五十三話:信じてる
シンとエミリアがアニルレイの街をいつも通り楽しんでいる時、真理の樹では何人かの獣人が真剣な表情で集まっていた。
「…………なるほど……」
猫系獣人のラムが、ポツリと漏らした。
その目は動揺からか微かに震え、そして何故かチラチラと向かいの人物の頭の上を見ていた。
「……ところで雪風さん、何故、猫耳を?」
「獣人らしい猫耳の動き方を研究しているだけなので気にしないで欲しいです」
「…………は、はい?」
勇気を出して聞いたというのに、回答はいまいちよく分からない答え。困惑するラムに、雪風は説明を付け加える。
「これは精霊の友人の話なのですが……」
「(あ、これ雪風さんの話だ)」
「その友人の好きな相手が、とても獣人が好きらしいのです」
「(雪風さんとシンさんの話ですね)」
「精霊の変身の力を使って本物に近い猫耳を生やすことができれば、その相手も雪風……の友人を見てくれると思ったのです」
「(なるほど……なるほど?)」
首を傾げるラム。熊系獣人のベアは苦笑いだし、蛇系獣人のリムに至ってはニヤニヤしている。ちなみに鳥系獣人のガブリエルは、目の前で話される恋話に目を輝かせていた。
自分のことだとバレていると気が付いていなくても、そんな表情で見られてはさすがの雪風も居心地が悪くなり、「そ、そんなことより……」と話を元に戻す。
「そんなことより、グラムについてなのです」
そう、今雪風は、グラムについて、族長たちに相談に来ていた。そしてこれは、完全に雪風の独断だった。
事態をあまり重く見ていないシンたちとは違い、雪風にはある懸念があったのだ。
それは……
「あの魔力の匂いは正神教徒のもの。……これまで、何度も嗅いできた匂いなのです」
何年も正神教徒と殺し合いを続けてきた雪風だからこそ分かる、正神教徒が発する穢れた魔力の匂いだ。
そもそも雪風があの夜に目を覚ますことができたのも、記憶に深く刻まれた嫌な匂いがしたからだ。
シンに褒められて素直に喜べなかったのは、『やはり、自分は汚れた世界で生きる住人なんだ』という事実を見せつけられてしまったからだ。
キラやレイが気付かなかったことに、雪風が気が付いた。それは誇らしくもあり、雪風にとっては同時に残酷なことでもあったのだ。
だが……今はそんなこと、関係がない。
雪風はかぶりを振って、言葉を続けた。
「とても濃い匂いだった。まだ新しくて、身体にまでは馴染んでないけど……このままでは、グラムはどこかおかしくなってしまうのです」
「…………」
族長たちは、雪風の過去を知らない。
だから、雪風の言葉にどれほどの信憑性があるかなど分からない。
でも、それでも……
「……分かりました。あなたを信じましょう」
彼女たちは、雪風を信じた。
自分たちにとっては今日初めて会う相手の言葉を、無条件に信じたのだ。特にラムは、暴走した雪風を見ているのにも関わらず。
「良いのです……?」
「はい。貴方の目は、本物です。それこそ、友人の話をしていた時のように」
「…………」
頰を赤く染め、少し恥ずかしそうにする雪風。
ラムは耳をピクピク小刻みに動かす。
「グラムの嫉妬心を煽るために、今、シンとエミリアにはデートしてもらっているのです。だから……」
「グラムはそこに現れる、と」
「はいです。二人には、悪いですが……」
シンとエミリアが今頃楽しんでいるのだと思うと、胸が痛む。
「シンたちは気が付いていないですが……正神教徒は、少なくとも二人いるのです。シンが死ぬのは、もう嫌ですから……」
「だから、教えなかったってわけね。それじゃあ、グラムはこっちに任せるってことかしら?」
「いえ、グラムは、雪風たちに任せて欲しいのです。友達……ですから」
「……わかりました。では私たちは、元凶と考えられる正神教徒を警戒することにしましょう。任せて……大丈夫なんですね?」
最後の確認を取るラムに対して、雪風は少しだけ誇らしいような表情をして答えた。
「はい。雪風はグラムを……信じてますから」




