。
「ふむ……よく分かりませぬが、つまりは上まで行くのでござるか?」
「ああ、そういうことだ。シオン、君は他の罠の解除を頼む」
「俺とエミリアは?」
「……好きなようにやれ。私たちはお互いの実力も何も知らないのだからな」
「ふーん、了解っと」
個人の能力を最大限に生かすにはどうすればいいか。答えは簡単だ、何もさせなければいい。そうすれば、自然と集団内での自分の役割をこなすからな。
変に任せるよりも、自分で考えて行動してもらった方が迷宮攻略にも役立つ……って、師匠が言ってた。
ていうか、考えてみたら俺、集団で何かこなすの初めてかもしれん。
日本にいた時は基本ボッチだったし、この世界に転移してからも……基本ボッチだった。
二十五番隊は緊急時のため部隊だから、基本的に作戦に参加させられることはないし、魔術師だと大体のことはソロで可能だからな。
前衛が欲しい時もあったけど、俺自身が前衛兼後衛だからな。前衛がいないとやばい状況に陥れば、即座に逃げるから結局ソロで構わないんだよ。
取り分とか面倒なこともしなくていいし……逃げたい時に逃げ、自分のしたいように出来る。やっぱソロは最高ですね。
と、そこでチョイチョイっと、胸元を引っ張られた。
今の俺は、制服でもある動きやすいように作られたローブを着てるから、いつも引っ張る裾が掴めないんだな。なんか可愛い。オモチャをねだる子供みたいだ。
ちなみに、ねだるは、強請ると書いた瞬間に犯罪臭がするから予測変換では注意が必要だ。俺が漢字のままメールした時は……特に何も無かったわ。
「シン、私はどうすればいい?」
「……エミリアは……魔法陣を見つける度に凍らせてくれ。罠が起動しても対応しなくていい」
「それだけでいいの?」
「罠の数が分からないからな。場合によっては、同時に十個とかもあるかも知れないぞ?」
流石に十個はあり得ないだろうが、五個くらいなら考えられる。
初心者には一つのことをさせた方がいい。いくつも仕事を任せると、混乱して何しでかすか分からんからな。
エミリアの魔力量だと、魔法陣全部が同時に誤作動を起こすことも考えられるし……ちょっと考えたくない未来だ。
「決まったようだな。では行くとするか……と言いたい所だがその前に」
アーサーが、実に真面目な顔で指揮をとる……前に何か言いたいことがあるご様子。
「お前たちは、いつまでその格好なんだ?」
「…………?」
俺と、エミリア?
エミリアと顔を見合わせると、うーん、やけに近いこと以外には何もおかしなことは見当たらないような……。
状況説明すると……。
エミリアが俺の腕の中で、俺にしがみ付いている。
それを横から紫苑が見ている。
ここは安全地帯だから、ここに留まることはおかしくない。
見当たらないな? そう思ったけど、エミリアの顔が時間と比例して赤くなっているのに気が付いた。
「シン殿、エミリア様をいつまで抱き締めているのでござるか?」
「────! す、すまん!」
さ、三秒ルール!
気付いて一秒で離れたから、実質セーフ……。
言われるまで気付かないフリをしていただって?
ハ、ハハハ……ナニヲコンキョニソンナコトヲ。
「シン……いや、やっぱ何でもない」
顔を赤くしたエミリアが、何か言いたげに口をもごもごさせて、しかし結局閉じてしまう。
……抱き合ってから数分くらい経ってるからアウトだと言いたいのか!
……スリーアウトでチェンジでしたね。
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