四十九話:主従契約
「マリンちゃん……?」
扉を開けたまま、マリンちゃんは固まってしまっている。
この状況に、理解が追いついていないようだ。
だがやがて、ゆっくりと口を開くと、
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、裸で何してるの……?」
「いや、これは……」
「ううん、いいの。お兄ちゃんがお姉ちゃんを見つけて、励ましてくれたんでしょ?」
「にゃ?」
「お姉ちゃん、やっと素直になれたんだ。マーキングするなんて、一体お兄ちゃんに何を言われたの?」
マリンちゃんは、理解しているようで理解していなかった。
だが、それはむしろありがたい。
『お姉ちゃんとお兄ちゃんがいかがわしいことしてる!!』と騒がれようものなら、みんな起きて来て誤解され、俺は色々と終わってしまう。
そして何より、興が削がれたのか、グラムが俺の上から退いてくれた。
まあもちろん、まだ発情期である以上油断はできないわけだが。
「シンのおかげじゃないにゃ。グラムは強くなった。今なら、族長くらい簡単になれるのにゃ」
「お姉ちゃんは強くなったの? 本当、お兄ちゃん?」
マリンちゃんが首を傾げて聞いて来た。
そりゃそうか、マリンちゃんは戦士じゃない、一目見て実力を判断するなんて出来るはずもない。
「……ああ。身体能力が飛躍的に上昇してる。正直、あり得ないレベルだ」
「すごいっ! お姉ちゃん、いっぱい修行したんだね!」
マリンちゃんは、グラムが強くなったことが嬉しいのか、ピョンピョンと跳ねて喜ぶ。
でも、俺は素直に喜べなかった。
たとえ一ヶ月間本気で修行したとしても、ここまでの効果は絶対に現れない。グラムの成長は、はっきり言って異常だ。
短期間に別人のようの力を得ているグラムは、魔狼の大群を思い出させる。突然、賢狼が現れた時のように……。
「グラム、この際だからハッキリさせてもらう」
「お兄ちゃん?」
「…………」
グラムとマリンちゃんには悪いが、俺は正直、裏に何かがあると思う。
嫌な予感が、さっきからビンビンしているのだ。
「なぁグラム、お前……どうしてそこまで強くなった?」
「それはたくさん修行を……」
「マリンちゃん」
「……ごめんなさい……」
俺が少しキツい語調で注意すると、マリンちゃんはシュンとしてしまった。
少し可哀想だが、今は心を鬼にしてグラムを問い詰める。
「異常だ。普通の鍛錬でも、死ぬような鍛錬でも、そこまで力が劇的に変わるとは思えないんだよ。なぁ……お前は何を……」
「能力にゃ」
観念したように両手を上げて答えるグラム。
弾力のある膨らみが大きく揺れたが、俺は気にしない。気にしたら負けだ。
……邪念撲滅。
「……の、能力?」
「んにゃ。一番効率の良い主従契約が、グラムはできるようになったのにゃ。まあつまり……」
「っ!!」
パチンとグラムが指を鳴らした瞬間、マリンちゃんがその場で崩れ落ちた。
「マリンちゃん!?」
俺は慌てて駆け寄り、マリンちゃんの身体を起こすと、
「お兄ちゃん……っ!!」
「んぐっ!!」
マリンちゃんは、その小さな身体に似合わない腕力で俺を押し倒して来た。
「どういうことだグラム! なんで急に発情期になってんだよ!!」
マリンちゃんは、確実に発情期になっている。
その証拠に俺の腹の上で馬乗りになって、俺の腕を畳に押さえつけて俺を拘束しながらも、マリンちゃんは器用に自分の浴衣を脱いでいた。
何にも膨らみかけの小さな胸と三角形の布がこんにちは。
何故か俺のお腹が、徐々に熱く濡れていく。
「主従契約。今グラムは、主人の状態が配下に反映されるようにしているのにゃ。だから……」
「グラムが発情期だからマリンちゃんも……!!」
「それだけじゃないにゃ。グラムが強くなった理由……配下の力は、主人に反映される。配下は五匹までって決まっているけど、今の魔獣は進化してさらに強化されているにゃ」
この不自然な成長はそういうことか……!
一体なんの魔獣を配下にしたのかは知らないが、大森林には元々S級モンスターだって存在する。
強くなったどころの話じゃない。これはもう、進化に近い。
「とはいえ、発情期は初経を迎えてないと来ないはずにゃけど……マリンも、いつの間にか大きくなっていたらしいにゃぁ……」
「うん……お姉ちゃんが王都に行ってすぐに……だからね、お兄ちゃん。遠慮しないでいいんだよ? マリンとお姉ちゃんを……お兄ちゃんの好きにして?」
トロンとした目でこちらを見てくるマリンちゃん。
マリンちゃんは本能的なのか小刻みに揺れていて、その振動が腰に響いて俺もいよいよ我慢の限界が近くなる。
むしろ、なんでこれまで理性を保っていられたのか不思議なくらいだ。
「お兄ちゃん……なんか、固いのがお尻に当たってる……」
「…………っ!!」
そして、その言葉を聞いたのと同時、頭に強い衝撃が走り……。
「あ、あれ…………?」
目が覚めた時、既に日は高く昇っていた。
俺は布団の中で横になっていて、部屋も特に異常はなくいつも通り。
まるで、何事もなかったように。
「…………夢?」
夢だとしたらやけにリアルな夢だったが、何も痕跡がない以上、あれは俺の夢なのだろう。
そう結論付けて俺は身体を起こそうとし……違和感に気が付いた。
部屋ではない、部屋はいつも通りだ。
違和感は、むしろ俺から見れない所。具体的に言えば……
「…………え?」
かけ布団をめくった俺は、思わずその場で思考停止する。
何故なら布団の中には、
「んんっ……おはようございます、シン……」
「お姉ちゃん……お兄ちゃん……大好き……」
俺の腕を抱き締めて眠るマリンちゃんと、その反対側の腕を抱き締めながら、眠たそうに目蓋を擦るレイ先輩がいた。
夢オチ?それとも……




