五十一話:被害者
「てことは、昨日は何もなかったんだな?」
朝ご飯を食べた後、集まったみんなに向けて、俺は最後の確認を取る。
「そうじゃな。異変があると雪風が皆を起こしたから、駆けつけることができたのじゃぞ? 雪風に感謝せい」
「そうか……ありがとな、雪風」
「別に…………嫌な予感がして、目が覚めてしまっただけなのです。それに、雪風はまだシンを許していないのです。契約は解除されたとは言え……雪風は、シンのパートナーなんですから」
照れ隠しなのか、ジト目で俺のことを見る雪風。
それが可愛らしくて、助けてくれたお礼も込めて頭を乱暴に撫でると、「髪が、グシャグシャなのです……」と言って小さく微笑んだ。
乱れた髪を治すために頭に手をやって、そこでもう一度、「……許すしかないのです」と小さく呟きながら、ちょっと嬉しそうな表情をした。
可愛い。
…………あれ? なんで俺が許されるんだ? 俺は夜這いの被害者では……?
う、ううん……? よく分からんな……。
「さて……では改めて、シン、昨日のことを詳しく教えてくれんか?」
「あ、ああ。昨日は…………」
改まった顔をしたキラ先生に合わせて俺が背筋を正すと、みんなの表情も真剣なものになった。
特に、エミリア、紫苑、雪風の三人の表情は、一語たりとも聞き逃さないぞという意志を感じるな……。
「気付いたら部屋の中にグラムがいて……」
俺は、昨夜のことについて詳細に話した。
グラムが何を言っていたが、グラムに何をされたか、俺がグラムに何をしたか……。
どんなことをされたかを細部まで詳しく話さなきゃいけないのは、自分は拷問を受けているのではないかと思ったくらい恥ずかしかったが、ちゃんと全て細かく話した。
あとな、俺が何をしたかって、俺が手を出したこと前提じゃねえか?
俺は何もしてないって言ってるでしょ? 疑わないで欲しいなぁ……。信用がないのは分かるけど……。
「シンなら、尻尾の誘惑に負けて、モフモフしちゃいそうで……」
「だから裸に見惚れて尻尾なんて見てる暇がなかったんだよ……」
「尻尾より裸の方が上なんですか? 意外ですね?」
「むしろなんで尻尾の方が上だと思われてるんですか……。……俺も男ですよ? そりゃまぁ……そうなるでしょう? 仕方ないでしょう?」
「むぅ……それはそれで、女の子的に見過ごせない心配事が増えてしまうのです……」
尻尾であの反応を見せるなら、グラムの夜這いにはもしかして……とか考えていそうな顔で、俯く雪風。
そしてもう一人、俺のことを疑わしげに見ている人物がいた。紫苑だ。
何故だろう、すごく嫌な予感がする。
「ですがシン殿は、身体を売るお店でなくモフモフ屋を選んで……」
「わー! わー! 紫苑!? その話は無かったことになったんじゃないのかな!? かな!?」
「モフモフ屋……?」
「身体を売るお店……です?」
エミリアと雪風が、若干怒気の含まれた声で繰り返した。
レイ先輩とキラ先生も、今回ばかりは助けてくれなさそう……というかむしろ敵だわ、咎めるような目でこっちを見てる……。
「あのぉ……どうして今その話を暴露したんですかね……?」
「拙者が納得いかなかったのと、それに……仕返しでござる」
「仕返し……?」
「こっ……恋い慕う殿方が、あられもない姿で、全裸の女性二人に組み敷かれていた! 忍びであれど……せ、拙者だって一人の女……。それはもちろん……嫉妬くらいしちゃうでござる」
「…………っ!!」
理由は少し理不尽な気もするのに、俺は何も言えなかった。
最初は照れ隠しにハキハキと喋っていたのに、段々と恥ずかしくなってきて俯いちゃう所とか。
『恋い慕う』というストレートな言葉と、純粋な好意による嫉妬を向けられるのは、男として少し嬉しかったりもして。
「…………」
紫苑を咎めることは、俺には無理だ……。
たとえ紫苑の暴露で俺が二次災害に遭ったとしても、元々は俺の責任なんだ。
それをこんな可愛い拗ねた顔で言われて、それでもあーだこーだ言える奴がいるか? 俺には無理だ。
だから……
「ねぇシン……私、シンを信じていいんだよね……?」
「やっぱり……雪風のじゃ、小さすぎるのです……?」
俺は自分の力だけで、この場をどうにか切り抜ける!




