五十五話:絶縁2
すみません、遅れました!
「…………?」
〈ストレージ〉に保存していた、大森林では珍しい魔獣の素材を売り払って店を出た瞬間、首筋の後ろがピリッと痛みを訴えた。
俺が人気のない方へと進んでいくと、早速後ろから人の気配が。
鍵形の首飾りを杖に戻し、俺は振り向いた。
「……なんのようだ?」
「よお、久しぶり。元気だったか?」
ヘラヘラとした態度で片手を振る燕尾服の男は、仮面によって表示が読めない。
──時間の正神教徒、名前は……まあ、どうでも良いか。
今一番の問題は、こいつが俺の前に現れたことだ。
「……? 予想外だな、今すぐ襲い掛かってくるかと思ったが」
「こんな壁と壁に挟まれた路地で、俺がお前と戦えるわけがないからな。あの黒い光線の密度を避けられるはずがねぇ」
「そして逆に言えば、アンタの魔術を俺が避けることもできねえ。勝てはしないが、逃げられる場所ってことだ」
この男は魔術を無効化できるが、魔術が効かないわけじゃない。魔術には、足止めという使い方もできるのだ。
魔術によって俺の姿が一瞬でも見えなくなれば、俺の幻術の出番だ。周囲に張った結界が魔術を無効化するのなら、残像を見せるタイプの幻術はきっとこいつに効く。
それをすぐに理解したことからも、やっぱりこいつは戦闘経験豊富な強者だろう。
そして、わざわざ俺が逃げられる場所まで俺を襲わなかった事から……
「話はなんだ? この身体の秘密なら愛としか言いようがないぞ」
「ははっ、その能力に関してなら、お前に聞くよりもっと手っ取り早い奴がいる。まぁ、愛ってのも一つの正しい答えでもあるか……」
「??」
相変わらず、仮面でどんなことを考えているのか予想がつかない。
だが明確に、こいつに敵対心はないような気がした。殺意や敵意というものが、微塵も感じられないのだ。
「ゼロワン、あまり人を信用するなよ? 人の信頼、信用、お前の言う愛。そんな目に見えないもので左右されるようじゃ、お前はきっと後悔する。特に同情は、お前の因果的に、天敵だ」
「…………敵対するってことか?」
「さあな。まあなんだ、シン・ゼロワン。楽しいのは好きか? 俺は好きだ」
「…………っ!!」
絶縁の正神教徒から放たれたのは、明確な殺意。
それは、激しい憎悪に満たされていた。
♦︎♦︎♦︎
「シン、遅いね……」
「やはり何か起きて……」
「まあ落ち着けお主ら。シンのことじゃ、今のグラム相手だろうとそう易々とやられはせん。少しは信じるのも大事じゃぞ?」
「ですが……雪風ちゃんの具合が悪くなって……」
「そ、それは……」
そわそわしている二人と比べて落ち着いているキラだったが、やはりそれは気掛かりだったようで、眉尻が少し下がる。
キラも、やはり心配なのだろう。
というのも、朝に出かけたきり、夜になってもシンが帰ってきていないのだ。その上雪風が、シンの様子が全く分からなくなったと言い、その直後に頭痛を訴えた。
雪風とシンは、あの後簡易的な契約を交わしている。だからお互いの様子を知る精度は前よりも低いのだが、それでも一切分からなくなったらと言われれば、シンに何かあったのでは……と思ってしまうのも仕方ない。
だから三人は、今もロビーでシンの帰りを待っているのだ。レイだけは、雪風が暴走を始めた時のために雪風の側で待機している。
「シン…………」
エミリアが、心配そうにその名を呼んだ時、
「た、ただいま……」
倒れ込むように、シン・ゼロワンが挨拶をしながら帰ってきた。
だがその身体は、その平和な言葉とは逆に、異様。
ローブは着ておらず、その下の制服が血だらけになっていた。
「シンッ!!」
「シン殿!!」
慌てて二人が駆け寄り、両側からシンに肩を貸した。
キラも、シンのその壮絶な姿に険しい表情をしている。
「はは……すまねぇ、重いだろ……ゴホッゴホッ!」
「し、喋らないでシン……。待ってて、今回復魔法をかけてあげるから……」
「い、いや大丈夫だ。傷は治した……」
「シン殿……これは、一体どうして……いや、それよりまずは身体を清めるのが先でござるな」




