十二話:学院ラビリンス
試験期間で、投稿が遅れ気味です……。
ただ、十二月中旬からは何もない筈なので、そこからは投稿速度も速くなると思います……。
(十二月に予定がない=クリスマ"この先は文字がかすれていて読めない")
「……すごいね……」
「あ、ああ……」
校舎の中に入った俺たちを待ち構えていたのは、人でも物でもない。最早それは、一つの奇跡。神の領域と言っても過言ではない。
師匠とエミリア以外に、神の領域を作れる者がいたとは……。
一階から四階まで吹き抜けになった正面玄関では、天井から暖かな光とともに純白の羽が舞い降りてきている。
王都で一番大きい教会が、記念日に限って確かこんな演出をしていた。
人工のものだと分かっていても、思わず息を飲まずにいられない。
その歓迎方法に、俺たちは感動しか感じない。
「だけど、これって……」
「ああ、医務室送りは免れないだろうな」
それが、攻撃性のある魔法でなければの話だが。
「校舎内全体に結界が張ってある。俺がレイ先輩との決闘で使われていたのと同じやつだ。死ぬことはないが、メッチャ痛いぞ」
「…………(ゴクリ)」
中々過激で脳筋な歓迎方法である。
最初から疑いの目を持ってかかったから気付けたものの、気付かずにそのままズンズンと進んでいたら。
……入学ボッチ決定だ。
いや、逆に全員引っかかって、初日全員欠席とかになるかもしれんが。
……この学院のトップは頭がおかしいのか!?
こんな悪戯をするなんてあの王様以外に考え……そういえばあの王様と同類だった……!
「…………」
ここは吹き抜けだから、四階まで跳躍で行くことも一応可能だ。と言っても物理的に無理だし、自分から弾幕に突っ込むことになるから不可能だけど。
二階なら……多分行けるな……。
ただ、ショートカットを想定して、何か罠がある可能性も大いにある。
いや、というか絶対ある。やけに静かすぎる校舎内から考えると、確実に何かあるな。それも、ショートカットできる奴用の罠が。
「エミリア、ここはセオリー通り安全に行こう」
「う、うん。その方が良さそうだね……」
入学式での学院長の発破を思い出したのか、エミリアは若干引き攣った表情だ。
そうだな、あのジジイのことだ。普通にスライム大量配置とかしてそうで怖いわ。それも、服だけ都合良く溶かす奴とか、液状の体が媚薬だとか、そんな奴を。
いや、王様の同類ならもっと青春っぽい感じで来そうか? この部屋から出るためには手作りクッキーを食べなさい、とか。男同士ならどうすんだよ。全身筋肉ダルマに詰め寄られながら食べさせられる手作りクッキーとか、ちょっと想像しただけで目から塩水が……。
「三秒後に上に水魔法を放つ。そしたら全速力であそこの柱まで走るぞ。多分あそこは安全地帯として設定されている」
「あの、手前から二番目の柱だね。うん、分かった」
純白の羽は地面に触れる直前に消滅してしまうので、床の状況から安全地帯を判断することは出来ないが、まあ勘だ、勘。
普通の生徒でも攻略出来る難易度と考えると、あまり遠い場所に安全地帯があったり、そもそも安全な所なんて存在しないなんてことは……多分ない筈だ。
……え、本当にないよな?
……いざ、行くとなるとめっちゃ怖いんだけど。
……でも、行くしかないよな。
「じゃあ、いくぞ……三……」
身体を前傾姿勢に、力を溜めるエミリア。
俺は、杖を鍵の形戻して、師匠のローブも汚れないように〈ストレージ〉の中にしまう。……今気付いたけど、制服もローブだから俺はローブを重ね着してましたね。
「にぃ…………」
エミリアが引き継いで、二を数え。
「……いーち!」
「何してるんだい?」
「ぐうっ!!」
背後だと!?
「〈風刃〉からの〈焔刃〉! くたばれ外道!」
風からの炎という最強最悪のコンボを背後に向けて放つ。
咄嗟のことで思わず詠唱してしまう程制御できていないそれは、ああ……威力が限りなく低い……。そして外道なのは俺……。
「〈アイシクル〉」
〈アイシクル〉。日本だと氷柱だったか。冷たい空気が槍のように襲いかかり、対処に当たると砕けたように広がることから、その名が名付けられたとか。師匠の説明丸パクリだけど。
冷気を放つ魔法により、炎は搔き消え。冷気の風が俺の放った〈風刃〉まで、乱されて霧散してしまう。
〈アイシクル〉か。王国では珍しい魔法だな。
「シン……水が……」
「え?」
エミリアの指差す方向、頭上を見れば……
あ、はい。俺は水魔法を使ってましたね、そういえば!
「グォッ!?」
頭から水をかぶった俺を、冷気が優しくコーティング……。俺という氷柱が出来ちゃうよ。
全身ビッショリ、気分はどんより。
今日は朝から水に縁がないどうも俺です。
「わわわっ、大丈夫、シン!?」
「…………」
エミリアが、取り出したタオルで頭を拭いてくれるのが、何故か心に沁みました。
物理的にも冷え切った俺を暖めてくれたのは、主人であるエミリア様。
……一生付いていきます。
「あー、えっと……すまない」
俺に声をかけた張本人が、頭を下げて謝る。
髪色は金色、その時点で少し俺とは馬が合わなそうだが、さらにイケメン。確信できる。リア充だと。
俺の心が「ゴールデンボーイ怖い、取り敢えずコロス」と叫んでる。いや、怖いのはお前だから。
俺よ、俺を犯罪者にするな。
……今の、ちょっとかっこいいな。
「んー、全然大丈夫だよ?」
「そ、そうかい? いやしかし彼。何も喋らないのだが……」
初対面の奴と話すことなどない!
という冗談は置いといて、今の俺、割と笑えねえことになってんだよ。
朝もびしょ濡れで街中走り回ったからな。頭がボーッとして……焦点が少し定まらないような……それでいて、心臓の音が聞こえないかと心配なくらい強く脈打ってるし……。
ああ、そうか……。
「これが、恋ってやつか……」
「…………」
「冗談だからな!?」
少年が、一歩ススッと退いた。
おい待て、俺にそんな趣味はない!
だからエミリア? 「むう、私という婚約者がありながら……」とか言わないで? これは浮気じゃないから。そもそも、俺は婚約認めてないから!
「という冗談は置いといて……」
「どれが冗談だったんだい?」
「勿論、男色ではないこと……おい待て分かった。いいか? 俺はノンケだ。だから魔法の詠唱に入るな」
そしてエミリアは、一心不乱に俺を磨くな。
たとえ宝石の原石だとしても、そこまで強く擦られると壊れちゃうゾ。
というか、今のはお前から振ってきたよな?
つまらないものですが……じゃあいりません、くらい自然な流れだったよな? な? な?
「それ以上近付けば……お前の命はないと思え!」
「と言っているそちらが近付いてくる件について」
なんなの? 新しいツンデレなの?
警戒心に満ち溢れた表情とセリフで、よくそこまで和やかな雰囲気を出せるな。
お近づきの印? 表情と行動が合ってなさすぎでは? 握手を求められて悪い気はしないけど。
「私はアーサー・キルドラコ。キルドラコ帝国よりやってきた。所属クラスはSクラスだ。これから宜しく頼む」
「アーサー・キルドラコ? お前、キルドラコ帝国王太子か?」
キルドラコ……エミリアの兄の奥さんが、確かキルドラコ帝国の王女だったから。こいつはエミリアの義兄にあたるのか?
エミリアと婚約してる俺は、こいつを兄上って呼ばなきゃならねえの?
いや、義弟の可能性もあるのか……。
これはもう、エミリアの誕生日がこいつより早いのを祈るしかない。
「帝国は世襲制ではなく実力主義だから、あまり関係ないな。一応時期国王だが、我が父が帝位を辞するまで分からない。だから身構えないで……と言おうとしたが、全くその様子もないな」
「さっき、俺が魔法を放った時点で忙殺未遂だろ? そこにいる忍びが反応しないということは、そういうのは抜きだろうって思っただけだよ」
「────!」
俺がチラリと隅に目を向けると、あからさまに動揺した気配が伝わった。
エミリアが目を向けて首を傾げているが、まあそうだろうな。俺も姿を見つけてはいない。あくまで気配で感じただけだ。
「ははっ、既にバレていたか。出てきていいぞ、シオン」
「──はっ」
アーサーが手を叩くと、気配が一瞬消え、次の瞬間アーサーの真横に小柄な少女が立っていた。
忍び装束に身を包み、右眼に黒い包帯のようなものを巻いている。
頭巾はしておらず、艶やかな長い黒髪が腰までさらりと流れ……。
「わぁ……綺麗……」
エミリアが、感嘆の息を漏らした。
…………本当に、美少女だな。
「拙者、ハンゲル王国軍所属、第二十五番隊"影"が一人、暁月紫苑でござる。国王の勅命にて、キルドラコ帝国王太子殿の護衛をしておりまする」
"影"とは、二十五番隊に三つある部隊の一つだ。
影、砦、刃の三つで、影は偵察部隊、砦は団長などの文字通り基地や砦に残る守衛部隊や頭脳班。俺は刃で、遊撃部隊。
何故戦闘部隊がいないのかと言えば、二十五番隊が作戦上戦力としてでなく自然災害として考えられていることからも分かる通り、二十五番隊は協調性を母親のお腹の中に置いてきた奴らだからだ。
隊列を組んで敵と戦うとか、出来る出来ないではなく性に合わない。
まあ、そんなことはどうでもいい。
大事なのは、そんなのじゃない。
「……ござる、だと……!」
黒衣に包帯の眼帯。黒髪黒目で、気配を隠すのが上手い。そして拙者に『ござる』。
つまりあれだ。彼女はNINJAだ。ここ大事、テストに出るレベルで大事。多分。
「エミリア様と、そちらは……」
「ござる……ござる……」
「え……あ、あの……拙者は一体どうすれば……」
オロオロする紫苑。
ふっ……さっきも動揺したし、忍びとしてはまだ半人前なのかもしれない。
……………………良い!
「えっと……この子はシン。シン・ハンゲルって言うの。私はエミリア・ハンゲル」
「エミリア・ハンゲル……。もしや、エミリア王女でござるか? そして、そちらはシン・ハンゲル……弟君がおられたとは……」
「あ、いやシンは弟じゃなくて……」
どうすればこの娘とお近づきになれるか、必死に頭を回転させる俺の代わりに、エミリアが俺を紹介した。
俺と同じ二十五番隊の紫苑は、しかしピンときていないようだが、それも仕方がない。俺も、彼女のことは知らなかったし。
シン・ハンゲルなんて珍しい名前…………ん?
「はー、つまり護衛からぷろぽーずを……」
「うんっ、八歳のときに、エミリアを一生幸せにするって」
「いやいや、待て待て!? 何か物凄いことになってないか!? 俺は二十五番隊"刃"シン・ゼロワンだ! ハンゲルなんて名前は持ってないからな!?」
さ、流石王族……!
外堀から埋めてきやがるぜ……!
それを無意識のうちにやってるあたり、エミリアが怖可愛い。ちなみに、ちょっと怖いけど、それすらも可愛いという意味な。ここテストに──以下略──
「シン……大体の事情は察した」
「分かってくれるか……!」
「ああ、つまり、君は小さい頃にした約束だからと言って、ずっとその気だったエミリア王女を捨てるということだろう?」
「全然分かってなかった!?」
確かに一生守るとは言ったけども! それはあくまで護衛としての話であって、全然そんな意図はなかったと思うんだけど!
そもそも、小さい頃の約束をここまで引っ張る?
世界が違うと常識も違うんですね、今知りました。
「私はキルドラコ帝国王太子。そして、彼女はハンゲル王国王女」
「うん?」
「三年前の婚約話を覚えていないか?」
「あー、あったなそんなことも」
三年前、前触れもなく帝国から政略結婚の話が出てきて、上層部が訝しんでたな。
なにせ、明確なメリットがない。繋がりなら、既にエミリアの兄が、帝国の王女と半ば駆け落ち気味の結婚をしているから、それで事足りる。
裏が読めなくて、もうあの時は混乱だったな。
当時、二十五番隊に入ってはいないものの団員と仲の良かった俺は覚えているが、奴ら勝手に戦争の準備までしていた。
結局、二十五番隊が決戦準備している内に、その話はなくなっていたんだけど……あれってこいつなのか。
「一目惚れだったんだ」
「…………え?」
「あれは、政略結婚なんてものじゃない。私からのプロポーズだったんだ。少なくとも、私だけはそう思っていた」
「…………」
「その時に『ごめんなさい! お話は嬉しいけど、私あまりよく分からなくて……それに、シンと約束してるから……』って言われてね。いやぁ、自分が望むものが手に入らなかったのはあれが初めてだった」
「それを、俺に言ってどうしろと?」
「いや、別に何も言う気はないさ。受け入れても、断っても、私はそれで構わないと思う。だが、何もしないというのは間違いだ。それだけは、確実に言える」
「…………」
そんなことを言われようが、実感を持つことすら土台無理な話だ。
エミリアは俺にとって、庇護の対象であり、決して恋愛の対象ではない。
だが、『恋愛の対象』という言葉は、俺にとってあまりにも空虚なものだ。
なにせ、そういった感情を味わったことがないからな。恋愛的な意味で好きになった奴など、日本にいた頃からいない。
紫苑と談笑するエミリアの横顔を眺めて、確かに微笑ましい気分になるが、これってどっちかと言うと父親の気分じゃないのか?
「好きになるって、なんだと思う?」
「私に聞かれても困る。そんなの、人によって様々だろう。知らないのなら、試しに付き合ってみるのもありではないのか?」
「婚約を破棄した上で?」
「それもシン、お前が決めることだと思う。ああ、だけど一つだけ面白い話をするのなら……父母の恋愛なんかも聞いてみると面白い」
「俺に、そんな地獄に飛び込む勇気はない!」
「真面目な話なんだが……」
え? マジで?
シリアスを感じさせないように、冗談言ったんじゃなく?
えー……でも親の恋愛とか……聞いて楽しいもんでは決してないと思うぞ……?
遺伝子で恋愛観とかが遺伝するなら兎も角……というかそもそも、転移した俺は両親に会えないな。意味ねえ……。
「まあ、今夜にも話してみるとするよ」
「あまり悩まないんだな」
「悩むための経験も積んでないからな」
と、こちらの話が一応の終わりを見せた時だった。
ふと、名前を呼ぶ声が聞こえた。
「シンー! 早く行こうよ!」
見れば、テテッと光の下までかけて行ったエミリアが、そこで振り返りこちらを呼んでいる。
純白の羽の舞う中、微笑むエミリアは本当に女神のようで……。
「って、危ねえ!」
エミリアの頭に、白い羽が舞い落ちた。
感想、評価、誤字報告お願いします!
二十五番隊……作戦上では、『自然災害扱い』。